「あんた達、その顔に巻いてる布ぐらい、取ったらどうだい?」
店に入っても口元を覆っている布を取らない二人に、女将さんは部屋に通しながら、あれこれと言葉をかけてきた。
「あ、これ。実は風邪をこじらせとって……咳が……ゴホゴホ」
火弦が誤魔化すと、女将さんは「そりゃよくないねぇ?」と心配してくれた。
「あんたら、こんな戦が始まるかもって時に赤坂に来るなんて、物好きだねぇ! しかし、子供二人で赤坂になんの用だい? え? 薬売りに来たのかい? 傷やあかぎれによく効く? じゃぁ、あたしもひとつ貰おうかねぇ? 最近あかぎれが酷くてさっ! うそっ!? 常葉から!? 遠かっただろ? あんた達の言葉、南の方のものだね? 時々お客が来るから知ってるよ? 夕食、しっかりおまけしといたげるからね! たらふく食べなっ!」
女将の怒涛のしゃべりは、長旅の体には堪えたらしく、「早ぅ休ませてや……」と、さすがの火緒もうんざりとした顔をしていた。
部屋に入るなり、二人はすぐさま口周りを覆っていた布を剥ぎ取る。
「ぷはぁーっ。濡れた手ぬぐいは息しにくかったな」
「あー、ほんま。死ぬかと思たわ……」
火緒は雨に濡れて重くなった衣を脱ぎ、そのまま衝立に掛けると、手ぬぐいを格子窓に掛けた。
上裸のまま座敷に倒れこみ、「ふぅ」と一息つく。
「ほんま、お前は雑やな。ちゃんと雨水ぐらいはたきや」
火緒は返事もせず、ただ手だけを上げた。
一方、火弦は几帳面に衣を窓に向けてパンとはたき、雨水を飛ばしている。
「あ、それとねぇ?」
女将は言い忘れがあったらしく、襖を開けて顔を覗かせた。
「やばっ!」
「えっ」
二人は慌てて荷物を抱え、上裸姿を恥じらうように隠したものの、咄嗟のことだったため、顔を隠すのをすっかり忘れてしまった。
「おやっ! こりゃ驚いたね! あんたら双子だったのかい!」
女将は二人が双子だと知って驚き、興味本位で部屋へと入ってきた。
双子は警戒しながら、女将に睨みを利かせる。
「そんな怖い顔しなさんな。あたしゃあんたらを変な目で見たりしないよ。でも、初めて見た。ほんとに、そっくりなんだねぇ?」
物珍しそうに眺める女将に、火緒は嫌悪感を隠せなかった。
「おばちゃん、ほんまは俺らの事嫌なんやろ。双子は忌み子やからな。商売人には不吉や言われたことあるし!」
「すんません。すぐ出ていきますさか」
双子は忌み子。二人は痛いほど知っていた。
双子で生まれた子どもは不吉とされ、どちらかが捨てられるか、殺されるか。
これまで、何度も「気味が悪い」「縁起が悪い」と嫌厭されてきた。
双子が身支度をし始めると、女将は慌てて止めに入る。
「何言ってんだいっ! あんたらはウチの大事なお客様だよ。今なら、湯殿が開いてるよ。貸し切りで入れるからね! あたしが誰もいれさせないから、安心してその冷えた身体、温めてきな!」
それだけ伝えると、女将は「うふふ、可愛いねぇ」と笑みをこぼしながら部屋を後にした。
双子は女将のあまりの豪快さに呆気に取られたものの、少しだけ嬉しくなった。
「変わったおばちゃんやな……。大抵の人は、嫌な顔してどっか行ってくのに……」
「まぁ、ええやん。有難く風呂、貰いに行こうや」
二人は先程女将に渡された手ぬぐいを持って、湯殿へと向かった。
湯殿と言っても、庵の河原にあるような湯がある訳ではなく、小屋の中に水の張った大きな槽が置いてあるだけだった。
小屋の中には炉があり、その中では石が真っ赤に焼けている。
「こんなん見た事ないで?」
火緒は風呂の入り方が分からず、首を傾げた。
「多分……。この焼けた石を水ん中にいれるんとちゃう?」
「そっか! ほんなら!」
「おまっ、ちょお待てっ!」
火弦が止める間もなく、火緒は焼けた石を槽の中に数個ぶち込んだ。
すると、あっという間に小屋の中に湯気が巻き上がり、目の前が見えなくなるほど真っ白になってしまった。
「火緒ー! お前なぁっ!」
「すまんっ! こないな事になると思わんかってん!」
「あんた達ぃ! 大丈夫かいっ!」
小屋の窓からもうもうと湯気が巻き上がるのを見て、女将が血相を変えて飛んできた。
バンッ!
戸口が勢いよく開いたかと思うと、双子は褌姿を女将に見られ、恥ずかしさのあまり金切り声を上げた。
『きぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ』
「ごめんねぇ。今まで、あんなに湯気が登ることなんてなかったからねぇ。ああいう風呂に入ったことなかったんだね。先にちゃんと教えとけばよかった」
「いえ……」
「こちらこそ、すんません……」
「まぁ、いいさ。風呂には入れたんだし。それに、あんた達。結構いい体してたねぇ。武芸かなんか、やってるのかい? ふふ。おかげさんで、目の保養になったわ! 若い男の裸なんて、何年ぶりかねぇっ!」
部屋に戻った双子は、何故か正座をして俯いていた。
別に何も悪いことはしていないのだが、女将が話しかけてもじっと動かず、膝の上の拳にだけやたら力が入っている。
女将は「あはは」と笑って流すものの、双子は恥ずかしさのあまり、どうしても目を合わせることができなかった。
「うぅ……っ」
普段、何事にもあまり動じない火緒ですら、小さくなって顔を赤らめている。
女将はさほど気にする様子もなく、夕飯を出しながら双子の顔を見ていたが、その度に二人が顔を真っ赤にして下を向いてしまうので、面白がってまた「あはは」と笑った。
「あんた達。それはそうと、赤坂に入ったら十分用心しなよ」
女将は急に声を落とし、コソコソと話し出す。
(部屋には三人しかいないのに……)
火弦は不思議に思った。
「最近、赤坂城内にゴロツキが出入りしているって話だよ。城下町でも見かけたって、さっき別のお客が話しててね? もう、あたしゃ心配で仕方ないよ……」
女将は前掛けをぎゅっと握り、眉間に皺を寄せている。
「おばちゃん、心配ないて。なんや、お母ちゃんみたいやな!」
「せや。薬売ったらすぐ街出るし。帰りはまた寄るさか」
「そうかい? なら、あんたらはこの旅籠にいる間はあたしの息子だね。こっちに来た時は、必ずここに帰ってくるんだよ。困ったことがあったら、何でも言いなっ」
豪快に笑う女将に、双子も笑いかけた。
女将は「うんうん」と頷き、「じゃぁ、ごゆっくり」と嬉しそうに部屋を出ていく。
「えらい、気に入られてしもたな」
「ほんまやな」
二人は女将の優しさに触れ、「もう食えない!」と言うほど、たらふく飯を食った。
「赤坂かぁ……。そんなヤバいとこなんかなぁ」
「でも、おばちゃんはええ人やったな!」
「ほんまや」
その日は、話し合う間もなく床についた。
外では桶をひっくり返したような雨が、ザァザァと屋根を打ち付けている。
だが、そんな雨音が心地よく、いつの間にか二人の重い瞼は疲れと共に落ちていった。
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