ドオォォォォォォンッ!
激しい地響きと共に土煙が舞い上がり、辺り一面の視界が遮られた。
大きな音に驚いた鳥たちが、森から一斉に飛び立ってゆく。
ほんの先に、見つかってはならぬ相手がいると分かっていながらも、一同はそれどころではなかった。
「おわぁぁぁ!」焦る刹。
「ふっ!」思わず飛び退く梓。
「マジで危ないてっ!」避けながらも面白がる火緒。
「ちょ、はよ避けやっ」動かない火緒を押しのける火弦。
「うわぁ!」瞬時に走る朔。
皆、咄嗟に身を避けたものの、あまりの驚きに思わず叫んでしまった。
濛々と舞い上がる土埃に目と喉をやられ、ゴホゴホと咳き込みながら、少しずつ周囲の様子を確かめてゆく。
砂の入った目を痛がりながら擦り、ようやく目を開くと、松明を持った男たちが一斉にこちらを見ていた。
不意にお互いの目が合い、両者とも一歩も動けないまま、その場に立ち尽くす。
しばしの沈黙。
『げっ……!』
思わず漏れ出た声に、慌てて自分たちの口を押さえるも、時すでに遅し。
崩れた家のおかげで、すっかり露わになった姿は、向こうから丸見えになってしまっていた。
「何だっ! お前らっ! 」
松明を掲げた男たちが、こちらへ駆け足で近寄ってくる。
「やべっ!」
面頬で顔を隠していることもすっかり忘れ、刹は必死に腕で顔を覆った。
「刹兄。意味ないてっ!」
「面頬しとるやん」
「あ……」
刹は双子に取りなされ、恥ずかしさからひとつ咳払いをして平静を装ったものの、傍にいた梓にクスリと笑われ、顔を赤らめた。
「まさか、こんなガキの先客がいたとはなっ! お前らにくれてやるもんなんざ、ひとつもねぇんだよ!」
「ひっ! おい、ちょっと待て! こいつら、廃村に現れるっていう鬼じゃねぇのかっ!?」
「鬼? 何いってんだ。どう見ても普通のクソガキどもだろうが!」
「でもよ、あの口……」
男共は松明を掲げたまま、じっとこちらを見据えてくる。
「いや、ありゃやっぱり、どう見てもただのクソガキ共だ! 所詮、噂は噂だったって事だ!」
「そんな噂流して、漁り場独り占めにしようって魂胆かよ! クソガキ共!」
『クソガキ』
その言葉を聞いた途端、刹の顔からみるみる不機嫌さが滲み出てくる。
「あぁ? 誰がクソガキだって?」
刹は指をボキボキと鳴らしながら男どもに歩み寄り、その様子に怯んだ男たちは、じりじりと後ずさった。
「刹、そんな事でいちいち目くじら立てないの」
梓が刹に声をかけるも、本人は聞いちゃあいない。
「俺らが何を持ち帰ろうが、どこ漁ろうが、俺らの勝手だろうが! それに、噂なんか知るかぁ!」
「うるせぇっ! 俺たちの食い扶持取るんじゃねぇ! 殺っちまえっ!」
男たちは手にしていた松明を、足元に突き刺した。
「それはこっちの台詞だぁっ! 行くぞ、お前らァツ!」
刹は勢いよく飛び出すと、懐から『寸鉄』を取り出して素早く中指に嵌め、一斉に襲い来る男たちに向かっていった。
寸鉄とは、五寸(約15cm)ほどの鉄の棒の中央に指を通す指輪(輪っか)がついた構造をしており、拳の中に隠し持つことができる「暗器(隠し武器)」の一種。
小型の武器ながらも、近接戦では相手を突く、打つ、敵の武器を受け止めるなど非常に高い実用性を誇り、手裏剣のように投げて使うこともできる。
接近戦を得意とする刹が、普段から愛用している武器である。
刹が皆に向かって叫ぶも、その声が届くより早く、双子と朔は見計らったかのように一目散に荷物を持って森へと走り出した。
「あっ! ちょっ、お前らァ! 汚ったねぇ!」
「刹兄っ! あと任せたっ!」
「任せたー」
「刹ごめんね」
三人は振り返りざまに、ニヤリと笑った。
「クソッ! お前らぁ! 待てっ! 『弔い』忘れんなぁぁぁッ!」
刹は男どもを相手にしながら、走りゆく双子と朔に向かって慌てて叫んだ。
双子と朔は走りながら軽く振り返り、片手を村に向けて拝む。
——物を頂く感謝と、死者への弔い。
これが、彼らの最大限の礼儀なのである。
「逃がすかっ! 取ったもん置いてけ!」
「俺らの飯っ! 金っ!」
男どもは留まることを知らず、鎌や鉈などを手に、闇雲に振り回しながら襲い掛かってきた。
互いの武器がぶつかり合うたびに乾いた金属音が響き、月夜の下に鋭く鳴り渡る。
時折、男どもの持つ刃物が、地に突き刺さった松明の火を受けて鈍く光った。
その光が、男たちの本気と不気味さを醸し出していた。
刹は手の中に仕込んだ寸鉄で刃物を弾き返しながら、男どもを蹴り倒しては地に沈めていく。
だが、男たちも執念深く起き上がっては、再び刹に襲いかかってきた。
「悪いけどよ。俺らも漁りやんなきゃ生きてけねぇんだよッ! お前らの方こそ、弱ぇんだから手ぇ引けよっ!」
(あーもうっ! やっぱ流民かよ。いっそ野盗なら殺っても言い訳できたのにぃ!)
流民。
野盗とは違い、戦で家を失った者たちが流れ着き、寄り集まった集団のことである。
彼らもまた行き場を失い、路頭に迷いながら、日々の暮らしをこうして廃村を漁るなどして生きながらえているのだ。
——自分たちと何ら変わりない。
刹の脳裏に、一瞬そんな言葉が過った。
……だが、そんなことを言っていては、自分たちが潰されてしまう。
いかんせん多勢に無勢。
軽く見積もっても七、八人はいる。
刹一人では、とても捌ききれる人数ではなかった。
「あー、ほんっとめんどくせぇな。キリがねぇ! 梓っ!」
「うん。わかってる。準備できてる」
刹の叫び声が闇夜に鋭く響き、梓もそれに素早く応えた。
梓はすぐさま人差し指をくわえ、風向きを確認する。
風上へと素早く移動すると、懐から取り出した扇子の中に薬をさっと仕込み、軽く仰いだ。
扇子からふわふわと細やかな粉が風に流され、男たちの周りを漂い始める。
刹はすぐさま身を翻して飛び退き、梓の脇に並んだ。
「なんだぁっ。 この……甘い……に……おい……」
流民たちは刹たちに向かってこようとするが、急に足元がおぼつかなくなり、ふらふらと力なくその場に倒れ込んでは眠りに落ちてゆく。
「俺の特製眠り薬。と、霞扇の術」
梓は静かに、誰に言うでもなく告げた。
「命に別状はないから、しばらく眠ってて」
「ふう。なんとか片付いたな」
梓は刹を見て、「ふふ」と軽く笑った。
「刹ってほんと、優しいよね。絶対に殺さないんだから」
「ふん。当たり前だろっ。ばあさんに『民には手を出さない』って、不殺の誓い、立てたんだからな!」
刹は指に嵌めていた寸鉄を懐に戻し、眠る流民たちを見下ろして小さく息を吐いた。
「……すまねぇ。俺らも生きるためだ」
「ねぇ、刹」
「なんだ?」
梓が何気なく刹に声をかけた。
「あのさ、なんでいっつも、流民にわざわざそんな謝んの? 『すまねぇ』って。先に襲いかかってきたの向こうだよ? あいつらもこっちに刃向けてきてるんだしさ。別にいいじゃない。殺られたって、文句は言えないでしょ」
梓の問いに刹はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「あいつらもな、傷つけられたり、殺されたり。理不尽だと思わねぇか? ただ、生きるために仕方なくやってることだろ。俺らもそうだったろ? 俺らと何も変わんねぇよ」
「まぁ、刹がいいなら、いいけど……。優しいのは刹のいい所だけどさ、それが返って仇にならないことを祈るよ」
梓から忠告を受けた刹は、それを聞き流すように手を合わせた。
梓も同じように手を合わせ、村の方角へ一礼する。
その弔いを終えると、くるりと森の方を向いた刹が、急に思い出したかのように苛立ちを見せ始めた。
「あーッ! くっそ! あいつら! よくも逃げやがったなっ! 俺一人にさせやがって! 覚えてろよッ!」
「まぁまぁ。そんなに怒らないの。あいつらの調子がいいのは、いつものことでしょ」
梓は刹の肩をぽんぽんと軽く叩き、優しく宥める。
刹と梓は素早く荷物を手に取ると、双子と朔が入って行った森の中へと姿を消した。
村には、地に伏せて眠る男たちと、残された松明の火だけが、夜の帳の中でゆらゆらと揺らめいていた。
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