入学手続きは、思っていたよりも簡単だった。
「お名前をお願いします」
受付の女性に促され、エルは姿勢を正す。
「エルディアス・ヴェル・レグナ・アシュレル・セレディオ=グラディアです」
「はい。エルディアス・ヴェル・レグナ・アシュレル・セレディオ=グラディア……十五歳ですね」
「はい」
「種族は?」
一瞬だけ、喉が詰まった。
「……人間族です」
「分かりました」
それだけだった。
受付の女性は何の疑いも見せず、書類へ記入していく。エルは、知らず知らずのうちに握り締めていた手を、そっと開いた。
手のひらに、薄く汗が滲んでいる。
――大丈夫。誰も気づいていない。それだけのことなのに、妙に疲れた。
「こちらが学生証です。紛失しないようにしてくださいね。それと、入学式はこの後、大講堂で行われます」
「ありがとうございます」
「いえ。これから四年間、頑張ってください」
「……はい」
四年間。その言葉を聞いたとき、エルは少しだけ不思議な気持ちになった。
四年間、自分はここにいる。魔王の息子でもなく。魔族でもなく。
ただのエルディアスとして。
そんな未来を想像すると、胸の奥がほんの少しだけ軽くなった。
「エル」
背後から声がした。
振り返る。
「学院長……」
そこに立っていたのは、アレクシオス・ヴァン・エルディア学院長だった。
だが、周囲の学生たちは彼を見るなり、気軽に声をかけていく。
「学院長、おはようございます!」
「おはよう」
「入学式、もうすぐですよ!」
「分かっているとも」
アレクシオスも笑顔で応じていた。
その姿を見ていると、とても世界を救った英雄には見えない。
エルがそんなことを考えていると、アレクシオスがこちらへ歩いてきた。
「ちゃんと一人で来られたようだな」
「はい。……というか、迎えに来てくれると思ってました」
「そんなことをしたら、君だけ特別扱いしているようなものだろう?」
「……それは、そうですけど」
「ここでは君も新入生の一人だ。私が君だけを特別扱いする理由はない」
そう言って、アレクシオスは歩き出した。エルもその隣を歩く。
廊下には、新入生たちの声が響いていた。初めて見る校舎に目を輝かせる者。友人と笑い合う者。緊張した面持ちで学生証を握り締める者。誰もが、新しい生活の始まりを前にしていた。
しばらく進んだところで、アレクシオスがふと足を止めた。
「エル」
「はい」
「ここでは君を魔王の息子として扱う者はいない」
エルは黙り込んだ。
その言葉を、ずっとどこかで待っていたような気がした。
「……本当に?」
「ああ」
「僕が……何者なのか知られても?」
アレクシオスは、すぐには答えなかった。
「それは、また別の話だ」
優しい声だった。
だからこそ、エルは少しだけ俯いた。
「……ですよね」
「だが、少なくとも私は君を魔王の息子としてここへ入れたわけではない」
アレクシオスがエルへ視線を向ける。
「君を、エルディアスという一人の学生として迎えたんだ」
「……」
「だから、学生らしく過ごせばいい」
その言葉に、エルは顔を上げた。
「友達を作ってもいい。授業を受けてもいい。失敗してもいい。くだらないことで笑ってもいい」
まるで、それらが許されるのだと告げるように。
「君がそうしたいと思うならな」
エルは、しばらく何も言えなかった。喉の奥に、何かが引っかかっている。
ありがとう。そう言えばいいだけなのに、妙に声が出なかった。
やがて、エルは小さく笑った。
「……ありがとうございます」
「礼を言うほどのことじゃない」
「でも……」
その先は、言葉にならなかった。アレクシオスも、それ以上は何も言わない。
ただ一度だけ、エルの肩を軽く叩いた。
「それじゃあ、入学式に遅れるぞ」
「はい」
二人は再び歩き出した。
*
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