まるでそれは訪れた春を追って蕾が花を咲かせるように――私は目を覚ました。ゆっくりと瞼を上げれば日常と化した病室の天井が見える。いつもと何も変わらない朝。いつも通り頭がまだ寝てたいと駄々を捏ねている。
でも今日は菜月さんに起こされた訳じゃないからカーテンは閉まったままで病室は薄暗い。
ベッドから生えた無数の手が絡み付いているような少し重い体を起こした私は欠伸を一つ。それからベッドを降りてカーテンの前へ。手を伸ばすと左右へと開いた。僅かな隙間すら見逃さず差し込む朝日に思わず目を瞑り顔を逸らす。でも手は動かし病室全体へむしろ眠気を誘う温かな陽の光を招き入れた。
そして窓を開け、爽やかな風を浴びる。
「んー!」
自然と伸びをして、自然と気持ち良さが声へ姿を変えた。
何てことないこれまでと同じ清々しい朝。死神も昨日の出来事も夢と言われればそのまま信じてしまいそうな――朝だ。いや、むしろ夢だったんじゃないかって自分の記憶を疑う気持ちが、疎らに雲の浮かぶ蒼穹を見上げてると込み上げてくる。あんな事あるはずない。一日を過ごしたと思ってるだけで、本当は一晩寝てただけなのかも。
「おはようございます」
するとそんな心の声を否定するかのようなタイミングでその声は聞こえてきた。今正に夢世界へ押し込んでいた声。
私は記憶にあるその声と繋がった顔を思い出しながら視線を蒼穹からベッド際へ。
そこには記憶から出てきたように全く同じあの人が――真さんが座っていた。
「やっぱり本当だったんだ……」
思わず考えていたことが口から零れ落ちた。
「はい。申し訳ありませんが」
全て聞こえていたとでも言うように、真さんは何も聞き返さず一言謝罪を口にした。
「と言うことはあと六日ってことか」
「はい」
「そっか」
でもやっぱり私は落ち着いていた。最初と同じで特に恐怖に襲われる事も、絶望に呑み込まれる事も――明日には忘れてしまう程度の心の揺らぎ。まるでくだらない話でも聞いたかのような感覚だった。自分でも不思議に思う反面、どこか納得もしている。
「やはり落ち着いてますね」
「んー。なんていうんだろう……。例えるなら――おばあちゃんになって老衰で命が尽きる瞬間みたいっていうのかな?」
当然だけど私はその感覚は分からない。だから尋ねる訳でも無く一人、小首を傾げた。
「あぁ、この時が来たんだって感じ。人はいつか死ぬ――こんな体の所為かも。それを私はより身近に感じてたんだよね。きっと私はみんなよりずっと早く死ぬって……ずっと思ってた。だからそこまで驚かない……のかな? ――やっぱり私みたいな人って珍しい?」
「状況にもよりますが、大抵の人は最初の内は現実を受け入れられないようですよ」
「でも普通はそうだよねぇ」
浅く何度か頷きながら自分は普通の人とは違うんだと思いながらも、そこにはどこか特別な感覚もあった。
「みんな死ぬのって怖いのかなぁ」
気が付けば独り言のように私はそう呟いた。
それが答えを求めてないただ口にしただけの言葉だと分かっていたのか、真さんは答えを口にはせず黙ったまま。
「まっ! そんな事より今は自分の最期をちゃーんと楽しまないとですよね」
「そうですね。今日という日をどう過ごされたいですか?」
昨日同様にその言葉に対して即答出来るような何かを残念ながら私は持ち合わせていなかった。
「んー。どうだろう」
やっぱり自分でも吃驚とする程に何もない。
「まぁ取り敢えず朝食まで出歩くような時間は無いしそれまでゆっくりしようかな。だからその間、適当な話し相手になってよ」
「分かりました」
それから思い出せと言われても時間が必要になる程には他愛ない話をしていると朝の恒例があって朝食が運ばれて、申し訳ないけど昨日の夕食とは天地との差があるご飯を食べた。
「んー! ご飯も食べたし、特にやりたい事もないし。こういう時はやっぱり院内散歩だよね」
「これまでも入院の時はよくそうしてたのですか?」
「うん。だってやる事ないからね。少しでも何かないかなって」
そう言いながら私はベッドから降りた。
「朝だし何もないかな」
そんな事を呟きながら病室を後にした。
お昼も遠くに待つ時間帯なのもあってやっぱり院内の人は疎ら。入院してる人も殆どが病室にいて人とはあまりすれ違わなかった。
そんな中、私は赴くまま歩き続けいつもは行かないような場所まで足を進めた。
「あっ。こんな場所あったんだ」
そんな私の目に飛び込んできたのは待合室。でもそこには数台の台が置いてあって、もしかしたら待合室じゃないのかもしれない。しかもその中の一つには四人が囲むように座り、その周りに女性と男性が一人ずつ背中から台を覗き込むように見下ろしていた。
そんな光景と好奇心に引かれる様に私はその唯一人のいる台を見つめながら部屋へと足を踏み入れた。
「――ん? 興味ある?」
すると台を覗き込むように立つ男性が私に気が付き、微笑みを浮かべながら不意にそう尋ねてきた。
「あっ……いえ。いや、ちょっと……気になって」
何だろう、そんな思いだけを抱え野次馬のように近づいていた私は話掛けられた事で、我に返り何かマズい事をしてしまったかのように動揺してしまっていた。
「麻雀。知ってる?」
だけどその人は私の内心とは裏腹に優しく何をしているのか教えてくれた。
「知ってはいますけど、ルールとかはちょっと……」
名前はもちろん知ってるけど、これまでやったことも見た事もない私は小首を傾げながら答えた。
「ほら。丁度今、始まるから」
手招きをするその人の隣に並ぶと、台上にはちゃんとは見た事ない麻雀の光景があった。四人の前には一直線に複数枚並び、中央の四角を囲うように壁のようなものがそれぞれの前にある。
「あれが手配で、その前にあるのが――」
男性は進行する麻雀と同時にルールや何やらを一から説明してくれた。
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