ティロン♪
初めて通る住宅街の道路を、男は困った顔で頭をかきながら歩いていた。
その男の上着のポケットから、スマホのメール着信を知らせる音が鳴る。
「んだよ、忙しいってのに」
男は誰に聞かせるわけでも無く、一人ぶつくさと文句を言いながら、ポケットからスマホを取り出すと画面を開いて確認した。
画面に表示されたメールは、友人からの早く来いと催促する内容だったので、眉を顰めつつ返事を書く。
『お前んちがわからんって、どれだよ赤い屋根って! ここいら赤い屋根ばっかじゃねぇか』
男は立ち止まって周囲の家々の屋根を見上げながら溜息を吐いた。
赤い屋根の家だと言われてそれだけ聞けば問題ないだろうと、他にも色々言ってた説明を完全に聞き流してたのだから、どう考えても自分が悪いのに友人にその苛立ちを向けながら、返事が来るのを待った。
ティロン♪
再び鳴った着信音に、男はスマホを持ち上げて画面を見ると、案の定友人からのメールで苛立ちながら本文を開く。
「んだよ、黄色い郵便受けの家って? そんなんねぇぞ」
再び男は不機嫌そうな表情のまま、そんな郵便受けの家なんか無いと、苛立ち交じりの返事を返す。
それに対しての返事は、坂の上の方だとの短い文章だけだった。
「くそ! 住所くらい先に送っとけよ」
詳細な住所がわかれば、現代なら地図アプリで簡単に特定できるじゃねぇかと、文句を言っているが、本人が気付いてないだけで既に何通か前のメールに友人は書いていた。
ここまでくるとその友の方が、よくこの男と友人であり続けられるのかの方が不思議なくらいだ。
とは言っても、二度目三度目の住所を書いたメールを送って来なかったり、近くに来ているにも関わらず、迎えに出てこない辺りがその友人の本音を押して知るべしだろう。
「お! あったあったこの家だ!」
坂を上り切った辺りの赤い屋根の家の、門に備え付けの郵便受けを見ると、確かに黄色い色で塗りたくられている。
それに屋根の上や、二階の窓や壁、それに一階の庭の方まで電飾で飾られている。
今日は友人宅で盛大にハロウィンのパーティーを予定していたのだ。
だからここで間違いない。
「ったく、人を呼んでおいてこれかよ」
そう、ぶつぶつとつぶやきながら呼び鈴を鳴らすが、誰の返事も扉が開く様子も無くて、男の苛立ちは沸騰直前まで上がろうとしていた。
それでも、今日のパーティーには狙ってる女性が来ると聞いている。
そいつに嫌なところを見せるのはまずいと考えて、大きく一度だけ深呼吸をして息を整えると、玄関先まで勝手に進んで扉を軽く叩いた。
危うく感情的になって強く叩こうとしてしまった右手を、左手で包む様にぐにぐにと揉みながら、誰かが出て来るのを待った。
それでも中々誰も出て来ようとしないので、庭にまわり込もうかと思いながらそちらに視線をむける。
だが、けっこうな人数が来ると聞いているが、庭に人の気配は感じないので、男は首を傾げた。
「ん? まさかこの家も違うのか?」
そう思って、門のに掲げられている表札を確認しようと、玄関から離れようとしたとき、人の気配は一切感じないままゆっくりと開いた。
男は慌てて振り返ると、そこに立っていたのは見知らぬ顔の三人家族だった。
中央で扉のノブに手をかけているのは、自分より一回りは年下の男の子で、顔は青白く目だけ赤く光っているように見える。
思わず悲鳴を上げそうになって、なんとかその声を喉の奥に飲み込みながら、男の子の後ろに立っている夫婦らしき男女をみると、こちらの顔も青白く赤い目を光らせていた。
一瞬、チカチカとその家の周りに飾られている電飾が明滅をして、そのひかりが目の前の親子の顔色を明滅する色で塗り替える。
それで男は、この不気味な顔色は外の電飾のせいで、そう見えるだけだと気が付いて胸を撫でおろす。
内心では、そういった些細な事にきがついた自分を、天才だなと自惚れたことを思いながら。
「えっと……友人宅のパーティーに参加しようと来たんですけど……どうやら間違ったみたいだわ」
親子背後に見える部屋は暗く、とてもじゃないがパーティをしているようには見えない。この親子が誰かは知らないが間違いなく家を間違えたようだと、男は悪びれることなく、適当な事を言って踵を返そうとした。
だが男の手首を、男の子がガッシリと握りしめた。
自分の手首を握った手が、まるで氷で出来てるかのような冷たさを感じて、男は慌ててその手を振り解こうとしたが、がっしりと握りしめられていて振り解けない。
「な、なにすんだ? 間違いだっていってるだろ? 謝ったしもういいだろう?」
謝ってはいない。
それはともかく、男の子の手の力はとても強く簡単には振り解けそうになくて、男は必死で引っ張った。
それでも男の子の身体はびくともしない。
よく見たら、後ろの夫婦が男の子の身体を掴んで支えている。
「ねぇお兄さん! 折角だし、帰る前にハロウィンらしいことシテいってよ」
男の子は、笑っていない目で口角だけを上げる、不気味な笑顔で男に提案する。
「そうね! 家もお菓子いっぱい用意していたのに、結局だれも来なくて寂しかったのよ」
唐突に、それまで無言で微笑んでいた母親らしい女性が、真っ赤な唇を大きく左右に開いて、笑いながらそんなことを言って来た。
「そうだね、是非君には例の掛け声を言って欲しいな? こんな夜中に間違った家のチャイムを押したんだ、それくらいつきあえるよね?」
そう言って、頭の芯を震わせるような高い声を出したのは、父親らしき男性のほうだった。
その不気味な声に、男は喉の奥でひぃっと悲鳴を上げる。
恐怖で引き攣る男の顔を、親子三人は不思議そうに見つめながら首を傾げた。
「す、すみません! お、俺約束があるから! い、急いでるので!」
なんとかここを抜け出さないといけないと、男は直感というには遅すぎる勘で逃げるべきだと感じて、何度も何度も自分の手を引っ張るが、親子三人はビクともしない。
「そんなに急がなくていいじゃ無いか、一言お約束のフレーズを言ってくれるだけで、夜中の訪問を許してやろうと言ってるんだよ?」
何度聞いても耳障りな父親の声に、男は恐怖で歯をならしている口を開く。
「と、トリック・オア・トリート」
男は解放されたいばかりに、その言葉を口にした。
その瞬間、親子三人の目が嬉しそうに吊り上がる。
「うんうん、それじゃトリートといこうじゃないか」
そう言って、夫婦は振り返ると先に家の奥へ行く。
自分の手首を掴んでいた男の子も、真っ赤な歯を見せつける様に笑うと、男の手を引いた。
どうやらこの男の子一人の力で、最初から男性を引っ張っていたらしい。
「どうぞ、お兄ちゃん! いっぱいお菓子を用意しているから楽しんでってね!」
男を引く力は、まるでトラックか何かに引っ張られてるように強く、あっと言う間に男は玄関の扉を潜らさせられる。
「ちょ! いや! まってくれ! や、やめてくれ! だ、誰か助けてくれ!!」
男の叫びは近所に鳴り響くが、どの家からも姿を見せる者はいない。
やがて玄関の扉が閉まると同時に、その叫び声は聞こえなくなった。
◇
「んで、あいつ来んの?」
男がメールでやり取りをしていた友人の家では、10人程の男女が集まって騒いでいた。
一応周囲の家には、事前に騒いでも良いことを確認を取っている。
不思議なことに、周囲の家族はどの家も今日はいないから大丈夫だと言うことだった。
「あ~ん~……」
この家の長男で男の友人である男性は、参加者の一人から嫌そうな顔で自分のスマホを覗き込まれながら、眉を寄せた。
「赤い屋根に黄色い郵便うけぇ? 全然違うじゃねぇか」
呆れた声を上げられて、男性は顔を上げて苦笑いをうかべると、肩を竦めて答える。
「最初にちゃんと住所送ってるんだ、それ以外は冗談ですませばいいかと思ってよ」
そんな二人のやり取りを見ていた女性も、呆れたような顔をして会話に参加してくる。
「あいつ、人の話どころか、メールもちゃんと読まないんだもん、絶対住所に気が付いてないわよ?」
「だろうね」
女性の言葉に男性は、もう一度肩を竦めて笑う。
「まぁこれで来ないならそれで助かるわ、あいつ嫌だって言うのにしつこいのよ」
そう言って女性は大きく息を吐いて眉を寄せる。
それを見て、男性は乾いた笑いを返す。
「トリック・オア・トリート!」
そんな男性の背中に、別の女性がそんな事を叫びながら抱き着いて来た。
「ちょ! びっくりした! なんだよ?」
「あははは、だからトリック・オア・トリートって言ってるの!」
「はいはい、お菓子が足らなくなったのな。 すぐ持ってくると」
そう言って男性は台所の棚の方へ向かった。
「ところでさ、そのトリートって褒美とか、そんな意味からお菓子をねだる言葉になってるらしいけど、昔は違う意味だったらしいよ?」
棚の高いところからお菓子を下ろしながら、男性はなんとなしにそんな事を口にすると、それを女性は興味深そうな顔で覗き込みながら聞き返す。
「そうなの? じゃ本当はどんな意味なの?」
男性は下ろしたお菓子を、大きな籠ごと女性に渡しながら、にっこりと微笑んでその質問に答える。
「引くとか処理するとか、そんな意味らしいよ」
「へぇ、そうなんだ……なんか少し不気味な意味なんだね」
女性は関心したようにそう呟きながら、男性と共に騒いでる皆の元へ戻っていった。

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