アタシは昨日、『おじさんはいると思う? 宇宙人』と聞いた。
その答えは『いると思います』だったけど、おかしいのはその後だ。
『数多ある星の中で~』――これは理屈であって、実体験の話じゃない。
だから母親の言う『兄さんは昔、宇宙人に攫われている』は辻褄が合わない。
合わない……けど。
でもおじさんなら――有り得るかも。
穏やかで優しくて、頭が良くて――そして、謎めいている。
そこがおじさんの魅力なんだけども。
「なにか……悩み事のようで」
コト、と湯呑みを倉科が差し出す。
……うん、悩んでてもしょうがないや。
アタシは、直接聞いてみることにした。
倉科は少し悩んだ様子を見せた。
「私が『宇宙人』に……咲がそんなことを?」
咲――とは一花の母親、倉科の妹である。
どうもピンと来ていない様子に『やっぱり嘘だったか』と少し一花は落胆する。
「先生と宇宙人――あんまり似つかわしくない組み合わせだな」
少し呆れた様子の久世が言う。
まぁアタシも半信半疑だったしなぁ。
もし本当なら――面白い話が聞けたかもしれないのに。
少し残念がっていた所に、倉科がはっとした様子で口を開いた。
「――あぁなるほど、咲の言っていることが分かりました。 ……ふふ、『宇宙人』、ですか――」
珍しく笑い声を漏らしながら答える。
「なんか……思い当たることがあるの?」
「えぇ……『火のないところに煙は立たない』といいますが――まさかそんな風に思われているとは」
参りましたね、と呟いて倉科は頭を掻く仕草を見せた。
「しかし……そりゃぜひお聞きしたいですね」
「うんうん、聞かせて! 『宇宙人』の話」
はは、と少し笑って倉科は答える。
「『宇宙人』ではないですが――」
倉科は遠くを見据えて、思い出すように話し始めた。
「一花さんの母親――咲は小さい頃、かなり霊感が強い少女でした」
「え、お母さんが?」
宇宙人の話、かと思いきや突然母親が出てきた事に一花は驚く。
しかも思い当たることがない話だった。
「……そうなのか嬢ちゃん?」
「い……いや、初めて聞いたけど――」
そんな素振りは1度も見たことがない。
そもそも『怪奇・オカルト』と言った類の話は、どちらかと言うと苦手な人だ。
倉科は懐かしむ様に微笑む。
「……『宇宙人』と、どんな関係が?」
「ことの発端は、私がそんな咲を助けてあげようとした話になります」
夏、雪国でありながら珍しくうだるような暑さの日。
当時高校生の倉科は、町のはずれにある森の中の斜面にあった石造りの階段を登っていた。
先が見えないことに嫌気がさしながらも、必死で歩く。
妹の咲のためだった。
咲は何もないところを見て怯えたり、突然泣きながら耳を塞いでしゃがみ込んだり周りには理解されない行動が多かった。
両親は『癇癪持ち』と思っていた。
兄である倉科もまた、中学生の頃まではそう思っていた。
きっかけは、咲の同級生の言葉。
「咲ちゃんと一緒に居ると怖い。 ――誰もいないのに、『人が居る』って」
少しだけ『そう言う事』に興味を持ち始めた倉科は、なるほど――咲は、私たちには見えないもの、聞こえないものを見聞きしているのではないか、と考えた。
「ふぅ……長いなぁ」
額の汗をハンカチで拭う。
運動があまり得意でなかった倉科にとって、その階段は無慈悲なものに思える程だった。
一度下を見る。
かなりの高さだ。
階段は急斜面だったので、まるで崖のように見えた。
あまり、下は見ない方がいいな――そう思い前を向いて再び歩き始める。
ようやく目的の場所が見え始めた頃に、変な音が聞こえた。
ぶおおぉぉぉぉ。
聞いた事は無かったが、まるで法螺貝でも吹いているような音。
なんだろう、と思いながら頂上まで辿り着くとその答えがわかる。
「……本当に法螺貝ですか」
まるで山伏のような格好。
異様に伸びた顎髭。
ボサボサの髪の毛。
右手には法螺貝を持っていた。
「オメーが倉科か」
「はい。 ……この神社の神主さんですよね?」
「見てわかんねーか?」
「……すいません、分かりませんでした」
山吹は自分の姿を見直して、笑う。
「わはは、そうかもなぁ!」
法螺貝を神社の境内に置いて握手を求めてきた。
「俺はこの神社の神主――宇津井だ」
「倉科です。 ……よろしくお願いします」
握手を返し、倉科は頭を下げる。
この時はまだ、半信半疑であった。
蛇の道は蛇、と言うべきか。
当時怪奇現象やオカルト的なものに興味を持ち始めただけの倉科は、それに対抗しうる知識などは持ち合わせていなかった。
妹――咲が見ている世界がどんなものなのか。
どうすれば咲を助けてやれるのか。
それを知る為に倉科はこの神社を訪れたのだ。
『力はある……が、かなりの変人だ』――そんな評判が宇津井にはあった。
神主のくせに山伏の格好をしている時点で、倉科はそれなりの覚悟をする。
力が、知識があればとりあえずはいいか、と。
「妹はいくつだ?」
「9歳です」
「……オメーは?」
「16です」
神社の横にある宇津井の自宅は、見た目と反して意外と整頓されていた。
倉科は差し出された湯呑みを口に運ぶ。
「妹はよく何もないところを見て怯える――って事だが」
「はい。 同級生からチラと聞いたのですが、誰もいないのに『人が居る』と言ったそうです」
「そうか」
宇津井は煙草に火をつけた。
テーブルの下から灰皿を取り出す。
倉科は少し咳込んだ。
「……苦手か、煙草」
「……すいません。 周りに吸う人がおりませんので」
「まぁ我慢しろ。 小僧の為に気を使おうとは思わん」
不遜な態度ではあったが、倉科はあまり出会うことの無いタイプだったので、宇津井という人物が少し面白くもあった。
「お構いなく。 私はお願いに参った立場ですので」
「……可愛げのないガキだなオメー。 本当に高校生か?」
「『老けている』とよく言われます」
気にして無さそうに倉科は答えた。
「それで……妹はどうしたら良いでしょうか」
ふぅ、と煙を吐き出し宇津井は答える。
「……その状況なら、特に何もしなくても問題はない」
「え……?」
意外な答えだった。
例えば『霊感商法』的にお祓いをしたり、数珠の様なものが差し出される事を倉科は予想していた。
「それはどういう事なのでしょうか?」
「妹は怖がりなんだろ」
「え……えぇ」
「なら自分から危険なヤツがいる所には行かないだろ。 今見ているのはおそらくイタズラしているだけの雑魚なお化けさ」
「……なぜそうとわかるのですか?」
妹を助けたい、その思いは当然あったが――自身の知的探究心に触れていないかと言われると、多少はあったと言える。
怪奇やオカルトにおける原理や仕組みを知りたい、と倉科は思っていた。
宇津井は、少し面倒そうに答える。
「……はぐらかして答えたら、いつまでも付きまといそうなツラしやがって」
「分からないままは嫌な性分ですので」
「……ま、身近に理解している奴がいるなら妹の助けにもならあな」
諦めたように宇津井は語り始める。
「町の中や人の多い所に居る霊は力が弱い。 何故かわかるか?」
「……何故でしょうか?」
見当もつかなかった。
「逆に考えてみろ。 もしそれが力の強い、悪意のある霊ならば」
「……多数の方に影響が出るでしょうね」
「結果、そこには人がいなくなる。 簡単な仕組みだな」
なるほど、と納得はしつつもオカルト的な回答ではなく実に合理的な答えに、少し肩透かしを食った気にさえなった。
「強い霊が街に来る、という事は?」
「絶対ないとは言わねぇ。 が、あんまりない」
「と、言いますと?」
「強い力を持つものは移動するのにもそれだけエネルギーを使うのさ。 そうだな……要するに『デブ』だ」
「デ……デブ、ですか」
あまりにも俗っぽい言い方に、本当に霊や怪奇の話をしているのかと疑わしくなる。
だが、非常にわかりやすいのも事実であった。
「つまり妹は自分から赴かない限りは危険はない、と」
「危険なところに行けば誰でも危ないもんだろ。 ……ま、妹の場合はさらに危険でもあるが」
「……? それは――」
あぁ、余計なこと言ったなと宇津井は顔をしかめた。
「……霊が見えるという事は、それだけ霊から受ける影響力もでかい。 まぁその分危険を察知する能力もあるだろうから多分大丈夫だけどな」
そういえば。
昔家族でキャンプに行ったときに、森の奥にある川に行こうとした時に異様なほど怯えたことがあった。
あの時、妹は私たちには感じられなかった『強い何か』を感じていたのだろう。
「……何とか、してあげられませんか?」
話は分かった。
今のままでも、危険はそれほど大きくないということも。
しかし――
「今のままでは、あまりにもかわいそうなので――」
「……お優しいお兄ちゃんな事で」
宇津井は呆れた様子だった。
もう一本煙草に火を点け、天井に向かって煙を吐く。
「……できなくも、ない」
「本当ですか!?」
少し興奮気味に立ち上がりながら倉科は言った。
落ち着け、と宇津井は言いながら煙を吐く。
「妹の霊感を消す事はできる」
「是非!」
「……正確には、『譲渡』だ」
「じょう……と?」
「他人に移す、という事になる。 世界の摂理というか……あるものを突然消したり、無いものを突然作り上げることはできねぇ」
宇津井の話は根本がオカルトでありながらも、あくまで合理的だった。
こういう思考は、倉科は嫌いじゃなかった。
「根本的な解決とは言えない。 妹を脅かすものが消えるわけじゃないからな。 だが見えなくなるなら、怯えることもなくなるだろう」
「……譲渡先は、私でよいのですか?」
「オメーしかいねぇじゃねーか。 ……嬉しそうな顔しやがって」
はっと倉科は口元に手をやる。
まさか――ワクワクしているのだろうか。
妹の見る世界を、私が引き継ぐことに。
いや――しているかもな。
「お願いします」
「わかった。 なら今度妹をここに連れてこい」
「はい。 ……え?」
「わざわざ町には下りないぞ。 年寄りにあの階段はきついんだ」
あの階段を、妹を連れて――倉科は軽くめまいがした。
「妹から霊感を引きはがすのはすぐ終わりましたが、私に譲渡するのには三日ほどかかりまして。 その三日間、私は神社に泊まり込んでいたのです。 それが恐らく『攫われた』と言う事なのでしょう」
思いもよらない『妹想いのおじさん(先生)の話』に、久世も一花も思わず聞き入ってしまっていた。
しかし、久世が「あれ?」と疑問を投げかける。
「……『宇宙人』、というのは?」
あぁ、すいません言い忘れました、と倉科は答える。
「宇津井さん――名前は『仁』と言いまして」
「『宇津井 仁』――宇宙人?」
「近所の小学生が言っていたそうですよ。 『あの神社には宇宙人がいる』と」
事実は小説よりも――くだらない話だった。
なーんだ、そんな風に一花は思ったが良い話が聞けたと満足げな表情であった。
数日後の夜。
骨董品店の扉につけられた鈴が鳴った。
こんな時間に珍しい――そんな風に「いらっしゃいませ」と言いかけた倉科は、一瞬止まる。
「……久しぶりね」
「……咲」
一花の母親、咲であった。
顔を見るのは、本当に久しぶりだと倉科は思う。
「仕事帰りか?」
「……ええ」
少しだけ気まずく思うが、だけど少し嬉しくもあった。
「お茶でいいかな?」
「コーヒーはある?」
「あぁ、あるよ」
この店が『怪奇調査骨董品店』と呼ばれるようになると、そういうものが苦手な咲はここを遠ざけるようになった。
それは致し方ないだろう。
代わりに、姪の一花が来てくれる。
「……一花から聞いたわ。 私、知らなかった」
「……話が嘘だとは思わないのか?」
「兄さんは嘘なんかつかないでしょ。 特に私には」
信頼はされているようだ。
咲は、少しだけ照れ臭そうに言う。
「……ありがと。 知らずに助けてくれて」
「……昔の話さ」
コーヒーを差し出しながら倉科は言った。
「感謝してる。 あの頃は……訳も分からず、毎日が怖かったから」
気弱な少女だった。
だが今では、一花という娘を育てる立派な母親となった。
それが、嬉しくもあり、さみしくもあり。
「兄として、妹を守っただけだよ」
「……兄さんらしいわ」
咲は席を立つ。
扉に手をかけ、一言言った。
「また、来るね」
「……何よアンタ」
店を出ると一花――娘がいた。
ニヤニヤと笑っている。
「お店に入ってくればいいじゃない」
「兄妹水入らずを邪魔するほど野暮じゃないよー」
「生意気言ってんじゃないわよ」
全く、と呟いて自宅の方角を向いた。
一花は私の袖を引きながら言った。
「おかーさん、おじさんと仲直りできた?」
「……喧嘩なんてしてないわよ」
カツカツとヒールを鳴らしながら歩く。
一花は慌てて後ろをついてきた。
「だってさ、しばらく会ってなかったんでしょ?」
どうやらこの店に来たことがうれしいらしい。
分かりやすい娘だ。
そんな娘に一つ教えてやることにしよう。
「それが――大人になるという事よ」
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