「ここ、君の席?」
「……そうだけど」
「そっか。じゃあ、隣失礼するね」
リアは少しだけ身体をずらした。
エルはその横を通り、自分の席に腰を下ろす。
「……」
「……」
静かな時間が流れた。
エルは前を向いたまま、隣のリアを意識していた。視線を感じる。けれど、こちらから見る気にはなれなかった。
何か訊かれるかもしれない。そう思っていると、リアのほうから口を開いた。
「ねえ」
「何?」
「あなた、入学式のときに学院長と話してた人だよね?」
エルの指先が、机の上でわずかに止まった。
「……見てたの?」
「うん。結構目立ってたから」
リアは悪びれる様子もなく笑った。
「学院長と知り合いなの?」
「……少し」
「へえ」
それだけだった。
エルは、わずかに目を瞬いた。もっと訊かれるものだと思っていた。
どうして学院長と一緒にいたのか。どんな関係なのか。どこから来たのか。
そういう質問をされる覚悟くらいはしていた。けれど、リアはそれ以上踏み込んでこなかった。
「私はリア。リア・セレス」
「……エル」
「エル?」
「エルディアス」
「エルディアスね。よろしく、エル」
「……よろしく」
名前を呼ばれた。たった、それだけだった。
なのに、胸の奥が小さく揺れた。エルは気づかないふりをして、窓の外へ視線を向けた。
リアは机に肘をつき、少しだけ身体を乗り出す。
「エルって、どこの出身?」
「……遠いところ」
「それ、出身地になってないよ」
「そう?」
「そうだよ」
リアが笑った。
エルは困ったように視線を逸らす。
「じゃあ、リアは?」
「私はエルヴァニア王国。まあ、ちょっといい家」
「貴族?」
「どーだろうね」
リアは悪戯っぽく笑って、窓の外へ目を向けた。
「でも、今はただの学生だよ」
その言葉に、エルは少しだけリアを見た。
けれど、何も聞かなかった。リアも、それ以上は話さない。
互いに踏み込まない。それが、妙に心地よかった。
「まあ、同じ魔法学だし、これからよろしくね」
「よろしく……」
「ということで」
リアは、何でもないことのように言った。
「友達第一号ってことで」
「……友達?」
「うん」
エルは瞬きをした。
あまりにも自然に言われたせいで、すぐには意味を飲み込めなかった。
「……僕と?」
「他に誰がいるの?」
リアが首を傾げる。
エルは言葉を失った。
友達。その言葉が、胸の中に落ちてくる。
嬉しい。――そう思うより先に、別の考えが浮かんだ。
もし、正体を知られたら。
もし自分が魔族だと知ったら。
もし父親が誰なのかを知ったら。
このリアも、他の人間と同じ目で自分を見るのだろうか。胸の奥が、ほんの少しだけ冷えた。
「……どうしたの?」
「いや」
エルは小さく首を振った。
「なんでもない」
「そう?」
リアはエルの顔をじっと見つめた。
何かを考えているような目だった。けれど、何も聞かなかった。
代わりに、笑って手を差し出す。
「じゃあ、改めてよろしくね。エル」
エルは、その手を見つめた。
差し出された手。そこに込められた意味くらい、分かる。
それでも、すぐには動けなかった。ほんの少しだけ迷ってから、エルはその手を握った。
「ああ。よろしく」
温かかった。
ただ、それだけだった。けれど――その温もりが、不思議と胸に残った。
魔族だからではない。魔王の息子だからでもない。何か特別な力を持っているからでもない。
ただ、エルディアスという一人の少年として。初めて誰かと交わした、友達の握手だった。
窓の外では、春の風が中庭を駆けていた。エルはその風を眺めながら、ほんの少しだけ笑った。
――ここにいても、いいのかもしれない。
そんな気がした。
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