満月の光が、焼け跡を白く浮かび上がらせていた。
足元には残り火が赤く燻り、焦げた柱の熱が頬を刺す。
焼けた藁に血の臭いが混ざり、思わず袖で鼻を覆った。
辺りに残されているのは、未だ燻る残り火と、炭になった藁、そして荒らされた田畑ばかりだった。
ここは、ほんの数刻前に戦に巻き込まれ、焼け落ちた廃村。
敵国に襲われた村は、あっという間に炎に呑まれ、村人たちのほとんどが殺されてしまった。
金になりそうな女と子どもは、売られるために足軽たちに連れて行かれた。
蔓延する悪臭が鼻を突き、口元を覆う面頬・鬼の口でも、それを遮ることはできない。
息を吸うたびに喉の奥にざらついたものが残り、その感覚は次第に濃くなってゆく。
足元がおぼつかない中、慎重に歩みを進めた。
――まだ、温かい。
革足袋の底が、ほんのりと熱を帯びている。
黒ずんだ塊が、地に散らばるようにそこら中に横たわっていた。
どこまでが人で、どこからが煤なのか、もはや判別もつかない。
ただ、そこに『いた』ことだけが、はっきりと残っている。
暗闇の中、突如として一人の少年が雄叫びを上げた。
「あーもう! くっさぁ! 堪らんわっ! これ、ぜったい長居したらあかん匂いや!」
火緒は焼けた匂いに堪らず、つけていた面頬を下げて鼻を摘んだ。
苛立ちまぎれに傍らの柱を蹴り飛ばすと、焼け焦げた梁がガラリと音を立てて崩れ落ちる。
「うっさいなぁ。もうちょい静かにしぃや。お月さんが出とるうちに済ませて、さっさと帰るで」
火緒の傍でしゃがみ込み、物を漁っていた火弦が、やれやれと双子の弟を窘めた。
廃墟の中に、目ぼしいものは何ひとつ残っていなかった。
静寂の中、沈黙を割るかのように、また梁がぱきりと鳴る。
「だって何もあらへんやんっ! 野盗ども、根こそぎ持ってっとるやんか!」
火緒が苛立ちながら、火弦に悪態を突いた。
「何もないのはしゃーないやろ。そないイライラしなや」
火弦は火緒を軽くあしらい、無視するかのように辺りに転がる葛籠を開けて回る。
「暑いし、腹減ったし! ろくなもんやない!」
「暑いのもしゃーない。夏なんやから」
同じ顔が双つ並び、やはり同じようにぱたぱたと手で顔を仰いでいる。
時折、顔に止まる虫をパチンと叩き落としては、痒そうに掻きむしった。
「あーもうっ! 普通に町に働きに出たらええと思わへん?」
「せやんな。そのほうがよっぽど金になるわ。命賭けてまでこないなとこで漁る意味がわからへん」
「『ワシらは忍びじゃ! 忍びたるもの、闇に紛れて事をなさねばならん!』て……。時代遅れも甚だしいやろ!」
「うまいな。ばあちゃんによう似とるわ」
火緒がふざけて、育ての親である老婆の真似を披露すると、火弦はそれを見て笑った。
「兄弟でまた漫才? なんか、目ぼしいものでもあった?」
苦笑いを浮かべながら、義兄弟の中では一番年下である朔が、歪んだ木戸を押し開けて入ってきた。
「漫才て。なんなん?」
小馬鹿にされたのかと勘違いした火緒が、不服そうに朔に言う。
「だって、火緒が話した後、絶対に火弦が突っ込むんだもん。漫才でしょ」
そう言い終えるか終えないかのうちに、無惨にも残っていた壁が、木戸を開けた反動で崩れ落ちてしまった。
「そういう朔かて何やっとるん。その辺壁ないんやから、わざわざ戸口から入ってこんでもええやん」
「うん。そだね。はぁ……。でも、ほんっとなんもないね。刹が聞いたら真っ先に怒り出しそう……」
火弦と朔が辺りを見回し、揃ってため息を漏らした、その直後。
背後から冷たい声が落ちた。
「誰が怒るって?」
三人はビクリと肩を揺らし、恐怖で体を硬直させた。
振り返ると、月明かりを背に、今しがた話に出た刹が立っている。
偉そうに腕を組み、狼のような鋭い目つきで三人を睨んでいた。
その表情からは、明らかな不機嫌さが滲み出ている。
「お前ら、何遊んでんだ? 拾えるもんは全部拾ったのか?」
「い、いやぁ、刹兄……。それが、まだ……」
火緒は引きつったごまかし笑いを浮かべ、必死に弁解しようとする。
「ごちゃごちゃうるせぇぞ! 大体、お前らがそうやって騒ぐから『鬼』なんて噂が立っちまってるんだろうがっ! ばあさんに知られたら、俺が絞められんだからなっ」
「うるさて、すんませんでしたぁ」
火緒がムッとした顔で皮肉たっぷりに口答えをすると、低く凄む刹の後ろから、対照的に柔らかな声が聞こえてきた。
「刹。そんな怒鳴らなくてもいいじゃないか」
梓が腰を屈め、煤けた布切れを拾い上げる。
「この荒らされ様だと、奇襲があってだいぶん経ってるみたいだから……」
梓は諦めを含んだ溜息をついた。
「でも、なんか拾って帰らねぇと、ばあさんがなぁ……」
「わかってるって。師匠はその辺、厳しい人だから。怒られるのは、いつも頭の刹の役目だしね」
梓は苦笑いしながら肩を竦め、その様子を見た刹は、いまいましそうに舌打ちを返した。
「頭て。名前だけでそんな偉いもんでもないやん!」
「一番年上なだけや」
双子はボソボソと耳打ち合い、悪態をつく。
「なんなら、お前らが代わりにやってくれていいんだぞ。頭」
刹にボソボソ声を聞かれていた双子は、またもやビクリと肩を揺らし、そそくさとその場を小走りに逃げた。
朔は小さく息を吐き、焦げた柱をどかして、その下にあった葛籠の蓋を開けた。
しかし、中身はすべて焼け、灰と化していた。
ふと視線を向けた先には、焼けた梁の下敷きになった骸があった。
その腕の中には、まだ年端もいかぬ幼子が、守られるように抱き込まれたまま息絶えている。
「逃げ遅れたんやろ?」
「いちいちそんなん気にしとったら、身ぃ持たへんで」
先ほどそそくさと逃げていた火緒と火弦が朔の傍に舞い戻り、言い聞かせるような冷めた口調で宥める。
「わかってるよ……」
朔はそれ以上目を向けず、重い足取りで骸のそばを離れた。
その時、火緒がクンクンと鼻を鳴らし、何かを嗅ぎつける。
「刹兄。ヤバいで」
「お客さん、来よったわ」
双子の低い言葉に、皆が動きを即座に止めて身を屈めた。
遠くから近づいてくる松明の火が、幾つかぼんやりと見える。
村の真ん中辺りまで来たところで、複数の者が家々を漁り始めるのが視界に入った。
「あれ、野盗なん? あんな不用心に松明の火ぃつけとったら丸見えやで」
「ほんま。ありゃ、素人やな。見つけてください言うとるもんや」
「チッ」
双子は遠目に見える野盗を、物見遊山のように眺め、刹は軽く舌打ちした。
「刹、どうする? もう引く? それとも、あいつら追い払う? さっさと決めて」
梓が刹の隣に歩み寄り、あどけない表情で顔を覗き込みながら尋ねる。
その少女のような顔で言われると、刹はつい逆らえなくなってしまう。
「うぐっ。その顔で言うなっ」
「え? なんだよ。俺の顔の何が……」
梓に訝しげな目で睨まれ、刹は渋い顔をしながら辺りを見渡した。
「あー、もうっ。次から次へとっ。俺は早く終わらせて、読みかけの本読みてぇのにっ。ま、さしずめ流れかそこいらの野盗だろ? 放って置いてもいいが、後々面倒だからな。とりあえず、一旦引くぞ」
「もし、見つかったら?」
「そん時、決めるっ!」
『了解』
皆は短く返事をし、忍び足でその場を静かに歩き出した。
「よし! 今だ! ずらかるぞ!」
刹がそう言った、その時だった。
メリメリッ
『え?』
一同が振り返ると、焼け焦げた家の柱が耐えきれず、屋根から豪快に崩れ落ちてきた。
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コメント 1件
Jetts2026.10.24
世界背景が興味深くてつい読んでしまいました。続きが楽しみです。
お読みいただきありがとうございます!嬉しいです。