「魔力を一定に保て」
ヴェルドが言った。
「力を込める必要はない。魔力を押し出すのではなく、身体の中を流すように意識しろ」
エルは言われた通りにする。
慎重に。ほんの少しずつ。周囲と同じ程度の魔力だけを流す。
今度は問題なかった。
「よし」
ヴェルドは教室全体を見渡した。
「魔力操作において重要なのは、量ではなく精度だ」
その言葉に、エルはわずかに肩の力を抜いた。
「大量の魔力を持っていても、それを制御できなければ意味がない」
――なら、大丈夫だ。
魔力量そのものを詳しく測られるわけではない。これなら、目立たずに済む。
「逆もまた然りだ。魔力が少ない者でも、精密な制御によって強力な魔法師になることはできる」
リアが手を挙げた。
「先生」
「何だ」
「魔力量が少ない場合、術式そのものを最適化して消費魔力を抑えることも可能ですか?」
「可能だ」
ヴェルドは即答した。
「むしろ高度な魔法師ほど、魔力を無駄には使わない」
「ありがとうございます」
リアが手を下ろす。
エルは横目で彼女を見た。
「リアって、こういうの詳しいんだね」
「魔法が好きだからね」
リアは笑った。
「エルも質問したら?」
「僕は……」
エルは少し迷った。
「まだ、よく分からないから」
「だからこそ聞けばいいんだよ」
「……うん」
エルは小さく頷いた。
その二人を、ヴェルドが一度だけ見る。だが、何も言わずに授業を続けた。
「では次に、簡単な術式を構築する」
黒板に術式が描かれていく。生徒たちが一斉に紙へ書き写した。エルもそれに続く。
術式を組む。魔力を流す。淡い光が浮かび上がった。
成功。
「……綺麗」
「え?」
リアがエルの術式を覗き込んでいた。
「魔力の流し方」
「……そうかな」
「うん」
リアは術式を見つめる。
「すごく丁寧に流してる。私より綺麗かもしれない」
「そんな……」
エルは慌てて首を振った。
「僕なんて全然だよ」
「そう?」
「うん……」
リアは首を傾げた。
それでも、それ以上は言わなかった。ただ、もう一度だけエルの術式を見る。その瞳に浮かんでいたのは、先ほどまでとは違うものだった。
興味。そして――小さな疑問。
エルは気づいていない。自分が一年生の基礎水準を、すでに大きく上回る精度で魔力を操っていることに。その身体の奥に眠る魔力が、本人の想像を遥かに超えるものであることにも。
ただ、目立たないようにしていた。普通の学生として。誰にも知られないように。そうして授業は進んでいった。
術式を学ぶ。魔力を動かす。分からないところがあれば考える。失敗すれば、もう一度やってみる。そんな当たり前の一つ一つが、エルには新鮮だった。
そして気づけば――最初に感じていた緊張は消えていた。代わりに残っていたのは、もっと単純な感情だった。
楽しい。魔法を学ぶことが。知らなかったことを知ることが。自分の魔力を、自分の意思で動かすことが。
授業終了の鐘が鳴った。エルは顔を上げる。思っていたより、ずっと早かった。
「もう終わりか……」
ぽつりと呟く。
「楽しかった?」
隣からリアが尋ねた。
「……うん」
エルは少し照れながら答える。
「楽しかった」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなった。
魔族であることも。魔王の血を引いていることも。
いつの間にか、頭から消えていた。今の自分は、ただの一人の学生だった。
魔法を学び、隣の友人と話し、授業が終われば教室を出る。
それだけだった。――これが、学生というものなのか。
そんなことを、エルは初めて実感した。
*
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