「君が本当に三級程度の魔法師なのか。それとも――」
一度、言葉を切る。
「自分から三級に留まっているだけなのか」
「……」
「測定結果だけなら、三級でも不思議じゃない」
ルシエルは続けた。
「だが、実際に魔法を使っているところを見ると、少し違う」
「……どういうこと?」
「魔法の威力は三級程度だ」
ルシエルの視線が、再びエルの手へ落ちる。
「だが、魔力の扱い方まで三級とは思えない」
「……」
「あれだけ無駄なく魔力を流せる人間が、術式構築まで標準的というのは妙だ」
その言葉に、エルは何も返せなかった。
「だから僕は、君が本当に三級程度なのか疑っている」
ルシエルは、それだけ言うと再び背を向けた。
「いずれ、君が本気で魔法を使うところを見せてもらう」
そのまま歩き去っていく。
残されたエルは、何も言えなかった。
「……なんだったの、あの人」
隣でリアが呟く。
「分からない……」
そう答えながら、エルは自分の手のひらへ目を落とした。
そこには、何もない。いつもと変わらない、自分の手。けれど、その身体の奥には、自分自身でさえ恐ろしくなるほどの魔力が眠っている。
――使ってはいけない。
――目立ってはいけない。
――知られてはいけない。
それだけを、ずっと自分に言い聞かせてきた。魔王の血を引いている。その事実を知られれば、何が起こるか分からない。怖がられるかもしれない。憎まれるかもしれない。
そして何より――。もう一度、自分のせいで誰かが傷つくかもしれない。だから、力を隠す。それはエルにとって、ずっと変わらないことだった。
けれど。ルシエルの言葉が、妙に胸に残っていた。
『力を持っているのに、それを使わない』
どうして。なぜ。その問いを向けられたとき、自分は何も答えられなかった。
エルは、自分の手をゆっくりと握った。ぎゅっ、と指が掌へ食い込む。痛みは、ほとんど感じなかった。
――普通でいたい。
それは本当だ。この学術院で、友達を作って。授業を受けて。昼になれば、リアやカイルと食事をして。笑って。そんな日々を、失いたくない。そのためには、力を隠していなければならない。それも、きっと本当だ。
けれど。それだけなのだろうか。
エルは、ふと今日の授業を思い出した。魔法を使った瞬間。魔力が術式を通り、手のひらから外へ流れていった感覚。それは怖いものではなかった。
むしろ――。楽しかった。初めて魔法学を受けた日のことも思い出す。知らなかった術式を知ったとき。魔力の流れを理解したとき。自分の意思で魔力を動かしたとき。
胸の奥に広がった、あの感覚。あれは、何だったのだろう。
「……」
エルは何も言わず、握った手を見つめた。
力を持っているから、使わなければならないわけではない。強くなることを望まなければならないわけでもない。
それは分かっている。それでも――。自分は、本当に一度も使ってみたいと思ったことがないのだろうか。
そんな疑問が、初めて胸の中に浮かんだ。今までは、考える必要すらないと思っていた。
力は隠すもの。魔王の血は隠すもの。普通でいるためには、それでいい。
そう思っていた。けれど。
「……僕は」
エルは小さく呟いた。
「何を怖がってるんだろう」
答えは出なかった。
ただ、胸の奥に残った小さな疑問だけが、消えずにそこにあった。自分は、この力を持っている。
それなのに――なぜ、使わないのだろう。
エル自身にも、まだ分からなかった。
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