一花が骨董品店に入ると、既に久世が倉科と談笑していた。
内容は、珍しく他愛のない話である。
「ただいま~」と少し元気なさげに一花は椅子に腰掛け、2人は心配そうに声を掛ける。
「どうかしましたか?」
倉科の問いに「ちょっと困り事なんだけど」と前置きをして話し始めた。
「ウチの大学にオカルト研究会――通称オカ研があってね」
「その口振りだと嬢ちゃんは入ってないのか?」
「ちょっと……方向性が違ってさ」
「方向性?」
久世は首を捻る。
「オバケとか都市伝説とかなら興味あるんだけどねぇ。 ココはUFOとか宇宙人とかUMAとか」
「あぁ、なるほど。 そりゃ確かに」
「それでね、そのオカ研にいる友人からさ、『UFOミサに来ないか』って誘われちゃって」
「……なんだそれは」
今度は倉科が首を捻る。
「『ミサ』とは本来カトリック教会における集まりの――」
「やだなぁおじさん。あの人達そんなに深く考えてないってば」
「結局、そりゃ何をするんだ?」
久世の問いに少しため息をついて一花は答えた。
「UFOを呼ぶんだって」
ふっ、と久世は少し笑う。
幼い頃にそんなのが流行った記憶はあるが、今どきそんなことをしている大学生がいるとは……。
「気乗りしないなら行かなきゃいいじゃないか」
「うーん……その友達もあんまり気乗りしないみたいなんだけどさ。 オカ研の人達、今回は強制らしくて」
「いつもは違うのか?」
「そうみたい。 だけど会長さんが『今回は絶対来て』って言うらしくって、外部の人間の参加もOKで心細いから来てってさ。 なんか最近、退会する人も出てるらしくて。 会長さん、必死なんだって」
「なるほどなぁ。 要は嬢ちゃんのオカルト知識が欲しい訳じゃなくて、単純にそばにいてくれってことか」
「アタシ怪異現象が好きなだけで別に知識なんてないけどね。……そしてまた、この会長さんがちょっと曲者らしくてさぁ」
「ほう。 どんな風にだ?」
「うーんと、分かりやすく言うと……厨二病っぽいというか」
言ったあと倉科の顔を見て、しまったと一花は思う。
おじさんには『厨二病』という単語が理解できないのでは、と思ったからだ。
「……おや、分かりますよ。 厨二病とは――童心を忘れていない人の事ですよね」
間違ってはいない……けど、なんか違う気がする。
だが、2人はそれ以上突っ込まなかった。
「……まぁいいさ。 んで、嬢ちゃんの引っかかってるのは何だ?」
「えとね、まずはその友達の話からなんだけど……ちょっといまオカ研ってギスギスしてるみたいで」
うわ、と久世は露骨に嫌そうな顔を見せた。
「なんかそんな感じの所に強制参加させられてる集まりなんて……嫌じゃない?」
「……確かに嫌だなぁ」
「あとね、……そもそも宇宙人って信じてなくて」
「へぇ、嬢ちゃんはそっち派か」
意外だな、と久世は思う。
怪異や都市伝説は信じているのになぁ。
「久世さんは信じてるの?」
言われて少し考える。
「真面目に考えた事は無いが……まぁでも確かにウチらがよく経験する怪異と違って身近にあるものじゃないんだよなぁ」
「そうなんだよね。 だから『宇宙人はいる』って言われてもピンと来なくて」
一花は静かに聞いている倉科に目を向けた。
「おじさんはいると思う? 宇宙人」
「いると思いますよ」
「わ、そうなんだ」
倉科の答えは即答だった。
「テレビなどのメディアで言われるものが本物かどうかは判断しようがありませんが……例えばこう考えてみてはどうでしょう」
倉科は湯のみからお茶を少し飲んで続けた。
「『数多ある星の中で、我々が住む地球と同じ環境の星があってもおかしくは無い』と」
「……なるほど。 確かに納得だ」
「さすがおじさんだね」
「なんで嬢ちゃんが誇らしげなんだよ」
「いいじゃない、別に」
へへへ、といいながら一花は舌を出した。
まったく、といいながら久世が言った。
「それで、どうするんだ?」
【2日後・夜】
廃校となった小学校のグラウンド。
会長が市の管理担当者から、夜間のグラウンド使用許可を取っていたらしい。
怪しげな六芒星が描かれており、危うく一花が踏みそうになったところに『入らないで!』と怒られたので、一花は少し距離を取っていた。
一花の両隣には、倉科と久世がいる。
「ごめんね2人とも急に来てもらっちゃって」
「まぁ急ぎの仕事も今はないしな」
「これも1つの経験ですよ」
一花は友達の為に、とUFOミサに向かおうとしたところその友達から「バイト先で急に欠員が出ちゃって。会長には連絡したから、もう来なくていいよ!」と言われてしまった。
そしてそれは骨董品店での話であった為に、その話を聞いた2人が「行ってみようか」となってしまったのだ。
どうせUFOは来ないと思うが、一体どんな方法なのか興味があった。
だが、実際に来てみて久世は乾いた笑いを漏らした。
「六芒星……はサバトとか――悪魔召喚とかじゃないかなぁ」
ボソリと呟く。
まぁ大学生のオカ研のレベルなんてそんなもんか、と少し呆れていた。
六芒星として描かれている2つの三角形の頂点――6箇所にそれぞれロウソクが立てられていた。
火気の使用許可――取っているだろうか、と久世はそんなところにもツッコミを入れたくなる。
あまり風は無く、炎はゆらゆらと揺らめいていた。
そしてその中心には、例の会長と思われる人物が立っていた。
「あれが会長さん?」
久世が一花に耳打ちする。
一花はコクリと頷いた。
厨二病――と聞いて勝手に男性かと久世は思っていたが、黒髪のウェーブがかったロングヘアの女性であった。
「皆様、本日は私たちオカルト研究会のUFOミサにお集まり頂きありがとうございます」
意外にも凛とした口調で会長は話す。
「それでは早速ですが始めさせていただきます……申し訳ありませんが、ライトは消していただけると――」
「あぁ、すいません」
倉科が念のためにと持ってきていたライトが付けっぱなしであったので、指摘を受け消す。
光源は、6本のロウソクのみとなった。
「皆様、魔法陣を囲み、手をお繋ぎください」
一花達含め、人数は11名。
その内の1人――会長は中心にいるので10人で六芒星を囲み、手を繋いだ。
六芒星から少し距離を取って、十人が輪になる。
一花は、久世と倉科に挟まれるように手を繋いだ。
直径約2メートルの大きさだったので、冒頭の一花のような六芒星の線を踏む心配がないくらいには余裕を持って円を作る事が出来た。
「こんな大きさじゃ、宇宙人も宇宙から見えんだろうに」
誰にも聞こえぬように、久世が呟く。
期待はずれだったかなぁ……と久世が倉科の方を見ると、いつもと変わらぬ笑みで中心の会長を見据えていた。
呆れている様子は、無かった。
「それでは、この『陰惨たる大地』に『天より現れる上皇様』をお呼びしましょう!」
待て待て待て。
思わず久世はツッコミたくなる。
なんだ『陰惨たる大地』って。
……まさか、地球の事か?
そして――『天より現れる……』なんだって?
思わず吹き出しそうにもなり、一花を見ると声には出さなかったが、『ね、厨二病でしょ?』と目が言っていた。
これには同意しかない、と久世は頷く。
会長は両手を空に向けて、言葉を発した。
「ネフ・アザト・イシュタル・ゼノ。
第四天球接続開始。
空白領域、感応確認――来い」
UFOを呼ぶことが目的のため、皆は空を見ていた。
が、この呪文を聞いて久世はこの場にいることが恥ずかしいとすら思うようになり、一旦下を向く。
「――えっ?」
そこで異変に気付く。
6本のロウソクの炎の色が、おかしい。
赤、赤紫、青緑、橙色に近い赤、黄緑、淡い青。
「天空より、パワーが集まっている証拠です」
久世同様、その場にいた何名かは驚いた様子を見せた。
隣の一花を見ると……少し呆れた表情である。
倉科は涼しい顔のままだった。
こりゃなんかあるな……と久世は思ったが、とりあえずは黙っておくことにした。
こんな場で、目立つのは嫌だと。
「空を渡る銀の舟よ。
星の狭間に眠る者よ。
我らが呼び声に応え、夜の帳を裂いて現れよ――」
会長が再び謎の呼びかけをし始める。
と――
「……会長?」
空に手を掲げた会長――そこまでは良かったが、何やらプルプルと震え始めてオカ研のメンバーの一人が声をかけた。
その震えは、次第に痙攣に近いものへと変わっていった。
「お、おい――」
「ああああぁぁぁぁあ!」
つんざくような叫び声。
一瞬久世も、一花も、倉科でさえも怯んだが、その場でばたりと倒れた会長にすぐ正気に戻った。
「大丈夫か!?」
「久世さん、彼女をこちらに向けてください」
久世はすぐに抱え上げ、倉科がライトを点けて言った。
言うとおりにすると、倉科は気絶した会長の瞼を開きライトを当てる。
医療の世界では確かにこの眼球運動でいろいろとわかるらしいが……いや、先生ならわかりそうだな、と倉科の博識さを久世は思い出す。
「……大丈夫だとは思いますが」
「気絶しているだけですか?」
「……えぇ。ですが念のため救急車を――」
「――それには及びません。 ……すいません、お騒がせして」
気が付いたらしい会長が言う。
ロウソクの火はいつの間にか消えていたようで、それぞれ持っていたライトが点けられていた。
会長は久世に会釈をして、皆にも頭を下げる。
「……この度はおかしなことになって申し訳ないです。 本日はこれにてお開きにしましょう」
帰り道。
周囲に人がいなくなったというタイミングで久世が口を開く。
「……なぁ嬢ちゃん、あのロウソクはなんだ?」
「え?」
「色が変わってたろ。 でも嬢ちゃんは驚いていなかった。 なんかわかってたんじゃないか?」
それを聞いて一花はくすくすと笑う。
「え、久世さんわからなかったんですか?」
馬鹿にしたように一花は言った。
「……かなーり癪だが……わからん」
「久世さん化学(ばけがく)苦手でしょ」
「うぐっ!?」
図星をつかれて久世は苦い表情になる。
「しょうがないなぁ。 美少女いちかセンセーが教えてあ・げ・る」
うざいなぁ、と思ったが久世は黙って聞いた。
「あれは炎色反応です!」
「えんしょく……反応……?」
聞いたことあるような、ないような……・。
「花火によく使われるものなんだけどさ、炎に特定の物質を加えると色が変わるの」
「花火……なるほどな。 あんなに色々変わるもんか。 ……だが誰もロウソクに触れてなかったぞ」
「恐らく最初から仕込んであったのでしょう。 ロウソクの真ん中あたりに塗り込んであった、とか」
倉科が補足する。
あぁなるほど、と久世は呟いた。
「……でも最後の会長はどうしたんだろうね。 ちょっとよくわからない。 ……大丈夫かな」
一花は不安そうに言った。
気絶なんて、そうそう経験することではない。穏やかな話でもなかった。
確かに、と久世が思っていると倉科がさらっと言った。
「大丈夫ですよ。 あれは気絶ではなさそうですし」
「え……? どゆこと?」
「眼球反応を見ましたが、あれはただの『演技』、かなと。 少なくとも、意識を失っているようには見えませんでした。」
一花も、久世も目を丸くした。
「私が救急車を呼ぼうとした途端、目を覚まされましたからね。偶然かもしれませんが」
「それじゃあ……いや、何のために――」
「一花さん。 オカルト研究会は少しギスギスしているのでしたよね」
「う……うん」
「では研究会に注目していただこうと思った会長さんの『自作自演』なのではないかと。 あの炎の仕掛けも含めて、会長さんなりに何かを演出しようとしたのかもしれません」
倉科の推察に、腑に落ちてしまう二人。
『厨二病』という前情報も相まって、やり口が幼稚に思える所も何ともはまっているように思えた。
「……なんか、変なことに付き合わせてごめんねぇ」
流石に責任を感じて一花は謝罪する。
ははは、と久世は笑い、倉科は静かに微笑んだ。
ピピピ、と突如音がする。
一花のスマホだった。
一花が取り出すと、『おかあさん』との表記。
げ、と思いながら一花は応答する方へスワイプ。
『アンタ、遅くなるなら言いなさいよ』
「ごめんごめん、忘れてた」
『……どこにいるの?』
「今帰り道だよ。 今おじさんといる」
『こんな時間まで何してたのよ』
「UFO呼んでた」
うん、嘘は言ってない。
そう思いながら一花は答えた。
だが、母親の反応は意外なものだった。
『……ふふ。 兄さんが『宇宙人』とかかわるなんて笑えるわ』
「え……? どゆこと?」
倉科は久世と談笑をしている。
こちらの会話を気にしている様子はなさそうだった。
電話の向こうで、母親が少し黙った。
『……あら? 言ってなかったかしら』
「なになに教えて」
一呼吸おいて、母親は言った。
『兄さんは、昔『宇宙人』に攫われているのよ』
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