翌朝、皆が一斉に動き出す。
昨晩の雨で濡れた草木が朝日に照らされ、キラキラと反射していた。
だが、土のぬかるみはすでになくなっていた。
紅梅が忙しそうに、皆が道中食べる握り飯を拵えていた。
そして、竹の皮に包まれた握り飯を火緒と火弦に手渡す。
その熱はまだ取れておらず、ほんのり温かかった。
火緒と火弦は自分の荷をまとめ、背負い籠へ入れた。
「道中気をつけてな。しっかりやってこい」
紅梅は少し寂しそうに、だが、息子を送り出すように力強く言った。
朔が旅の無事を祈り、二人に向けて火打石を打つ。
「ほな、行ってくるわっ! 行くで、火弦!」
「ほいほい」
火緒の声が低く響く。
火弦は軽くあしらいながら、戸口を開けた。
日の光が眩しい。
二人が出ようとすると、紅梅が引き留めた。
「ちょっと待て! お前ら、忘れもんじゃ」
紅梅が火緒に向かって何かを投げた。
「おわっ」
取りこぼしそうになるところを、火緒はすかさず捕獲する。
それは、銭の束だった。
紅梅の珍しい気配りに、二人は目を丸くして驚く。
「あの……守銭奴のばあちゃんがっ!」
「あの……三度の飯より金好きなばあちゃんがっ」
「なんじゃ? その顔は! 行きに一日。赤坂で一日。帰りに一日かかるんじゃ。薬も、お前らじゃどれだけ売れるか分からんからの」
皮肉を垂れながらも、紅梅の温かさが身に染みる。
「とにかく、無事に行ってこい。外の世界を見るのも、また勉強じゃ」
『行ってくる!』
二人は庵を後にした。
森に吹き抜ける風を感じながら、二人は颯爽と赤坂へ向かった。
火弦は、庵で手渡された地図を見ながら歩く。
「赤坂領へは庵から北へ上って、『団子屋』を過ぎて、街道行って、この赤坂峠っちゅー所を越さなあかんらしい」
「うへ~。めっちゃ遠いやん! 団子屋か、その周辺の村ぐらいやったら漁りで来たことあるけど、そっから先は知らへんもんなぁ!」
まだ旅は始まったばかりだというのに、既に火緒は根をあげた様子だ。
二人はまず、団子屋を目指す。
「ここまでやったら近いし、いつもの道や!」
火緒が団子屋へ駆け寄り、火弦も後を追った。
「葵さーん! おはようさん!」
「おはようさん」
二人は、相変わらず忙しそうに団子を回す葵を見つけ、声をかけた。
「お、二人ともおはよう。そんな大荷物持って、どこかへ遠出かい?」
手早く団子をくるくると回し、焼き色をつけながら二人に尋ねる。
「うん! 今から二人で赤坂まで行くねん!」
火緒はキラキラした目で葵に言う。
「へー、また遠いところまで。なんなら、これ旅の途中で食べな」
そう言うと、二人に団子を二本ずつ包んでくれた。
「うわぁー! おおきに! ほな、いってきます!」
「おおきに」
火緒と火弦は葵にペコリと挨拶をすると、赤坂へ向けて再び歩き出す。
二人を見送った葵は、ぽつりと不穏な言葉を口にした。
「赤坂か。なんもなきゃいいけどな……」
団子屋を抜けると、二人は懐から手ぬぐいを出し、口元を覆って顔を隠す。
道中、大きな荷を背負った旅人たちと何度もすれ違った。
すれ違う人は皆、笠を深く被り、顔を布で覆った双子の姿を不気味に思うのか、すれ違いざまに何度も振り返った。
双子は気にする素振りもなく、素知らぬ顔で前を見据えて歩いてゆく。
しばらく歩いていくと、赤坂城下へ抜ける分かれ道に出た。
「こっちの道進んだら、赤坂や。気ぃ抜いたらあかんな」
火弦の言葉に火緒は静かに頷く。
「どないしたん? さっきから黙りこくって。なんか考え事か?」
「ずっとな、考えとってん。刹兄と梓……やっぱ出来とるんちゃうか?」
火緒が真剣な眼差しで火弦を見る。
その言葉に、火弦は呆れた。
「なんや。そないなこと考えとったんか。確かに朝のアレはやばかったな。過去一や。やけど、梓の寝相の悪さ知っとるやろ?」
「まぁな。刹兄も毎日大変やで」
「いやいや。あれでいて、刹兄もまんざらやないと思うで? それにな? あれはな、……猫や」
「猫?」
「せや。猫がな、飼い主の胸の上に乗ってきて、丸なるやつあるやろ? あれや。飼いならされた猫ほどやるやつや」
「あー、あれか」
火緒は妙に納得した。
「刹兄は、最初に庵に来た言うてたし、その後すぐ梓が来た言うてたやん? せやからな、刹兄が梓を上手いこと飼い慣らしてん。梓も、なんやかんや言うて、刹兄の言う事よう聞きよるしな。刹兄も梓可愛いてしゃーないねん。寝とる間も離れたないんやで」
「おー! なるほどな。やから、梓のやつ、刹兄以外には壁作っとるんか!」
得意げになって話す火弦に、火緒はいたく感心したように声を上げる。
「刹兄、ちゃんと起きたんかな? 珍しく寝坊しとったやん?」
「まぁ、起きたんとちゃう? あの人、意外としっかりしとるしな」
「はははっ! 今頃クシャミしてたりしてな!」
話しながら歩いているうちに、あっという間に赤坂峠まで来ていた。
気がつけば、日はすっかり真上に来ていた。
二人は道から少し外れた場所に行き、紅梅が握ってくれた握り飯を食べた。
「赤坂まではまだまだ遠いなぁ。途中で宿とらな」
握り飯を食べながら、火弦は火緒に話した。
「ほやなぁ?(そやな?)」
火緒は、握り飯を口いっぱいに頬張りながら応えた。
握り飯を一足先に食べ終えた火緒は、指についた米粒をペロリと舐め、立ち上がった。
「どっかに宿場町あるやろ」
荷物から地図を取り出し、広げながら火緒は宿場町を指す。
「お、あるやんっ! 宿場町! それに宿やったら赤坂の事、何か聞けるやろ」
「よし! ほんなら、行こか!」
二人は荷物を背負うと街道へ戻り、歩き出した。
夕方に差し掛かる頃、遠くの方で雷鳴が聞こえた。
朝に庵を出たときは気持ちがいいほどの晴天だったが、次第に雲行きが怪しくなる。
風が吹き始め、雨の匂いが濃ゆくなり、今にも降り出しそうだ。
二人は足を早め、宿場町を目指した。
だが、遠くに町が見えだした頃、ぽつりぽつりと地面に模様が現れだす。
「火緒、走れっ」
「うわっ! びちゃびちゃや!」
黒雲は次第に空を闇へと導き始め、強く激しく打ち付ける雨は、前が見えぬほどに白い幕を作り出す。
二人は滝に打たれたようにびしょ濡れになりながらも、なんとか町にたどり着いた。
「最近、よう雨降るなぁ」
「秋が近いからやろ? そのうち雨の日も減るわ」
駆け込んだ軒先で、暗い空を見上げながら火緒がぼやき、相も変わらず火弦が応える。
「宿どないする? どこが宿なんやろ?」
「旅籠街なんやから、この辺全部そうなんやないん?」
「安いとこがええなぁ!」
「せやな」
二人が辺りを見回していると、ちょうど店から出てきた女の人に声を掛けられた。
女は軒先に吊るしてあった提灯に手をかけると、二人に気づいたようで声をかけてきた。
「あんた達、そんな所で何やってんだい? うちに入んな! 雨宿りして行きなよ」
二人は慌てて顔を拭く真似をして、手ぬぐいで口元を隠し、「助かった」と店へ駆け込んだ。
「あー! ほんま酷い目にあったぁ!」
「ほんまやな。すんません。声掛けてもろて、ありがとうございます」
火緒は、荷物を下ろし濡れた衣を払う。
火弦は、女の人に丁寧にお礼を言った。
「ちょいと待ってな。手ぬぐい持ってくるから」
そういうと、そそくさと奥へ入っていった。
火緒は、辺りを見回し火弦に聞いた。
「火弦。ここもやっぱし宿屋なんかな? 草鞋がいっぱいある」
「うん、確かに。宿屋かもしれんな? 高いとこは無理やで」
二人がキョロキョロと店を見ていると、大きな声が飛んできた。
「あんた達、急に雨に降られて大変だったろ? 赤坂へ行くのかい?」
女の人が手ぬぐいを持って、奥から出てきた。
「すみません」と軽くお辞儀しながら、手渡された手ぬぐいで身体を拭く。
「はい。明日入ろうかと。今日はこの町で宿を……」
それを聞いた女の人は、「なぁんだ」と手を叩き、ニコニコと笑う。
「じゃぁ、うちで決まりだね! あたしは、ここの女将。ちょうど一部屋空いてるからさ」
火緒と火弦は、少し強引で商売上手な女将さんの誘いに乗り、この宿へ泊まることにした。
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