洞窟の床から立ち上がって、俺は編集画面を開いた。
梅太郎たちは、エンマ大王を倒して、最初の村へ戻されたはずだ。先回りして、様子を確かめておきたい。
移動先に、最初の村を指定する。対象は【自分】。
保存を押すと、タッタッタッ、と軽い効果音が鳴った。視界が、端から順に黒く染まっていく。
次に目を開けたとき、足元には、踏み固められた土の道が広がっていた。
【現在地:はじまりの町】
「……はじまりの町?」
画面の表示を見て、首をかしげた。
ここは、最初の町の名前らしい。
村じゃなかったのか。
……まあ、どうでもいいか。
編集画面を開いたまま、現在の状況を確認した。
北の海岸へ続く道には、枯れ木が一本立っている。これでは、来た道を戻ることはできない。
「なるほど。ちゃんと塞いであるんだな」
前に、帰り道がまるごと抜けていたことを思えば、むしろ親切なくらいだ。
イベント一覧を開くと、村長の項目に変化があった。
【村長イベント:発生条件を満たしています】
「お、次は村長か」
エンマ大王を倒したことで、進行の条件が整ったらしい。
……それにしても。
「なんで、はじまりの町なのに村長なんだ」
町長じゃないのか。
地味に気になる。
そのとき、足音が聞こえた。
梅太郎とシャフトが、町の入口に立っている。エンマ大王の戦闘が終わって、移動してきたのだ。
俺は、近くの家の影に身を寄せた。
二人は、まっすぐ村長の家へ向かっていく。
玄関の戸は、少しだけ開いていた。その隙間から、中をのぞいた。
「おお、戻ったか!」
村長が、二人を迎える。
梅太郎が、胸を張った。
「敵を倒してきたぞ! これから、おじいさんとおばあさんの喧嘩を止めに行く!」
「そうか……」
村長は、どこかしょんぼりしていた。
「どうしたんだ」
梅太郎が尋ねる。
村長は、うつむいたまま答えた。
「大根が……大根がないのじゃ……」
「大根?」
「うむ……」
……。
今、それ関係あるのか。
心の中で、突っ込んでしまった。
せっかく敵を倒して帰ってきたのに、村長は大根のことで落ち込んでいる。この世界の優先順位は、どうなっているのだろう。
とはいえ、イベント自体は、ちゃんと動いている。
話を終えた二人は、南の出入口へ向かった。
町の外へ出ようと、梅太郎が足を踏み出す。
ところが。
「……ん?」
前に進めない。
もう一度、歩こうとする。やはり動かない。
「なんでだよ」
見えない壁に塞がれているようだった。
シャフトも、手を伸ばして、空中を叩いてみる。
「進めないな。壁があるみたいだ」
「だよな。なんだこれ」
……まったくだ。
編集画面を開いた。
南の出入口には、場所移動が設定されていた。【移動先:森】。ところが、発動の条件が、別のスイッチになっている。しかも、そのスイッチをオンにする処理は、どこにも見当たらなかった。
「条件だけ付けて、オンにする側を作ってないのか」
もう、スイッチには慣れた。
村長のイベントを開いて、会話が終わったら、村長スイッチをオンにする処理を足す。
続いて、南の出入口の移動先を開いた。
発動の条件を、村長スイッチがオンのとき、に変える。
保存を押すと、梅太郎の足が、ふっと軽くなった。
「あ、行ける」
「よし、行こう」
二人は、町の外へ出ていった。
俺は編集画面を閉じて、少し離れた木の陰から、後に続いた。
目の前には、木々の生い茂る森が広がっている。
「おお、森だ!」
梅太郎が歩き出し、シャフトもその後を追った。
森に入ると、さっそく敵が現れた。
【敵1が現れた!】
「……ん?」
画面を二度見した。
敵1。
梅太郎が刀を振るう。
【敵1を倒した!】
少し進む。
【敵2が現れた!】
また戦闘。
さらに進む。
【敵1が現れた!】
「名前、つけてないのかよ」
思わず、声が出た。
敵キャラクターには、名前の欄がある。そこが、すべて初期値のままだった。
「おい。敵1って何だよ」
シャフトも、首をかしげている。
「名前、まだなんじゃないか。作りかけだし」
「作りかけにも、ほどがあるだろ」
梅太郎の突っ込みが、森に響いた。
おまけに、倒して数歩歩くと、また敵が出る。エンカウント率が、どう見ても高すぎる。
「レベル上げさせたかったのか、これ」
二人は、淡々と敵を倒していく。確かに、レベルは上がっていた。強くなるという意味では、悪くない。
「……まあ、上がるならいいか」
細かいことは、気にしないことにした。
やがて、森の奥で道が二つに分かれた。
北へ向かう道と、南へ向かう道。
編集画面で確認すると、北は隣の城下町、南は関所につながっていた。
梅太郎は、少し考えてから、南の道を選んだ。
「先を急ごう」
シャフトも、うなずく。
二人は、南へ進んでいった。
しばらくして、関所にたどり着いた。
入口には、兵士が一人、槍を持って立っている。
「止まれ!」
兵士が、二人を制した。
「ここから先へ進むには、アーイラル城の王の許可が必要だ!」
「許可? 持ってないぞ」
梅太郎が、困ったようにシャフトを見る。
そのとき、兵士が、一マスだけ横にずれた。
道が、ぽっかりと開く。
「……あれ?」
梅太郎が、首をかしげた。
「なんか、空いたぞ」
「許可が必要だって言ったのにな」
二人は、顔を見合わせている。
俺は、慌てて編集画面を開いた。
「……なんで?」
許可が必要だと言ったのに、道が開いた。
兵士のイベントを確認する。設定そのものは、存在していた。ただし、話しかけられたときの処理が、おかしい。
【話しかけられたら:兵士が一マス移動】
「……一マス?」
話しかけたら、兵士が横にずれる。だから、道が開く。
なるほど。
いや、なるほどじゃない。
「これ、王の手紙をもらったときの動きだろ」
王の手紙を受け取るイベントを開く。
【王の手紙を受け取った】
【兵士:移動なし】
「逆だ!」
思わず、声が出た。
王の許可がないときに兵士が動いて、許可をもらったときには動かない。
動くかどうかの設定が、きれいに入れ替わっていた。
その間にも、梅太郎は、もう一度、兵士に話しかけていた。
「王の許可が必要だ!」
兵士が、さらに一マス、横にずれる。
「おお、また動いた」
「もう一回、話しかけてみるか」
「王の許可が必要だ!」
また、一マス。
兵士の体が、森の木に、ずぶりと沈み込んだ。
「……おいおい」
笑ってしまった。
バグを見つけたら、何度も試したくなる。仕事でも、そういうことはある。でも、実際にキャラクターが木にめり込んでいくのを見ると、やっぱりおもしろい。
梅太郎もシャフトも、すっかり面白がっていた。
「おい、もう半分埋まってるぞ」
「まだ動くかな」
「やめてやれよ」
自分で言っておいて、梅太郎が、自分で止めている。
俺は、笑いをこらえながら、イベントの設定を直した。
話しかけただけでは、兵士は動かない。王の手紙を持っているときだけ、道を開ける。
木にめり込んだ兵士の座標も、元の位置に戻しておいた。
兵士が、すっと関所の前へ戻る。
「よし。今度こそ、正常だ」
保存を終えると、梅太郎が、もう一度、兵士に話しかけた。
「王の許可が必要だ!」
兵士は、今度は微動だにしない。
「……動かなくなったな」
「ここは、通れないってことか」
梅太郎が、頭をかいた。
「さっきの分かれ道、北にも行けたよな。そっちを回ってみるか」
「そうだな。隣の城下町なら、城に近いかもしれない」
シャフトが、すぐに答える。
二人は、来た道を引き返していった。
北の道は、隣の城下町へつながっている。そこから、城へ行けるのかもしれない。
「……北に行けそうだな」
俺は、小さく息を吐いて、二人の後を追った。
アーイラル城下町は、もうすぐだった。
この作品が気に入ったら

コメント
まだコメントはありません。
会員登録(無料)かログインをすると、コメントを書けます。