実力測定から数日が経った。エルディア学術院での生活にも、少しずつ手応えのようなものが生まれ始めていた。朝になれば授業を受ける。昼になれば食堂でリアやカイルと食卓を囲む。午後には実技授業があり、夕方になれば寮へ戻る。
特別なことは、何もない。それが、エルにはたまらなく心地よかった。
魔王の子ではなく、ただの一人の学生として過ごす。誰かに恐れられることもなく、特別扱いされることもない。授業を受けて、友人と話して、笑って。
そんな当たり前の日々を送る。それだけで、十分だった。
――少なくとも、今は。
*
「それでは今日は、魔法の実戦運用について学んでもらう」
魔法学の実技場。
教壇に立ったヴェルドが、居並ぶ学生たちを見渡した。
「魔法は知識だけでは扱えない。実際に使い、相手や状況に応じて術式を変化させる必要がある」
学生たちが、それぞれに頷く。
「今日の課題は簡単だ。用意された標的に対して、指定された魔法を使用してもらう」
エルは列の後ろから、前方に並べられた標的を眺めた。
木製の人形。その表面には、魔力による防御結界が張られている。
「威力だけを競うものではない。魔力の制御、術式の安定性、発動速度も評価する」
「つまり、強ければいいってわけじゃないんだね」
隣にいたリアが、小声で囁いた。
「うん……そうみたい」
エルは頷いた。けれど、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥にわずかな安堵が広がった。
威力を抑えてもいい。むしろ制御が重視されるのなら、自分にとって都合がいい。目立たずに済む。
それなら、今日もいつも通りにやれる。
「次、エルディアス」
「……はい」
名前を呼ばれ、エルは前へ出た。
指定されたのは、火属性の初級攻撃魔法。誰にでも扱える程度の魔法だ。
エルは右手を前へ差し出した。
「……」
魔力を集める。本来なら、もっと速く。もっと強く。もっと大きな魔法を放てる。
けれど――抑える。身体の奥から湧き上がろうとする魔力を、必要最低限まで絞り込む。
流れを細く。術式を小さく。力を、見せない。
そうして慎重に魔力を組み上げる。
「《火弾》」
小さな火球が放たれた。赤い光が空気を焦がしながら飛び、標的へ命中する。
――ボッ。火球が弾け、防御結界がわずかに揺れた。
「……命中。威力は標準以下。発動速度は平均程度」
教員が淡々と結果を書き留める。
「次」
「はい」
エルは小さく息を吐いた。
これでいい。三級の学生として、何ら不自然なところはない。
そう自分に言い聞かせながら、列へ戻ろうとする。
そのときだった。
「……」
視線を感じた。エルは足を止め、振り返る。
少し離れた場所に、一人の少年が立っていた。銀髪のエルフ。整った顔立ちに、鋭い目。ルシエル・アルヴァート・グランディス。実力測定の日と同じ目で、こちらを見ている。
何かを見定めようとするような目だった。
エルは、思わず視線を逸らした。
「次、ルシエル」
「はい」
まるで入れ替わるように、ルシエルが前へ進み出る。
彼もエルと同じ火属性の攻撃魔法を選択した。右手を掲げる。
「《火槍》」
次の瞬間――轟音が響いた。
巨大な炎の槍が一直線に飛ぶ。標的の防御結界を正面から撃ち抜き、木製の人形が数メートル後方まで吹き飛んだ。
「……」
周囲からどよめきが起こる。
教員も、わずかに目を見張った。
「威力、発動速度ともに非常に優秀。術式構築も申し分ない」
「ありがとうございます」
ルシエルは淡々と応じた。
そして、こちらへ視線を寄越す。エルには、なんとなく分かった。まただ。自分を見ている。
まるで、さっきの魔法だけではなく、その奥にある何かを見ようとしているようだった。
エルは何も言わず、視線を逸らした。
授業はそのまま進み、次の課題へ移る。二人一組での簡単な模擬戦だった。
「攻撃魔法は相手へ直接当てるな。防御結界への命中をもって勝敗を決める」
エルはリアと組むことになった。
「よろしくね、エル」
「うん……」
対戦相手は、別の一年生二人だった。
開始の合図。先に相手が動いた。
「《風刃》!」
風を纏った刃が飛んでくる。
エルは咄嗟に手を伸ばした。
「《水壁》」
水の壁が立ち上がり、風の刃を受け止める。水面が大きく揺れ、風の刃が弾けた。
「今だよ!」
リアが声を上げる。
地面から土が盛り上がり、相手の足元を覆っていく。動きが止まった。
「エル!」
「う、うん!」
エルも魔法を放つ。
ただし――力は抑えた。相手の防御結界を崩すには十分。けれど、それ以上は必要ない。
「勝負あり!」
教員の声が響いた。
エルたちの勝利だった。
「やったね」
リアが嬉しそうに笑う。
「うん……」
エルも、つられるように笑った。
そのとき。
「君」
背後から声がした。
「……僕?」
「そう」
振り返る。ルシエルが立っていた。
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