午後になって、二人はようやく人の気配を見つけた。
道路の向こうから、荷車を引く集団がやってくる。車輪の軋む音と、何かがぶつかり合うがちゃがちゃという音が、風に乗って先に届いた。
先頭を歩くのは、頭部が巨大な花になっている女だった。黄ばんだ花弁が顔を取り巻くように開き、その隙間から人間のような目が二つ。油断なくこちらを見据えている。荷車を引くのは四本腕の大男で、四本のうち二本で梶棒を握り、残りの二本はだらりと下げたまま、背中に括りつけた錆びた銃の台尻に指を掛けていた。
荷台には金属片や木箱、何かの骨らしきものが山積みになっている。
集団は二人を見つけると、露骨に警戒した。
花頭の女が足を止める。荷車も止まり、軋みが途切れた。
「お前たち、どこの者だ?」
「どこでもないよ」
クロウが答えた。
「旅人か?」
「うん。今のところは」
「ふざけているのか」
ジェスが横から口を挟む。
「街って、この先にある?」
花頭の女は、二人を値踏みするように眺めた。
クロウの刀。ジェスの二丁拳銃。使い込まれた服。旅慣れた足取り。
それから、ジェスの腰にぶら下がった空の酒瓶を見た。
「街ならある。ここから歩いて半日ほどだ」
「半日?」
ジェスが露骨に顔を顰めた。
「うげぇー。遠っ」
「文句を言うな。道があるだけマシだ」
「酒場は?」
「ある」
「酒は?」
「あるだろうな」
「タバコは?」
「知るか」
ジェスはクロウを振り返った。
「行こうぜ」
「そうだね」
「おい、まだ話は終わっていない」
花頭の女が呼び止めた。
「街に入るなら気をつけろ。あそこでは、余所者は歓迎されない」
「へぇ」
「特に、お前たちのような連中はな」
女の視線は、クロウの腰の刀に注がれていた。
何か知っているのかもしれない。
だがクロウは気づいていないのか、気づいていて無視したのか、サングラスの奥で僅かに目を細めただけだった。
「忠告どうも」
ジェスは片手を上げた。
「じゃ、またどこかで」
「会いたくないものだな」
「奇遇だね。私も」
クロウはそう言って、ジェスと並んで歩き出した。
背後で花頭の女が何かを呟いたが、風に流されて聞こえなかった。
*
夕方、街が見えた。
崩れた高層建築の残骸を囲むように、金属板と廃材を継ぎ合わせた壁が伸びている。リベットの頭が夕陽を弾いて鈍く光り、板の継ぎ目には、何度も塗り重ねられた錆止めの跡が瘡蓋のように浮いていた。壁の上には見張り台があり、そこから複数の銃口が列を見下ろしている。
入口には、大勢の人間が並んでいた。
人間だけではない。獣の頭をした者、肌が青い者、腕が三本ある者、頭部が古いブラウン管になっていて、砂嵐を映している者。見た目も体格もばらばらな連中が、何食わぬ顔で一列に並んでいた。誰も口をきかない。ただ汗と獣と古い油の匂いが、夕暮れの熱気の中に澱んでいる。
門の上には、色褪せた看板が掲げられていた。
文字は半分ほど剥がれていたが、辛うじて読める。
『――ようこそ、楽園へ』
ジェスは看板を見上げた。
「楽園だってさ」
「いい響きだね」
「どんなとこだと思う?」
「酒が安くて、ベッドがあって、面倒な奴がいないところ」
「それ、楽園じゃん」
「でしょ」
二人は顔を見合わせ、笑った。
その時、門の脇で銃声が響いた。
列の先頭にいた男が、突然倒れたのだ。
門番の銃口から、細い煙が立ち昇っていた。
男は動かなかった。何が起きたのか理解できないように、周囲の人々は一瞬だけその場に固まった。
だが、誰も悲鳴を上げなかった。
顔を背ける者もいない。ブラウン管の頭が、ほんの一瞬だけ砂嵐を揺らしたくらいだ。
門番らしき獣頭の男は、銃を肩に担ぐと、倒れた男を道の脇へ引きずりながら怒鳴った。
「次! 入場料を払え! 死体は持ち込むな!」
撃たれた男の連れらしい女が、地面に膝をついていた。彼女は動かなくなった男を見つめたまま、震える手を伸ばしている。
門番は彼女にも銃口を向けた。
「お前も払え。二人分だ」
「でも、この人は……!」
「死んだ奴の分まで払えと言っている。聞こえなかったか?」
女は震える手で財布を取り出した。指先についた汚れが、財布の革に不規則な跡を残す。
周囲の列は、何事もなかったように少しずつ前へ進んでいく。誰かが男のいた場所を跨ぎ、誰かがそこを踏んで、乾いた地面に靴跡が点々と続いた。
ジェスはその光景を眺め、感心したように呟いた。
「すげえな。死んでも金取られんのか」
「死後の世界も世知辛いね」
「生きてるうちに使い切っとこ」
「賛成。使うほど、金ないけど」
「悲しい事言うなって。事実だけど……」
二人は列の最後尾についた。
クロウはサングラスを直し、残り一本のタバコが入った箱をポケットの奥へ仕舞い直す。
ジェスは空の酒瓶を振り、まだ一滴くらい残っていないか確かめた。
もちろん、何も出なかった。
「なあ、クロウ」
「何?」
「ここ、当たりだと思う?」
クロウは門の上の看板を見上げた。
楽園。
随分と大きく出たものだ。
「当たりの街より神様探した方が早いっしょ」
彼女は片方の口角を上げた。
「まぁでも。少なくとも、退屈はしなさそう」
門の向こうから、酒と油と煙の匂いが漂ってくる。
二人はそれを嗅ぎながら、順番が来るのを待った。
明日どうなるかなんて、誰にも分からない。
今日だって、朝にはシカ頭が人間を食っていて、昼には身分証を求める機械が爆発し、夕方には入場料を払えない人間が撃たれた。
ろくでもない一日だった。
けれど。
「酒、楽しみだな」
ジェスが言った。
「タバコもね」
クロウが答えた。
二人は笑った。
それだけで、今日という日は少しだけマシになった。
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