入学してから、一週間ほどが過ぎた。少しずつ、学術院での日々が日常へと形を変えつつあった。魔法学の日もあれば、武学の日もある。基礎的な学問を学ぶ講義もあれば、訓練場で実際に身体を動かす日もある。
最初の頃は、どこへ行っても見知らぬ顔ばかりだった。けれど今では、廊下を歩けば顔を知っている学生を何人か見かけるようになった。向こうから挨拶されることもある。
それでも、エルは基本的に一人で行動していた。
「エル、今日の昼どうする?」
「……食堂に行こうかなって」
「じゃあ一緒に行こうよ」
「うん」
教室を出たところでリアに声を掛けられ、エルはそう答えた。ふと周囲へ目をやる。
入学したばかりの頃なら、一人で食堂へ向かっていたはずだった。
「お、昼飯か?」
振り返ると、カイルがこちらへ歩いてくる。
「リアと食堂行くところ」
「じゃあ俺も混ぜてくれ」
「もちろん」
「よし、決まり」
そう言ってカイルが二人の隣へ並ぶ。三人で歩き出す。
――いつからだろう。こうして三人で歩くことが、当たり前になったのは。
エルは、ふとそんなことを思った。
食堂へ向かう途中、カイルが不意に足を止める。
「……あ」
「どうしたの?」
「あそこ」
視線の先には、一人の獣人の学生がいた。その前には、人間族の学生が二人立っている。
獣人の学生は耳を伏せ、明らかに居心地の悪そうな様子を見せていた。
「獣人ってさ、やっぱり鼻が利くんだろ?」
「じゃあこれ、何の匂いか当ててみろよ」
そう言って、人間の学生が昼食の皿を顔の近くへ突き出す。周囲から小さな笑い声が漏れた。
獣人の学生は何も言わない。ただ、伏せた耳がわずかに震えている。
「……やめろよ」
カイルが口を挟んだ。
「ん?」
「嫌がってるだろ」
「別に。遊んでるだけだよ」
「遊びなら、相手も楽しそうにしてると思うけどな」
カイルは笑っていた。けれど、その目だけは笑っていなかった。
「ほら、行こうぜ」
そう言って、獣人の学生の肩を軽く叩く。
獣人の学生は一瞬驚いた顔を見せ、それから小さく頷いた。
「……ありがとう」
「気にすんな」
それだけ言って、カイルは歩き出した。
エルも、その後を追う。
「カイルって、ああいうのよくやるの?」
「ん? 何が?」
「……さっきの」
「ああ」
カイルは少しだけ考えるように黙り、それから肩をすくめた。
「別に。大したことじゃないだろ」
「でも……」
「嫌がってる奴がいて、やめろって言う奴がいなかったから言っただけ」
それ以上、カイルは何も言わなかった。
やがて三人は食堂へ着いた。
広い空間には、様々な種族の学生たちがいる。人間族。エルフ。獣人。竜人。妖精族。種族の異なる者同士が同じテーブルを囲み、笑いながら食事をしている。
けれど、少し目を凝らせば、その光景のすべてが穏やかなわけではないことも分かる。
「……あれ?」
リアが小さく声を漏らした。
少し離れた席で、二人の学生が言い争っている。
「だから、エルフのくせに武学なんか選ぶからだろ」
「種族は関係ないだろ」
「でも――」
周囲の学生たちが、ちらちらと視線を向けている。
「そこまでにしなさい」
やがて近くにいた教員が間に入り、二人を引き離した。
エルは、その一部始終を黙って見ていた。
ここは、すべての種族が平等に学べる場所。学園長はそう言っていた。
けれど、それは差別や偏見が完全に消え去ったという意味ではないらしい。長い年月をかけて根付いたものが、一つの学校ができたからといって、すぐに消えるわけではない。
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