そして先生に余り燥ぎ過ぎない様にと言われた私だったけど、そのまま病室に戻る訳ではなく、それからもお世話になった人やこの病院で顔見知りになった人へ感謝を伝えに歩き出した。もちろん、仕事中だから軽くって場合もあるけど話せるなら出来る限り言葉を交わした。当然だけどみんな今日で私が死ぬなんて微塵も思ってない。だから笑顔でむしろ元気なのを喜んでくれてた。
でも私にとっては楽しく最後を交わせて良かったのかもしれない。
「ん~」
病室に戻った私はまず窓前で大きく伸びをした。今日一日、自分でも頑張ったって言える達成感ような清々しさで気分は良い。
「何だかこのまま普通にいつも通り一日が終わってまたいつも通り明日が来るような気がする」
「申し訳ありませんが、今日が最期の日です」
私は自分の呟きを聞きながら先生との会話を思い出していた。結局、私だって自分が死ぬなんて本気では思ってないのかもしれない。こんな状況になってもまだ明日が来る気がしてるんだから。それに死神がいるっていうのにもすっかり慣れちゃったし。
「そっか。死んじゃうんだ」
何だろうこの感じ。初めて一週間後に死ぬって聞いた時とは随分違った……どう表現していいか分からない感覚。多分、夢現なんだろう。死ぬっていう事実と曖昧な実感が混じり合って自分でも良く分からない夢現。もしかしたら別に病気で徐々に弱っていってる訳じゃないから余計に死ってのを実感しずらいのかも。死を悟る訳でも無く、ただ頭で理解してるだけ。それがこんな気持ちを生み出しているのかもしれない。
「私が死んだら周りのみんなの記憶を変えたりするのって出来るの? 私に関する記憶を」
「先日仰ったようにですか?」
「言ったっけ?」
言ったような気もするけど、正直なとこあまり覚えてない。
「こんな風に一週間元気で退院の可能性があったんじゃなくて。一週間かけて徐々に弱っていって、流れの中で死んだって事に出来る?」
「可能ですよ」
「じゃあそうしようかな。その方が少しぐらいは悲しみを減らせる気がするから」
「分かりました」
何だか嫌でも想像してしまう。私が死んで泪を流す両親を。菜月さんを。みんなを。春人君の時に見たあの光景に自分を重ねてしまう。まるで脳裏に無理矢理詰め込まれてるみたいだ。
そんな思考を追い出す様に私は今日までの人生を振り返ってみた。セルフ走馬灯とでも言うのだろうか。物心ついてから今日と言う日の二十も満たない年月。と言ってもその殆どは似た光景だ。見慣れた退屈と感じ慣れた食事、食べ慣れた景色。でも別にそれを苦とは改めても思わない。別にいい。それなりに本や映画にドラマで退屈は埋められたし、特に美食家でもないから毎回違うメニューが出て来るだけで満足。確かに苦しかったり痛いのは嫌だけど、それ以外の変わらないは別にだ。称賛も無ければ文句も無い。そう思うとやっぱり私は冷めているのかもしれない。人生に対して情熱が足りないのかも――って一週間前と同じことを考えてる気がする。
それに冷静になってみれば人生最後の日にこんな事考えたって意味ないか。想い出を振り返るなら未だしも何だか自分の淡泊さに改めて気が付いた感じだし。
「あぁーあ」
少しごちゃついてしまった頭をリセットするように私は溜息のような声を口にした。そして三秒程――私の中だけで時間が止まった。
「あと数時間で死ぬっていう人が言う事じゃないかもしれないけど……何か暇だなぁ」
そっと舞い込んできた風に肌を撫でられながら私は穏やかな気分で深呼吸をひとつ。皮肉にもと言うべきか、私を包み込んだそれはとても平和な時間の流れだった。ゆったりとした時間という概念すら忘れてしまいそうな、暇だけどそれすらも愛しく思えてしまう――不思議な感覚。
「でしたらこのようなのはいかがでしょう」
するとそんな雰囲気を崩すことない真さんの声が聞こえ、私は隣へ顔を向けた。
「これから想い出の旅へ出掛けてみるというのは」
「想い出の? それは走馬灯的な事ですか?」
「そうですね。それよりはもう少しゆったりとしていますが」
真さんはそう言ってダンスでも誘うように片手を私の前へ出した。まだその想い出の旅とやらが何か分からなかったものの、取り敢えず私はその手を取ってみた。
すると手が触れ合った途端、私と真さんの周りに広がっていたはずの病室の光景はどこかへ消えてしまった。代わりに私達を包み込んでいたのは、見覚えのある一室。カウンターキッチンと食卓、それを背にして置かれたソファと向き合うテレビ。多少は違うもののそこは我が家のダイニングだった。
「こちらへ」
病室から家へ。突然の事に少し戸惑っていた私に、真さんは隣の部屋を手で指し先に歩き出した。私が閉じた引戸の前で立ち止まると、彼は代わりに戸を開いてくれた。少しだけお嬢様にでもなった気分だ。
目の前で戸が開くとそこは記憶と同じように寝室。両親の寝室だ。
『いないなーい』
ツインベットの置かれた物が少ない知ってる部屋だったけど、唯一見慣れないベビーベッド。
『ばぁ~』
『ばぁー』
そしてそこには二人も居た。ベビーベッドを覗き込み何やら楽しげに燥いでる。
「あれって……」
格子の隙間から見えたのは両手足を動かすご機嫌な赤ん坊。
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