道路脇に、錆びついた自動販売機が立っていた。
ガラスは割れ、商品を並べていたはずの棚は空っぽ。側面には派手な色のキャラクターが描かれていたが、顔の部分には弾痕がいくつも開き、笑っていたのか泣いていたのかも分からない。赤い塗装は日に焼けてピンク色に褪せ、足元には枯れ草と空き缶の残骸が溜まっていた。
ジェスはその前で足を止めた。
「おっ」
「何?」
「自販機」
「見れば分かる」
「いや、まだ動くかもしれないじゃん」
「もう販売はしてくれなさそうだけどね」
「じゃあ無販機?」
「飲み放題ともいう」
「残ってると思う?」
「いや、思わない」
「夢がないねー」
ジェスは自動販売機に近づき、拳で側面を叩いた。
ゴン、と鈍い音がした。
何も起きない。
もう一度叩く。ゴン。
空洞に響く音が、やけに虚しい。それでも何も起きなかった。
「くっそー。やっぱ死んでやがる」
「やばっ。機械にまで嫌われてんじゃん」
「機械とは昔から相性が悪いの」
「人間ともでしょ」
「うっせぇ」
するとジェスは自動販売機の下を覗き込み、腹ばいに近い姿勢で手を突っ込んだ。埃と蜘蛛の巣をかき分けた指先が、何か硬いものに触れる。引っ張り出すと、硬貨だった。
黒ずんだ金属片のようなそれは、親指の腹で擦ると、中央に見たことのない文字が浮かび上がった。
「これ、金?」
「さぁ」
「売れるかな」
「その辺の店で聞いてみたら?」
「店があればな」
二人は周囲を見回したが、店らしきものはなかった。
あるのは、崩れかけた建物と、倒れた電柱と、遠くで細く煙を上げる何かだけだ。地平線は白っぽく霞み、その向こうに街の気配はない。
「……街ないねー」
ジェスが言った。
「ないね」
「腹減ったー」
「私も」
「酒飲みたいー」
「私も」
「タバコ吸いたいー」
「たまにしか吸わないじゃん」
「代弁してあげた」
クロウはポケットの上から、残り一本の箱を指で弾いた。
「正解」
それから二人は、どちらからともなく歩き出した。
目的地はない。正確に言えば、目的地を決めるほどの理由がなかった。
食べ物があれば食べる。酒があれば飲む。面白そうなものがあれば近づく。危なそうなら逃げるし、逃げられなければ戦う。
大抵のことは、それでどうにかなった。
どうにもならなかったことについては、もう考えないことにしていた。
*
昼近くになった頃、道の先に奇妙なものが見えた。
道路を塞ぐように、巨大な金属製の筒が横たわっている。胴回りは大人が三人がかりでも抱えきれないだろう。表面には太い配線が血管のように這い回り、ところどころで赤いランプが、心臓の鼓動に似た間隔で点滅していた。筒の片端からは白い蒸気が噴き出し、シュウ、と蛇のような音を立てている。
ジェスが立ち止まった。
「何あれ」
「知らない」
「爆弾?」
「知らないって」
「押したら爆発するかな?」
「試してみれば?」
「クロウが押せよ」
「なんで。気になってるのそっちじゃん」
「最悪の相棒だな」
「お互い様」
二人は筒を避けて、道の端を回り込もうとした。
その瞬間、筒の側面に取り付けられたスピーカーが、ノイズ混じりの甲高い電子音を鳴らした。
『警告。周辺区域に未登録の生命反応を検知しました。速やかに身分証明書を提示してください』
二人は足を止めた。
『繰り返します。身分証明書を提示してください。提示がない場合、規定に基づき処理を開始します』
ジェスは自分の服をあちこち叩いて探った。
「やっばー。家に忘れちゃった。身分証って持ってる?」
「持ってるわけないじゃん」
「だよねぇ」
『身分証明書を提示してください』
「ありません」
クロウが言った。
当然、機械は反応しなかった。
『身分証明書を提示してください』
「だから、ないって」
『身分証明書を提示してください』
ジェスが筒の前にしゃがみ込み、頬杖をついてスピーカーを見上げた。
「なあ、これ、いつまで言うの?」
「壊れるまでじゃない?」
「壊す?」
「面倒くさいから嫌」
「じゃあどうすんの」
「逃げる」
クロウはさっさと歩き出した。
ジェスも立ち上がり、その後を追う。
『身分証明書を提示してください。身分証明書を提示してください。身分証明書を提示してください』
電子音は、二人が十分に離れるまで続いた。声はだんだん掠れ、最後には擦り切れたレコードのように同じ音節だけを繰り返していた。
やがて背後で何かが破裂した。
空気を殴りつけるような轟音。遅れて衝撃波が背中を押し、細かな金属片が乾いた雨のように道路へ降り注ぐ。
振り返ると、筒の上半分が跡形もなく吹き飛び、断面から黒煙が太い柱になって立ち昇っていた。千切れた配線が火花を散らし、蒸気の白と煙の黒が絡み合いながら空へ溶けていく。
二人はしばらくそれを眺めた。
「ほらな」
ジェスが得意げに言った。
「何が?」
「逃げて正解だった」
「お前、壊そうとしてたじゃん」
「生き残る才能ってやつ?」
「はいはい。ワンワン言えて偉いね」
クロウはジェスの頭を撫でた。キャップの上から犬にするようにわしわしと。
「誰が負け犬だこら!」
ジェスが手を払い除ける。
「良い首輪してんじゃん」
クロウの指先が、ジェスの首に巻かれた黒い革のベルトを、つんと弾いた。
「これはチョーカーっての」
「今度リード見つけたら拾わないと」
「もう一生言ってろ」
ジェスは鼻を鳴らして先に歩き出し、クロウは口元を緩めたままその後を追った。
この世界では、何も知らない機械が勝手に爆発することもある。
別に珍しくはない。
*
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