レナが、ミラの荷造りを手伝いに行った。
テトはティーカップのふちをなぞりながら微笑む。いまだに窓際に陣取っているカイは、とろけた主人の表情にため息をついた。
「飲むなよ、それ」
「やっぱりどうしてもだめ? せっかくミラが淹れてくれたのに」
「なにが入ってるか分からないだろ。毒がないとも言い切れない」
「……そう、だね」
彼女がそんなことをするのだろうか。――出てきそうになった言葉を飲み込む。テトは、決してミラに詳しいわけではない。だからあり得ないと断言することはできない。分かっている。分かっては、いるけれど。
レモンバームの香りを拾うために、深く呼吸をする。なんとなく、まだほのかに甘い香りがする気がする。
「で? どうだった。恋焦がれた妖精姫との再会は」
「幸せだけど最悪だよ。ミラったら、なにも覚えてないみたいだ」
「そりゃそうだ。小さいときに一回会っただけなんだし」
カイを見る。そして軽く睨む。「会っただけじゃない、会話もしてる」と訂正をする。……わざとらしく声をあげて、カイが笑った。
あれは、テトが六歳の頃だった。瞳の色が原因で家族と折り合いが悪くなった孤独な時期で、出会うものすべてが敵だった。さみしくて悲しくて、けれどなにを恨めばいいのかすら分からなかった。
そんなときだ。妖精姫に出会ったのは。
テトにとってそれは、まさに運命だった。
けれど子どもの自分には、その運命を手繰って己のものにする力がなかった。
――それがまさか、こんなところで繋がるなんて。
奥の扉から猫が出てきた。ブルーの毛並みと満月の瞳を持つ、ミラの飼い猫。名前は、……なんというのだろうか。その子はまぁるい瞳をテトにむけ、カイにむけて、いっとう日当たりのいい床に丸くなった。
「覚えてなくて当然だろ」
猫の様子を見ながら、カイがあくびをする。
「だってもう十年は前だろ。妖精姫も小さかったろうし、お前が誰だか分からなくても普通だ」
「十二年前だよ。……それでも僕は、今まで忘れたことなんてなかった」
「そこまでいくと思い入れの違いだろ。テトの片想いだ」
「うるさいな、そんなのカイに言われなくたって分かってる」
ハーブティーを見つめる。水色が美しい。けど、そこに映るテトの顔は少し情けない。ふてくされている年相応の青年がいるのだ。
「それに、今は余裕がないって分かってる。うれしいし舞い上がっている自覚はあるけど、すべてを放り出すほどばかじゃないつもりだよ」
「そりゃなによりだ。色恋で全部忘れたかと思ったぜ」
けたけたとカイが笑う。改めて湿った視線をむけて抗議をするけど、彼はなにも堪えていないようだ。ひたすらにおかしそうにしている。
「ときどき、カイは僕のことが嫌いなんじゃないかと思うよ」
「バカ言え、めちゃくちゃ大好きだぜ。こんな忠実な友達がほかにいるかよ。なあ?」
同意を求めるように投げられたカイの声は、見事に猫のしっぽが叩き落とした。
なんだかそれがおかしくて。言葉を理解しているような猫の動作が愛らしくて。つい、テトは小さく笑う。
カップを持つ。水面を揺すってみる。香りはもう立ち上がらない。水面に映っている表情を確認する。――大丈夫、いつもどおりの笑顔だ。
愛しの妖精姫との再会を喜び合うのは、すべてが終わってからだ。ひっそりと決めたテトは、カップをソーサーに戻した。

コメント
まだコメントはありません。
会員登録(無料)かログインをすると、コメントを書けます。