「気にすることはないよ。別に今、改めて思い出したって訳でも無いからね」
それこそ仕方ないのかもしれないけど、先生は私がこの話題を持ち込んだ事について謝ってるのだと思ったらしい。訂正するつもりもないし伝わるとも思ってなかったけど、どこか申し訳なさがもう一つ積み重なる気がする。
「なんだか重い感じになっちゃったね」
それが表情にも出てたのか、先生は空気を変える為に笑みと少し明るくなった笑い交じりの声でそう言った。
「そーだなぁ……。僕は高校の三年になってから医者っていう目標が出来たんだけど、君は何かこう……イメージみたいなのはある?」
将来の夢とか興味がある事って言いたいんだろう。以前も誰かにそんな質問をされたような気がするが、その時と答えは変わらない。それにどの道、変わらない。
「そう言うのはまだ……」
「まぁそうだよね。別に焦る必要は無いと思うよ。ただ頭に置いておけば何かと出会えるかもしれないし。僕の周りも決まってる人はあんまりいなかったからね」
確かに私にはそんな決定打のような夢というものがない。だけど先生を見ているからか、改めて考えてみると何となくの方角みたいなのはある様な気がする。もしかしたらただ感化されてるだけかもしれないけど、これが今の私の精一杯の答えだ。
「でも――私も、先生や菜月さんみたいに誰かの為になれるような仕事が出来たらいいかもしれません」
「それは気が合うかもしれないね」
「やっぱり先生もそうなんですか?」
「そうだよ――って言いたいけど、本当に一番最初のキッカケってやつは海外ドラマなんだよ。もしかしたら自分の所為で人が死んでしまうかもしれない、その重圧を背負いながら必死に助けようとする。それがカッコ良かったし……漠然とだけど凄いなって感動したんだよね。自分もこういう人になりたいって憧れたんだ」
穏やかな笑みを浮かべる先生の双眸を染めていたのは、少年のような純粋な憧憬の念だった。無邪気でどこまでも真っすぐな眼差し。
「もちろん、そういう職業っていうのは他にもあるからもしかしたら観てたドラマによっては消防士とか海上保安官って可能性もあったかな」
「やっぱり先生は優しいですね。何だか本当に同じような気持ちで言ったのか自信なくなってきちゃいました」
「別に誰かの為っていうのは無理してやるもんじゃないよ。まずは自分を大切にしないとね。それで余ったらその優しさを誰かにお裾分けすればいいよ。それまでは結果的にっていうのでもいいし。兎に角、まずは自分に優しくして、自分の為に尽くしてあげないとね」
そう言って先生は自分の胸を人差し指でトントンと叩いた。
「一番大切なのは自分だよ。君自身は君が守ってあげないと」
「先生もちゃんと休んでくださいね」
「もちろん。医者だって休日ぐらいあるさ。看護師もね。だから目指すなら安心して目指していいよ」
「それは安心ですね」
私が笑って見せると先生もそれに答えるように微笑みを浮かべてくれた。
「ただ勉強は思い出したくないぐらい大変だったけどね」
丁度、学生時代を思い出したのかそっと眉間へ皺が寄った。
「まぁでもあれもある種の試験だよ。そこまでして、それを乗り越えてでも本当に医者や看護師になりたいかい? っていうね。生半可じゃなれないし、なっちゃいけない。それ程までに重いものだよ。もちろん他にもそういう職業は沢山あるけどね」
「先生はそれを乗り越えて、今日まで沢山の人を助けて来たんですね。尊敬します。――それと、私も今日まで沢山お世話になりました。ありがとうございます」
少なくとも私の中では自然な流れでお礼を言えた気がする。頭を下げながら若干の満足もありつつも、先生への感謝の気持ちが溢れ出していた。
「まだ気が早いよ。退院は決まった訳じゃないからね」
「でもやっぱり感謝は日頃から伝えられる時に伝えないといけないですから」
「確かにそれは良い心掛けだね」
「だけど不思議ですよね。いつか死ぬっていうのは常識みたいにみんな分かってるのに、勝手に遠い先の話だって――まるで自分が不死みたいに思ってるのって。近い未来に自分が死ぬって思ってないのって。みんな心のどこかでは自分はあと何十年も生きてられるって思ってるんですよね。そんな保証なんかなくてもしかしたら五分後には死んでるかもしれないのに」
脳裏では一週間前の自分を思い出していた。真さんが現れる前の私。病気で入退院を繰り返してたのに、死ぬなんて考えた事も無かった。このままおばあちゃんになるまで生きるんだってどこか思ってた。なのに突然、死んでしまう。私は事前に教えて貰ったてたから心とか色々な準備が出来るけど、事故とかはほんの一瞬。数秒の内に死を確信して、もしかしたら後悔とかするのかもしれない。それかそんなのすら考える余裕すら無く死んでしまう。
それがこの世界の誰にでも訪れてしまう可能性があるっていうのは誰もが納得してくれるはず。なのに、誰も自分に訪れるとは思ってない。変な矛盾な気がする。
「昔読んだ小説の台詞で似たようなのがあったよ。近いうちに死ぬ事が決まってる自分と普通の人との明日の価値は変わらないってね。誰もが明日死ぬ可能性がある。だから変わらないってその子は言ってた」
その小説は知らないけど、その子の言ってる事は分かる。もしかしたらその子もこんな気持ちだったんだろうか。
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