入学式を終えた新入生たちは、それぞれ指定された教室へ向かっていた。
広大な学術院の中を歩きながら、エルは何度も周囲を見回していた。石造りの廊下。高い天井。壁に掛けられた歴代学院長たちの肖像画。その間を、人間だけでなく、エルフや獣人、竜人族といった様々な種族の学生たちが行き交っている。
誰もが、新しく始まる四年間に胸を躍らせているように見えた。友人と笑い合う者。これから受ける授業について語る者。初めて見る魔道具に目を輝かせる者。
その光景を眺めながら、エルは少しだけ歩く速度を落とした。
――自分も、あの中に入れるのだろうか。
胸の奥に浮かんだ疑問を、すぐに打ち消す。考える必要はない。ただ、普通に過ごせばいい。
それだけだった。
「一年魔法学科の教室は……ここか」
手元の案内板を確認し、エルは扉を開けた。
教室には、すでに何人かの学生が集まっていた。
「どこから来たの?」
「俺は南のほう。君は?」
「私は――」
出身地や得意な魔法について話す声が、あちこちから聞こえてくる。
エルはその輪を横目に見ながら、教室の奥へ進んだ。
一番後ろ。窓際の端。前には数列の机があり、横には窓。背中には壁。人目につきにくい。
ちょうどいい。鞄を机の脇に置き、椅子に腰を下ろす。
窓の外には広い中庭が見えた。入学式を終えたばかりだというのに、訓練場ではすでに上級生たちが剣を振っている。少し離れた場所では、魔法を使っている学生の姿もあった。
火花が弾ける。風が巻き起こる。遠くからでも分かるほど、濃い魔力が空気を震わせていた。
エルはしばらく、それを眺めていた。胸の奥が、少しだけ熱くなる。
――ここなら。自分も、ああして魔法を学べる。
魔王の息子でもなく。魔族でもなく。ただの学生として。
そう思った、そのときだった。ふいに尿意を覚えた。
「……緊張してるのかな」
苦笑しながら、エルは席を立った。教室を出る間際、一度だけ自分の席を振り返る。
誰かに取られることもないだろう。そう思って、そのまま廊下へ出た。
*
それからしばらくして、教室の扉が開いた。
「間に合った……」
一人の少女が、息を整えながら入ってくる。淡い金色の髪を揺らしながら青緑色の瞳で教室を見回し、空いている席を探した。
まだ、いくつか残っている。その中で、少女――リア・セレスの目に留まったのは、一番後ろの窓際だった。
机の横には鞄が置かれている。
「あ、ここ誰かいるんだ」
リアは少しだけ考えた。
けれど、すぐに気にしなくなる。
「まあ、いっか」
窓際は良い席。それだけで十分だった。
リアはその隣の席に腰を下ろし、頬杖をついた。窓から吹き込んだ春の風が、淡い髪を揺らしていく。
しばらくして、廊下から足音が近づいてきた。教室の扉が開く。
「……よし」
戻ってきたエルは、自分の席へ向かい――足を止めた。
「……?」
隣の席に、リアが座っている。
リアは窓の外を眺めていたが、エルの気配に気づくと顔を上げた。
「あ」
視線が重なる。

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