午後の武学。
魔法学の実技場とは趣が異なり、武学の訓練場には木剣や木槍、盾といった武具が整然と並べられていた。
その中央に、一人の青年が立っている。
まだ二十代半ばほどに見える。短く切った髪に、気さくそうな笑み。教師というより、少し年上の先輩がそのまま教壇に立っているような雰囲気だった。
「よし、全員いるな」
青年――ジーク・アルヴェインは、学生たちを見渡した。
「今日から実技を少し本格的にやる。魔法学の連中もいるが、武学を選んだ以上、最低限、自分の身は自分で守れるようになってもらう」
気負いのない口調だった。
「ちなみに、武学は剣術だけじゃない。体術、身体強化、魔法戦闘、戦術……全部ひっくるめて武学だ」
ジークは木剣を一本手に取る。
「ただし、今日は剣術からだ」
学生たちが、それぞれ木剣を手にした。
カイルも一本を手に取る。
「じゃあ、まずは二人一組。軽く打ち合ってみろ。勝ち負けは気にしなくていい」
「はーい」
気の抜けた返事をして、カイルは近くにいた学生と向かい合った。
「よろしく」
「よろしくな」
「始め!」
合図と同時に、相手が踏み込んできた。
カイルは木剣を受ける。重い。まともに押し返せば、こちらが押し負ける。
だから、力で受け止めない。木剣をわずかに傾け、相手の勢いを横へ逃がす。
剣が流れた。その隙に一歩踏み込み、振り抜く。
相手もすぐに剣を戻した。乾いた音が響く。
「……!」
二人は同時に距離を取った。
「今の、結構いいな」
ジークが声を掛ける。
カイルは笑った。
「そうですか?」
「ああ。力で押し切ろうとしなかったのはいい判断だ」
「まあ、俺、そんな力ないんで」
「それも分かってるなら悪くない」
ジークも笑う。
「自分より力のある奴と、真正面から殴り合う必要なんてない。勝てる方法を考えろ」
「……はい」
カイルの目が、ほんの少しだけ細くなった。
再び木剣を構える。今度は身体強化魔法を使った。
「《身体強化》」
魔力を身体へ巡らせる。
筋力。脚力。反応速度。全身がわずかに軽くなる。
踏み込む。先ほどより速い。
相手の剣を受け流し、そのまま懐へ滑り込む。
「そこまで!」
木剣が相手の胸元へ届く寸前で止まった。
「勝負あり!」
カイルは木剣を下ろした。
「ふう……」
「いいぞ。身体強化も無駄が少ない」
ジークが頷く。
「ただ、魔力を流すタイミングが少し遅いな」
「やっぱ分かります?」
「分かるさ。教員だからな」
「ですよねぇ」
カイルは苦笑した。
けれど、その言葉を聞いた瞬間には、もう頭の中で別のことを考えていた。
魔力を流し始めるタイミング。脚へ送る量。踏み込んだあとに残る余剰。
――もっと削れる。
――もっと速くできる。
そんなことを考えている素振りは、顔には一切出さない。
「次!」
別の学生が呼ばれる。カイルは列の後ろへ戻った。
そして、何気なく周囲を見る。
自分より強い学生。自分より速い学生。剣術だけなら、自分より上手い人間はいくらでもいる。
だから、見る。どう動いているのか。なぜ速いのか。どこに無駄があるのか。自分と何が違うのか。分からないなら、覚えて帰る。
それしかない。
*
授業の終盤。ジークが学生たちを集めた。
「最後に模擬戦をやる。相手を傷つけるような攻撃は禁止だ。魔法も使用していい。ただし、相手の防御結界を破るか、俺が勝敗を判断した時点で終了」
何人かの学生から歓声が上がる。
「それじゃ、一組目!」
次々と名前が呼ばれていく。
そして――。
「カイル・フェルディス。前へ」
「はいはい」
いつもの調子で返事をして、カイルは前へ出た。
相手は、自分より一回り大きな男子学生だった。
「よろしくな」
「おう」
二人が向かい合う。
「始め!」
先に動いたのは相手だった。
速い。カイルは一撃目を受ける。二撃目も受ける。三撃目を避けた。
木剣が頬のすぐ横を通り過ぎる。
――速い。けれど。三度目で、カイルは気づいた。
一撃目は肩から。二撃目は腰から。三撃目は――踏み込みが浅い。
攻撃を重ねるたびに、右肩がわずかずつ下がっている。身体の軸も、少しずつ右へ傾いていた。
次も、右。そう読んだ瞬間、相手が踏み込む。
カイルは身体を捻った。木剣が空を切る。
「そこだ!」
相手の体勢が崩れた。
カイルは一歩踏み込む。
「《身体強化》」
魔力を脚へ集中。一気に間合いを詰める。
――まだ遅い。
そう思った。けれど、今はそれでいい。
木剣を振り抜く。
「そこまで!」
カイルは剣を止めた。
「勝者、カイル!」
「っしゃ」
小さく拳を握る。周囲から拍手が起きた。
「やるじゃん!」
「カイルって結構強いんだな」
「いやいや、普通普通」
いつものように笑う。けれど。誰にも見えないところで、カイルは自分の手を見つめていた。
わずかに震えている。力が足りなかった。速度も足りない。最後の一撃だって、もっと早くできた。
勝ったことよりも、そちらのほうが気になった。
「……まだまだだな」
小さく呟く。
「何か言ったか?」
「いや? 腹減ったなって」
「それはそうだな!」
周囲から笑い声が上がる。
カイルも笑った。
*
この作品が気に入ったら

コメント
まだコメントはありません。
会員登録(無料)かログインをすると、コメントを書けます。