「二級……」
カイルが呟く。
「新入生で二級って、結構すごいんじゃない?」
「当然だよ」
ルシエルは即答した。
「僕は幼い頃から最高の魔法教育を受けてきた。魔法についてなら、同年代の誰にも負けるつもりはない」
嫌味らしい響きはなかった。
本気なのだ。自分なら、それくらいできて当然だと信じている。
「だから、この一年の中で僕より上へ行くつもりなら――それなりの覚悟をしておくといい」
その自信を隠そうとする様子もない。
「へえ。じゃあ俺より二つ上か」
「君は武学だろう?」
「そうだけど?」
「なら、比較する意味はないよ」
ルシエルはそう言って、視線をエルへ移した。
「君は魔法学だったね」
「……うん」
「魔力量はかなり多い。けれど――随分と抑えていたね」
エルの身体が、わずかに強張った。
「……え?」
「測定器の反応がおかしかったんだ」
「……おかしい?」
「君が魔力を抑えた瞬間だけ、数値の伸びが不自然に止まった」
ルシエルは淡々と説明する。
「あれだけの魔力量を持っているなら、普通はあんな止まり方はしない」
「……」
「意図的に抑えたんじゃないかと思う」
心臓が、一度だけ強く鳴った。
――気づかれた。
エルは咄嗟に手を握る。魔族だと知られたわけじゃない。魔王の子だと知られたわけでもない。
ただ、自分が魔力を抑えていることを見抜かれただけだ。
それでも、背中に薄い汗が滲んだ。
「隠すこと自体は悪くない」
ルシエルは続ける。
「でも、せっかくの才能なのに、あれでは勿体ない」
「僕は……」
言葉が詰まった。
力を持っていることを知られたくない。目立ちたくない。ただ、普通でいたい。
そんな本音を、そのまま口にするわけにはいかなかった。
「……まだ、上手く使えないだけだよ」
「そう」
ルシエルは僅かに目を細めた。
「なら、次に会うときまでに使えるようになっておくといい」
「え?」
「いずれは僕と競うことになるんだから」
当然のように言った。
「魔法学科である以上、いずれランキングで顔を合わせる」
その言葉には、疑いが一つもない。まるで――そうなることが決まっているかのようだった。
「そのときまでに、せめて僕を退屈させない程度にはなってくれ」
「……」
「才能があるのに隠しているなら、なおさらだ」
それだけ言い残し、ルシエルは踵を返した。
銀色の髪が揺れる。その背中は、最後まで迷いを見せなかった。
「なんだあいつ」
カイルが呆れたように呟く。
「感じ悪いな」
「でも、強そうだったね」
リアは素直な感想を口にした。
エルも、遠ざかっていくルシエルの背中を見つめていた。
不思議だった。嫌な感じはしない。
むしろ――。自分の力を当然のものとして受け入れている、その姿が。少しだけ、眩しく見えた。
「……僕も」
「え?」
「ううん。何でもない」
エルは掲示板へ視線を戻した。
そこには、自分の名前がある。その横に並ぶ文字。
――学院ランク、三級。まだ、三級。
けれど、それでいい。ここでは誰も、自分の出自を知らない。魔王の子でもない。魔族でもない。特別な何者でもない。ただの学生として授業を受け、友人と笑い、努力した分だけ評価される。
そんな当たり前の日々が、エルには不思議なほど心地よかった。誰かに恐れられることもない。誰かに期待されることもない。生まれた意味を問われることもない。ただ、今日の自分がどれだけできたのか。
それだけを見てもらえる。
エルはもう一度、自分の名前を見つめた。――学院ランク、三級。
胸の奥に、小さな何かが芽生えていた。それが何なのか、まだエル自身にも分からない。ただ。もう少しだけ、上を見てもいいのかもしれない。
そんなことを、初めて思った。けれど――今は。
「……これでいい」
誰に聞かせるでもなく、エルは呟いた。
今は、三級でいい。それが、今の自分なのだから。そう思えることが、何よりも嬉しかった。
――ただ。その胸に芽生えた小さな気持ちは、もう消えることはなかった。
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