男は目を覚ます。
ゆっくりと開かれた目蓋、瞳が映すその景色は相変わらずゲームのデータとは思えない程鮮明で綺麗である。
手をグーパー、グーパーと握ったり開いたりする。
掌は自身のアバターの影響で肉球となっている。その為、たまに爪が伸び縮みする。
「ここは……草原だな? 」
男……いや、雄猫と表現した方が適切だろうか? ……が静かに呟く。
辺り一面にあるのは、草原とか、精々巨木が1、2本程度、あと巨岩が数個。
悪くない。と雄猫はニンマリと笑みを浮かべる。
メニュー画面を呼び出す動作、掌に強く念じ、ポップアップのような窓を展開した。
そして、右上に表示されている録画マークのボタンを押す。
「はーいどうもどうも、みなさんこんにちは! こんばんは! 今日からね、待ちに待ったアルコーンストラテジーの正式サービスリリース日でしてーえー早速遊んで行くわけなんですけども……」
雄猫は身振り手振り大袈裟に動かしながら、ペラペラと語りはじめる。
「テストプレイで出来る範囲内のコンテンツはノータッチで行きますよー、だってみんな内容既に知ってるでしょ? それと今回は完全ソロです! マルチサーバーには入ってませんよ〜? ほら〜」
と、可愛らしい髭を揺らしながら、ウィンクを決める。
自分の視線と録画している画面がリンクしているため、ゆっくりと焦らすように辺りを見渡していく。
アルコーンストラテジー。
一人称視点のサンドボックス系で、初作は十数年前にPCゲームとして発売されている。
『何でも出来る、何をしてもいい』というキャッチコピーと共に現れた新時代のゲーム故に、熱狂的なファンも多い。
実際、何でもできてしまうのが驚きで、家を建てたり、畑を耕したり、現れるモンスターを武器で倒したりと当時であり得ないぐらい自由で爽快なゲームであった。
今回、定期的に訪れるミッドナイトの大型アップデートによって、大型のサンドボックスゲームであるアルコーンストラテジーが自分の身体で体験できるようになった。
「ん〜〜おや」
雄猫が眉をひそめて、指をさす。
「あそこに見慣れない……人型モンスター? NPC? がいますね」
雄猫が指摘している者は、人間の姿をしたNPC……? のような人物で、辺りをキョロキョロと見渡している。
まるでこの世界に慣れていないかのように。
雄猫は疑問に思いながらも謎の存在に近づく。
「え〜、多分NPCだと思うんですけど、以前のベータで居ませんでしたね……」
NPCは、ボロボロのシャツと短パンの上から古臭い布切れを纏っており、口元が黒い布マスクで隠されている。
背丈から推測すると大体十代くらいだろうか?
雄猫は興味本位でそのNPCに挨拶を交わそうと試みる。
「えーこんにちは、ハロー? 君は誰なの」
「……」
「もしもーし? 」
NPCは雄猫の呼びかけに応じず、黙って辺りをキョロキョロと見ているだけである。
雄猫はもう一度、強めに問いかける。
「おーい前見ろ、前」
「……まさか、喋っているのはお前なのか? 」
「あーうん、そうだけど」
雄猫が淡々と答えると、NPCは絶句の表情を浮かべた。
__おかしい、アルコーンストラテジーのNPCでこんな表情豊かな奴はいなかったはずだ。
雄猫は情報にないNPCの動作に驚愕しつつ、質問をする。
「んーと、きみは誰? ここソロサーバーのはずなんだけど、もしかして俺間違えてマルチサーバーに入っちゃった……? 」
「そろ、まるち……というか……猫が喋っているだと……」
「いやそこかよ」
雄猫にとっては今更過ぎるNPCの驚愕していた理由にずっこける。
と、同時に、ミッドナイト版のアルコーンストラテジーはPC版よりも遥かにアップグレードをしているという事実に歓喜していた。
というか、そもそもここまで受け答えが出来る時点で彼はNPCではないのだろう。
それにしても、雄猫の見た目の反応があまりにも今更過ぎるのだが。
雄猫は念の為、説明をする。
「えー、もしかしてミッドナイト始めて利用する? この姿ね、俺が自分でスキンをカスタマイズしたの。だから猫みたいな姿してるわけね」
「みっどないと……」
「さっきから君挙動不審だけどどうしたの? NPCと間違えて話しかけちゃったけど」
雄猫がペラペラと語っている最中に、NPCと間違われたプレイヤーは、額を押さえ、苦しみだした。
「わからない……日本に来て……目が覚めたらここにいたんだ」
「んー……これは多分ミッドナイトとのリンク時による記憶混濁っぽいな、おけ」
雄猫は、記憶喪失のプレイヤーの手をひいて、近くの浅い洞窟へと入った。
ミッドナイトは、人間の五感を繋げる際に、微弱な電波を誤キャッチしてしまう可能性がある。
この目の前のプレイヤーも恐らくその一人である。
雄猫は、モンスターが襲ってこない、かつ仮に襲われても対処が可能な場所である浅い洞窟を選び、近くの岩場に腰掛ける。
「覚えてるところ、最初っから話してみようよ。なんか分かるかもよ」
「覚えてるところ……」
記憶喪失のプレイヤーは、同様にその辺の鋭くない岩に背もたれ、ポツポツと語り始めた。
「俺の名前は……フリオ。母国の為に戦い続ける戦士」
「んんんんんんごめん待ってくれ」
「なんだ」
「母国? 戦士? お前厨二病かなにか? 本当に記憶失ってる? 」
「……どういう意味だ」
「まあいいや、とりあえず話進めてよ」
予想外の答えが返ってきた。
何を語るのかと思いきや、自身を戦士と呼ぶ人間と出会ってしまったのだ。
雄猫は訝しんでしまった、何故ならこういう記憶喪失ごっこしてこの世界を遊ぶというロールプレイを行う人間の類なんじゃないかと。
しかし、決めつけるのも良くない為、最後まで話を聞くことにした。
「ある日、弟が銃弾を負ってしまったんだ。俺の5歳下の弟だ。母国の医術と設備では、完治させる事は不可能だった。弾が身体の中に残っているんだ」
「……」
「弾を取り除く為には、日本じゃないと不可能だと聞かされた。だが俺の持っている全財産では到底不可能だった。そこで俺の兄貴分の男の手配で、ある条件をのむなら、弟は日本で治療を受ける事ができる……」
「なるほど……」
それを聞いた雄猫は、フリオに対して見る目が変わった。
変な奴から、可哀想な奴、と。
話を聞いた感じ、随分と設定を拘っているらしいが、それでも雄猫からすれば中々小っ恥ずかしく感じてしまう。
「それで……船に乗って……すまない、そこから思い出せない」
「そっか、分かった。ちなみにミッドナイトとアルコーンストラテジーに関しては何か知ってる? 」
「すまない、どちらも知らない」
「んー……」
何故こいつは、弟が危機的状況なのに呑気にゲームをしているのだろうか。
雄猫は突っ込みたい気持ちを抑えながら、次々と質問をしていく。
しかし、返ってくる答えは全て思い出せない、分からないの一辺倒。
__はは、話しかけるべきじゃなかったか。
雄猫は、自分の多少の善意を無下にされた事に、ため息を付いて飽きるしか無かった。
フリオは、すっと洞窟の出口へと出た。
「すまない、もう行くよ、話を聞いてくれてありがとう」
「ああ、うん、帰るの? 」
「帰る……帰れるのか!? 」
「え、ログアウトするんだよね」
「ろぐ……あうと」
「窓開いてみ」
雄猫はそう言うと、メニュー画面を呼び出す動作を記憶喪失のフリオに教える。
同じような動作をぎこちなく行い、メニュー画面を呼び出した。
「ほら、右下にあるでしょ、ログアウトボタン」
「……」
「本当は記憶混濁状態で帰ると、現実世界にも何かしら影響があるらしくてさ、帰したくは無いんだけど、まあもう自己責任って事でおつか」
「ないぞ」
「れ……はい? 」
「ログアウトボタン、ないぞ」
なんのこっちゃ、と雄猫は急いで自分のメニュー画面を呼び出す。
様々な欄が目の前で出現するが、フリオの言っていた通り、ログアウトボタンが消失していたのだ。
「……まじかよ」
「なあ、どうやって帰るんだ? 」
「あー待て待て待て、落ち着け、大丈夫だ安心しろ、俺が帰らしてやるよ」
雄猫は冷や汗を流し、物凄く慌ててしまう。
ログアウトボタンの消失、即ち現実世界に戻ることが出来ない。
ミッドナイトは、長時間……少なくとも2日以上リンクしていると、警告音が流れてそのまま自動的に現実世界へと帰されるシステムが組み込まれている。
現実世界の自分は、ミッドナイトとリンクしてる間、全くの無防備であり、何も出来ない。
要するに食事を取ったりする事が出来ない。
その為餓死対策としてミッドナイトの運営が導入した強制ログアウト機能を待つまで、今から約二日以上もアルコーンストラテジーで滞在しなければならない。
それだけは避けたい。
何故なら雄猫には日々を生きるための収入源、バイトがあった。
「よし、じゃあ運営に問い合わせてみよう」
「問い合わせる? 」
「そう、アルコーンストラテジーの運営と、ミッドナイトの運営の問い合わせ画面を……」
雄猫は説明しながら、自身のメニュー画面にも問い合わせ画面を呼び出した。
しかし、そこに記載されているのは『NotFound』の文字のみ。
「できないぞ」
「……ならば、お手上げです」
雄猫はがっくしと肩を落とした。
「待てよ……俺と君がいる、プレイヤーが二人もいるってことは、ここはマルチサーバーで、もしかしたら他にも人がいるかも……」
「いるのか? いたとして何をするんだ」
「重要なのは人じゃないんだ、マルチサーバーって事はサーバーの管理元がいるはず、そんでミッドナイト版はまだプレイヤーだけでサーバーを建てることが出来ない、つまり運営がサーバー主で、この非常事態を見つけやすい……っていう希望的観測を言ってみたり」
雄猫はへへへと気持ち悪い笑みを浮かべながら、フリオに対してリアクションを求めた。
「なあ」
「ああ、はいはい、ごめんなさいね俺だって正規のミッドナイト手に入れたの一年くらい前でそんな詳しくな」
「ちがう、これ」
とフリオは右腕を雄猫の前につきだした。
フリオの右腕は、手首から上がポリゴンの欠片となって消えている。
「ファッ!? 」
「な、なあ、なんだこれ、俺消えるのか? 」
フリオの身体がどんどん白い光に包まれていく。
雄猫が何か言おうとした瞬間、自身にも同じ現象が起きていることに気がつく。
「あーヤバイヤバイヤバイ!! 」
「な、なあ! これどうやってとめるんだ!! 」
「し、知らないよそんなの!! 」
お互いに焦りに焦って、その辺をジタバタと暴れて何とか消失から逃れようとする。
しかし、残酷にも、止まることはなく、むしろ消えていくスピードがどんどん速くなっていく。
「ちょ、ま」
「くっ!! 」
二人が何か言いかけた、その直後、光は完全に二人を飲み込む。
やがてそこに残ったのは、二人がいた痕跡、岩場に微かに残った温もりだけ。
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