暗転が明けると、足の裏に、乾いた土の感触があった。
鬼ヶ島の南岸だ。
目の前には、深い穴に架けられた木の橋。その向こうに、黒々とした洞窟の口が開いている。
【現在地:鬼ヶ島入口】
【イベント設定:正常】
「お、今回はちゃんとできてるじゃないか」
橋もある。洞窟もある。イベントも、きちんと設定されている。
さっきの海岸とは大違いだった。
梅太郎の姿は、まだない。亀の背に揺られている最中なのだろう。俺は橋のたもとの岩陰に腰を下ろして、待つことにした。
しばらくして、足音が近づいてきた。
梅太郎が、のんびりと橋の手前までやってくる。
そこへ、茂みの中から三つの影が、次々と飛び出した。
「梅太郎さん、仲間に入れてくださいワン!」
「おいらも!」
「私もご一緒します!」
犬、猿、キジだった。
【犬が仲間になった!】
【猿が仲間になった!】
【キジが仲間になった!】
「お、順調だな」
梅太郎は三匹を連れて、橋を渡り始めた。俺は、一定の距離を保って後に続く。
橋の中ほどで、足元の板が、ぎしりと鳴った。
行く手の洞窟から、青鬼と赤鬼、それに天狗が、一列になって飛び出してくる。
「出たな!」
梅太郎が刀を構えた。
【戦闘開始】
青鬼の金棒が唸り、赤鬼の拳が空を切り、天狗の羽団扇が風を巻く。犬が噛みつき、猿が棍棒を振るい、キジが上から突っつく。
しばらくして、橋の上に静けさが戻った。
【青鬼を倒した!】
【赤鬼を倒した!】
【天狗を倒した!】
【梅太郎のレベルが上がった!】
【犬のレベルが上がった!】
【猿のレベルが上がった!】
【キジのレベルが上がった!】
「よし、みんな強くなったな!」
梅太郎が、嬉しそうに拳を握る。
その直後だった。
【犬が仲間から外れた!】
【猿が仲間から外れた!】
【キジが仲間から外れた!】
「え?」
画面を、二度見した。
戦闘が終わっただけで、仲間が外れるのか。
何か理由があるのかもしれない。俺は、もう少し様子を見ることにした。
橋を渡りきり、洞窟の入口に立った梅太郎の前に、さっきの三匹が、すっと現れた。
犬が、一歩前に出る。
「梅太郎よ。ここまでよく来たな」
猿が、腕を組む。
「だが、ここまでだ」
キジが、翼を大きく広げた。
「お前を倒せとの命令です!」
どこからともなく、低い声が響いた。
「犬猿キジよ、よくやった。梅太郎を成敗しなさい」
「「「御意!」」」
三匹が、一斉に武器を構える。
「ええっ! さっきまで仲間だったじゃん!」
「そういうこともあるワン!」
「どういうことだよ」
梅太郎が、淡々と突っ込んだ。
そのとき、背後で足音がした。
黒い服に、茶色い髪。腰には刀を差している。
シャフトが、そこに立っていた。
いつから、そこにいたのか。橋を渡ってくる姿は、俺には少しも見えなかった。
「おう、頑張れよ!」
「シャフト! お前、どこから来たんだ」
「頑張れよ!」
「いや、それはもういいから」
梅太郎が、少しだけ疲れた顔をした。
「それより、一緒に戦ってくれ」
「おう、任せろ!」
シャフトは刀の柄に手をかけて、梅太郎の隣に並んだ。
【シャフトが仲間になった!】
梅太郎とシャフトの二人と、犬、猿、キジの三匹が向き合う。
つい数歩前まで仲間だった三匹が、今は敵だった。
犬が飛びかかり、猿が棍棒を振り回し、キジが空から襲いかかる。それを、梅太郎とシャフトが、淡々とさばいていった。
やがて三匹は、揃って地面に伏せた。
【犬を倒した!】
【猿を倒した!】
【キジを倒した!】
「ふう」
梅太郎は、刀を鞘に収めた。
「疲れた。もう村に帰りたい」
「頑張れよ!」
「そこは、『頑張れよ』じゃないだろ」
シャフトは、肩をすくめただけだった。
二人は、来た道を引き返した。橋を渡り、南の岸へ戻ってくる。
すると、茂みから、またあの声がした。
「梅太郎さん、仲間に入れてくださいワン!」
犬が尻尾を振りながら、駆け寄ってくる。
「おいらも!」
「私もご一緒します!」
猿とキジが、後に続いた。
「またかよ」
梅太郎が、肩を落とした。
俺は、頭を抱えそうになった。
さっき倒したばかりだろう。
【犬が仲間になろうとしています】
【猿が仲間になろうとしています】
【キジが仲間になろうとしています】
画面の文字が、そこで止まった。
梅太郎も、シャフトも、犬も猿もキジも、全員が同じ姿勢のまま、ぴたりと動かなくなった。風に揺れていた草まで、静止している。
「……フリーズかよ」
編集画面を開く。原因は、すぐに見つかった。
三匹が裏切ったあとも、仲間になるイベントが、有効なままだったのだ。
条件を設定する項目を探すと、「スイッチ」という欄があった。初めて見る機能だ。オンとオフを切り替えて、イベントを動かす条件にする仕組みらしい。
「……ああ、フラグか」
名前が違うだけで、中身は見慣れたものだった。仕事でも、毎日のように扱っている。
これなら、わかるぞ。
「裏切った時点でフラグを立てて、再加入のイベントは、フラグが立っていないときだけ動くようにすればいい」
三匹が裏切ったらスイッチをオンにして、再加入のイベントはスイッチがオフのときだけ動くようにする。
保存して、テストプレイを実行した。
画面が切り替わる。梅太郎とシャフトが、南の岸に立っていた。
三匹は、仲間になろうとしない。
「よし、直ったな」
編集画面に戻って、息が止まった。
【再加入イベント:有効】
「……あれ?」
さっき設定したはずなのに、元に戻っている。
画面の隅に、赤い文字が灯った。
【警告:不明なアクセスを検知しました】
「またか」
誰かが、直したそばから、設定を書き換えている。
俺は、もう一度スイッチを設定し直した。保存したあと、今度は反映されているかを、念入りに確かめた。
【再加入イベント:無効】
間違いない。
テストプレイを走らせると、梅太郎とシャフトは二人きりのまま、南の岸に立っていた。三匹は、現れない。
「今度こそ、直った」
安堵した、そのとき、梅太郎が、動き出した。
「よし、帰るか」
二人は、南の岸から村へ向かって歩き出した。
だが、数歩進んだところで、梅太郎が足を止めた。
「あれ」
見えない壁にぶつかったように、それ以上、前へ進めない。
シャフトも、手を伸ばして、空中を叩いてみる。
「頑張れよ!」
「いや、頑張ってどうにかなる壁じゃないんだけど」
俺は、編集画面を確認した。
【移動先:なし】
「……帰り道くらい、用意しておけよ」
声が漏れた。
設定を足せば、戻れるようにはなる。だが、洞窟の奥へ続く道は、きちんと設定されていた。
今すぐ直さなくても、先へは進める。
「……まあ、今は後回しだ」
俺は、帰り道の設定を、そっと閉じた。
「しょうがないな」
梅太郎が、頭をかいた。
「先に進むか」
「おう、任せろ!」
二人は、渋々といった様子で、洞窟のほうへ歩き出した。
俺は編集画面を閉じ、その後を追った。
それにしても、直したそばから、変更される。
いったい誰が、何のために。
答えは、まだわからない。
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