廊下には、まだ多くの学生が行き交っていた。
話し声。笑い声。重なる足音。
その中を歩いていると、前方から一人の少女が近づいてきた。
淡い金色の髪。青緑色の瞳。
「あ……」
エルの足が、わずかに止まった。
見覚えがある。教室で隣の席になった少女。
――リア。
向こうもこちらに気づいたらしい。
「あっ、エルじゃん」
「……こんにちは」
「どうもこんにちは。さっきも授業で会ったけどね」
少しよそよそしい挨拶に、リアがくすりと笑う。
その様子を見ていたカイルが、エルの肩越しにリアを見る。
一瞬だけ、目を丸くした。
「……へえ」
「?」
リアが首を傾げる。
カイルはすぐに、いつもの笑顔へ戻った。
「エル、この子知り合い?」
「うん。偶然、隣に座った……」
「リア・セレス」
リアが自分から名乗った。
「友達第一号です」
そう言って、ちらりとエルを見る。
まるで、エルが自分を友達だと紹介してくれなかったことを、少しだけ拗ねているようだった。
「リア?」
「はい」
「そっか。俺、カイル。カイル・レグナード・フェルディス」
「よろしくお願いします、カイルさん」
「こちらこそ」
カイルはそう答えながら、リアをじっと見る。
リアがわずかに眉を上げた。
「……何か?」
「いや?」
カイルは笑った。
「一年にこんな可愛い子がいるとは思わなくてさ」
「……」
エルが思わずカイルを見る。
リアも、一瞬だけ黙った。
「初対面で、それ言うんですか?」
「思ったことは言ったほうがいいかなって」
「そういうものですか?」
「俺はそういうものだと思ってる」
悪びれる様子はない。むしろ、楽しそうだった。
リアは呆れたように息を吐く。
「変な人ですね」
「よく言われる」
「褒めてませんけど」
「知ってる」
リアが小さく笑った。カイルも笑う。
エルは、その二人を交互に見た。
なんだか、さっきまでとは違う場所にいるような気がした。
「で、リアは今から食堂?」
「ええ」
「じゃあ一緒に行こうぜ」
「……随分自然に誘いますね」
「断られたら普通に諦めるよ?」
そう言って笑う。
押しつけるような感じはない。気になった相手には、迷わず声を掛ける。
それが、カイルという少年なのだろう。
リアは少し考えてから、エルを見る。
「エルも一緒なんでしょう?」
「うん……」
「なら、私も行こうかな」
「よしきた!」
パチン、とカイルが指を鳴らした。
「むしろ大歓迎」
「カイルさんに聞いてません」
「これは手厳しい」
カイルが肩をすくめる。
リアが小さく笑った。
エルも、つられるように口元を緩めた。
「じゃあ、行こっか。カイルさんも早く」
「おう」
「ていうか敬語やめない? 同級生なんだし」
「まだ信用してないんで」
「厳しいなぁ」
三人で歩き出す。
「でも俺もエルの友達だぜ?」
「そうなの?」
「さっき初めて会ったんだけど……」
リアがエルを見る。
エルは少し困ったように目を逸らした。けれど、否定する言葉は出てこなかった。
「……まあ」
それだけ呟く。
カイルが笑った。
「ほらな」
「何が『ほらな』なんですか」
「細かいことは気にすんなって」
「カイルさんが言うと、余計に気になります」
三人の声が、廊下に響く。
人の声。笑い声。誰かの足音が、三人を追い越していく。
少し前まで、それらはただ騒がしいだけのものだった。
けれど今は。その中を、二人の同級生と並んで歩いている。昨日までなら、想像もしなかったことだった。
「なあ、今日の食堂って何あるかな」
「知りませんよ」
「エルは?」
「……僕も知らない」
「じゃあ、行ってからのお楽しみだな」
カイルが笑う。リアも、その横で小さく笑った。
エルは二人を見た。胸の奥に、いつもの不安がないわけではない。正体が知られたら。いつか、この二人も離れていくのかもしれない。
それでも――。今は、考えなくていい気がした。
この瞬間だけは。魔王の息子でもない。魔族でもない。何か特別な存在でもない。
ただの一年生、エルディアスとして。二人の隣を歩いている。
「……」
エルは、ほんの少しだけ歩幅を広げた。前を歩く二人との距離が、少し縮まる。
――嫌じゃない。むしろ。ほんの少しだけ、このままでもいいのかもしれない。
そんなことを思った。
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