外はぽつりぽつりと、葉に雨粒の当たる音が聞こえ始める。
囲炉裏の火はもう大きく燃えず、赤い炭が淡い光を嵌めている。
湯気がゆらりと立ち、薬を詰めた合わせ貝の列が静かに光った。
皆、囲炉裏を囲み、胡坐をかいて座っている。
紅梅がゆっくりと湯呑を置き、一仕事を終えた満足げな顔で煙管を吹かした。
「皆ようやった。少ない資材の中、金創膏の出来は上々じゃ」
合わせ貝をひとつ手に取り、紅梅は子共たち一人ひとりに目を留める。
「されど、ここからが本番じゃ。先日は近場の村で留めたが、次は二領地に赴き戦の情報を持ってくるのじゃ。城下には必ず濃ゆい噂が流れておるはずじゃ。街では何が起こるか分からぬ。重々用心して事に当たれ。『無駄な小競り合い』だけは、起こしてくれるなよ」
刹は黙って炭を見つめ、梓は合わせ貝を手に取って袋へ詰める。
火緒と火弦は目だけで顔を見合わせ、朔は手を組んでぐっと力を入れ、握りしめた。
紅梅はそれを横目に煙管の煙を天井に向けて吐きだし、囲炉裏の縁に煙管を置くと、厳しい声で皆に告げた。
「では、二手に分かれる。赤坂へは火緒、火弦、お前ら二人で行け。あの土地なら、戦の匂いなどすぐに嗅ぎわけられるじゃろうが、他の骸衆が潜んで居る確率が高い。くれぐれも用心せい。白岩へは刹と朔。あそこは比較的穏やかではあるが、城仕えの忍びがおるでの。気をつけい。怪しい動きをすれば、すぐさましょっ引かれるぞい。目をつけられようものなら、面倒じゃ。そして、梓。お前はワシと共に庵に残り、留守番じゃ。次の漁りまでの武器の手入れをする。よいな」
『御意』
皆一斉に返事をし、床に手をついて深々とお辞儀をする。
最後に紅梅が小さく付け加えた。
「目と耳と足を使え。周りをよく見聞きし、動くのじゃ。あとは、我がの頭で考えよ」
紅梅は「よっこらしょ」と重い腰を上げ、肩をもみながら庵へと帰っていった。
夜は深く、庵の周囲を闇が包み込んでいた。
自室に帰ると、静けさの中で皆はそれぞれの思いを抱く。
火緒、火弦、朔はきっちり布団を隙間なく並べ、三人でごろごろと横になった。
朔は火緒と火弦に挟まれ、両端からベッタリとひっつかれている。
「なんか、いつもながらごめんね。玄瑞がいないと、あの部屋なんか居づらくて。もう夏なのに。早く帰ってこないかな」
朔は双子の部屋で寝泊まりしていることを、申し訳なく思っていた。
——玄瑞。
この庵に住まう、グータラで酒飲み女好き。
三拍子揃った、どうしようも無い中年男。
今は、ある目的で旅に出ており不在。
普段朔は、この玄瑞と部屋を同じくしているのだが、玄瑞が不在の時は決まって双子の部屋に泊まる。
「ええて、ええて。そんなんしょっちゅう言われるとこっちが気ぃ使うわ!玄瑞が帰って来ようが来まいが、ずっとおったらええやん!」
「せやで。ちょっと狭いけど、これがええねん」
双子はさらに朔にべたっと引っ付き、柔らかい頬を両端からつつく。
頬杖を付いて寝そべり、足をパタパタとする火緒は、その仕草だけでもワクワクしているのがわかる。
火弦も共鳴するかのように、珍しく同じ気持ちになっていた。
朔は二人とは違う方向を向き、少ししゅんとした顔で薄掛けに顔を半分埋めた。
「俺、赤坂領行くの初めてや。常葉から出たことないからな!どんなとこなんか、めっちゃ楽しみやわ!」
「火緒。遊びに行くんとちゃうで。薬売らなあかんし、情報引き出さなあかんし。やる事いっぱいや」
火弦が指折り数えながら言う。
「せやけど、宿に泊まるんやから美味いもんぐらい食ったかてええやろ?」
火弦はしばし考えたが、「それぐらいはええんやない?」と自分も未知なる土地の料理を想像した。
「いいなぁ……。僕も、二人と一緒がよかったなぁ」
朔はしょんぼりした声で二人に言う。
「朔、遊びやないんやで!」
「お前が言うなや」
火緒は火弦に言われたことをおうむ返しにし、パシンと頭を叩かれて舌を出す。
「やけど、朔。刹兄と一緒ええやん。全部刹兄に任しときゃ、やってもらえるし」
「いや……、そうなんだけどさ」
火緒の言葉に、朔は意味深に口ごもる。
二人が「なに?」と不思議そうに、興味津々で朔の顔を覗く。
「こないだ村に薬売りに行ったじゃない。じつは……あの時確信したんだけどさ……」
二人は更に布団から身を乗り出す。
「刹って、不憫な気がする……」
『はぁ?』
意外な言葉に二人とも体を起こし、同時に応える。
「"不憫"ってなんなん?」
火緒が半笑いしながら朔に聞く。
「いや、刹ってしっかりしてるし、勉強とか体術とか努力してて色々凄いけど、なんか……運がないっていうか。いつも、周りに振り回されてるっていうか。それで、こっちも巻き込まれちゃってさ」
朔も体を起こしながら、「あはは」と軽く苦笑いする。
二人はしばし思い当たることを考える。
「たしかに。それはあるかも。特に梓が絡むとなぁ」
「刹兄、目つきは悪いし口も悪いけど、周りの信頼は厚いわなぁ。でも、やっぱ運はないような気ぃするわ」
二人とも腕組をしながら考える。
だが、気にも留めずパッと顔を明るくして、二人同時に朔の両肩をパンッと叩いた。
「ま、気にすんなや!」
火緒は薄掛けを腹に掛けて布団にひっくり返ると、「おやすみ!」と一言いい、すぐに寝息を立てた。
火弦も薄掛けに入り、床に就く。
「二人とも気楽でいいよなぁ……」
朔は「はぁ」とため息を一つついて行燈を消し、雨音のする窓辺を見た。
雨粒は次第に強く音を重ね出し、雨で幕が出来たように心を落ち着かせる。
遠くで梟がほうほうと鳴く声が聞こえ、夜の庵は静かに眠りに落ちた。
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