授業が終わった。
学生たちが次々と訓練場を出ていく。カイルも荷物を持ち、外へ向かった。食堂へ行く。いつものように、エルとリアと昼食を――。
そう思っていた。けれど。訓練場を離れてしばらくしたところで、カイルの足が止まった。
「……」
腹は減っている。
それでも。
「あと少しだけ」
小さく呟いて、カイルは踵を返した。誰もいない訓練場へ戻る。
静まり返った空間の中で、カイルは木剣を一本手に取った。
「……よし」
構える。授業中とは違う顔だった。
笑みもない。ふざけた様子もない。ただ、木剣を握っている。
一度、深く息を吸う。
「……」
踏み込む。振る。戻る。身体強化。
もう一度。
振る。また一度。汗が流れる。呼吸が荒くなる。
それでも、手を止めない。
「……遅い」
自分に言い聞かせる。
「もっと速く」
振る。
「もっと低く」
振る。
「もっと……」
「熱心だな」
「――っ!」
カイルが弾かれたように振り返る。
訓練場の入口に、ジークが立っていた。
「ジ、ジーク先生……」
「忘れ物か?」
「……まあ、そんなところです」
「へえ」
ジークは笑った。
けれど、それ以上は何も聞かなかった。
カイルも木剣を置こうとする。
「もう終わるんで」
「別に続けていいぞ」
「いや、もう腹減ったんで」
「そうか」
ジークは入口から離れる。
「じゃあな、カイル」
「……はい」
そのまま去っていく。
カイルはしばらく、その背中を見送った。
「……バレてないよな」
小さく呟く。
そして、また木剣を構えた。誰かに褒めてもらうためじゃない。努力している姿を見てもらいたいわけでもない。
ただ、自分が強くなるため。それだけだった。
*
その日の夕方。
武学の上級生たちが訓練場へ入ってきた。
「レイ先輩、今日もここですか?」
「うん。暇だからね」
軽い調子で答えた青年がいた。
レイ・ヴァレン。四年生。学院ランク一級。そして、武学個人ランキング第一位。
レイは訓練場をぐるりと見渡した。
「……あれ?」
床に残っていた木剣の跡へ目を留める。
何度も同じ場所を踏み込んだ跡。擦れた床。そこに、わずかに残った汗の跡。
「これって一年生が使ってたのかな」
「さっきまで何人かいたな」
「ふーん」
レイは何気なく木剣を一本拾い上げた。
柄を握り、軽く振る。
「……結構振ってるね」
「何か言ったか?」
「いや、なんでもない」
木剣を元の場所へ戻す。
それ以上、誰が使ったのかを聞くことはなかった。ただ、レイの中には一人の少年の姿が浮かんでいた。
先ほど偶然見た模擬戦。勝ったというのに、嬉しそうではなかった。周囲が勝利を褒める中で、少年が見ていたのは相手ではなく、自分自身の手だった。
――もっと速くできた。
――もっと上手くできた。
そんな顔をしていた。
「……面白い一年生が入ったな」
レイは小さく笑った。
まだ荒削りだ。剣も、身体強化も、決して飛び抜けているわけではない。
けれど――。あの目だけは、嫌いじゃなかった。自分に足りないものを嘆くだけの目ではない。今の自分に何が足りないのか。どうすれば、それを埋められるのか。
ただ、それだけを探している目だった。
「ああいう奴は、強くなる」
誰に聞かせるでもなく呟く。
そしてレイは、訓練場を後にした。
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