ギルド『ウィンドーズ』が結成されてから間もなく、キャットたちは拠点の中で、今後の行動方針について話し合っていた。三人が揃ったとはいえ、現状は決して恵まれているとは言えない。雨風をしのぐための建物こそ完成しているものの、生活に必要な道具は乏しく、戦闘に使える装備もほとんどない。ゲームの最終目標であるガルドノアドラゴンの討伐を目指すにしても、まずは足元を固める必要があった。
「とりあえず、今の問題点を整理するぞ。まず一つ目、木材の不足。二つ目、食料の安定供給。三つ目、水分を手軽に補給できる道具と、その他の道具の作成。最後に、武器と防具の確保だ」
キャットは地面に石で簡単な箇条書きを書きながら、順番に説明していった。フリオは腕を組み、スミレは帽子のつばを指先で押さえながら、真剣な面持ちでその内容を聞いている。
「こうして並べてみると、やることが多いな……」
「まあ、サバイバル系のゲームなんて、最初はこんなもんだ。問題は、何から手をつけるかってことだな」
キャットは書き出した項目を眺め、前足で木材の文字を叩いた。
「やっぱり、何をするにしても木材が必要になる。道具を作るにも、拠点を拡張するにも、ほかの素材を加工するにも使うからな。けど、木材を集めるには、食料と水分を確保しながら動かなきゃならない。ゲージが枯渇しかけた状態で無理をすれば、作業効率が落ちるどころか、敵に襲われたときに対処できなくなる」
「では、先に食料を確保するべきではないのか? 」
フリオの指摘はもっともだった。だが、キャットは首を横に振る。
「食料の確保はもちろん大事だ。だけど、今の俺たちには食料を安定して生産するための道具も、木を効率よく切るための斧もない。だから、まずは斧を作る。それも、できるだけ丈夫で長持ちするやつをな。そのうえで、食料の供給手段を確立する。これが今の最優先事項だ」
「なるほど……。道具を作るための素材を集めるにも、道具が必要というわけか」
「そういうこと。だからこそ、最初の道具選びは慎重にやらないとな」
すると、それまで二人の話を聞いていたスミレが、おずおずと手を挙げた。
「あの……。木材を集めるだけなら、私のファイアーを使う方法もあると思うんですけど……」
「ファイアー? 」
「はい。木に向かって火炎球を何度も当てれば、少しずつ削れていくんじゃないかなって。時間はかかると思いますけど、道具がなくても木材を手に入れられるかもしれません」
なるほど、魔法を使った伐採か。キャットは一瞬だけ考え込んだ。たしかに、今ある手段だけで木を加工できるなら、道具が揃うまでの代替案としては悪くない。
しかし、すぐに彼は首を横に振った。
「いや、それは最終手段にしよう」
「えっ、どうしてですか? 」
「ファイアーで木を削った場合、普通に伐採したときより手に入る木材が少なくなる可能性があるんだ。ゲームによっては、火で燃やした木は素材としての価値が落ちるからな。アルコーンストラテジーでも、そういう仕様になっている可能性は十分ある。今は一本でも多く木材が欲しいんだ。せっかくの魔法を、わざわざ効率の悪い方法に使う必要はない」
「そ、そうなんですね……。分かりました」
スミレは少し残念そうに頷いたが、すぐに気を取り直した。魔法を覚えたばかりで、何かに使ってみたいという気持ちが先走ったのだろう。キャットもそれを責めるつもりはなかった。むしろ、限られた手段の中から別の方法を考えようとしたこと自体は評価できる。
「斧については、素材を組み合わせれば何とかなるはずだ。問題は、食料のほうだな」
キャットがそう言うと、フリオは二人を交互に見た。
「そこが聞きたい。斧を作って木材を集めるのはいいとして、肝心の食料はどうするんだ? このまま木の実や魚を探し続けるのでは、安定供給とは言えないだろう」
その質問を受けた瞬間、キャットとスミレは顔を見合わせた。そして、まるで示し合わせていたかのように、ぴたりと声を揃えた。
「「アレしかない」」
「……アレ? 」
フリオが眉をひそめるなか、スミレは自分のアイテム欄を開き、そこからいくつかの小さな袋を取り出した。袋の中には、形も大きさも異なる植物の種が入っている。
「これです! 」
「……種か? 」
フリオは差し出されたものを見つめた。中身はタイ米、トウモロコシ、そしてホウレンソウの種だという。
それを確認したキャットは、思わず前足を握り締め、力強くガッツポーズを決めた。
「よしっ! これで勝ち筋が見えたぞ! 」
「えっと……つまり、農作業をするということか? 」
「その通りだ、フリオ! 食料を探し回るだけじゃ、いつまで経っても安定しない。だったら、自分たちで育てればいいんだよ! 」
フリオも一応は納得した様子だったが、すぐに難しい顔になった。
「いや、言いたいことは分かる。だが、今から種を植えたところで、収穫できるまでどれだけかかるんだ? それまでの食料はどうする? 」
「普通の農業なら、確かにそうなるな。でも、ここはアルコーンストラテジーだ」
キャットは得意げに尻尾を揺らしながら、スミレの持つ種へと視線を向けた。
「このゲームは、一日の時間が現実より大幅に短縮されているだろ? それに合わせて、植物の成長速度も早くなっているんだ。例えばタイ米は、現実なら収穫までに約四ヶ月かかるけど、このゲームでは二日、つまりゲーム内時間で四時間ほどあれば収穫できる。もちろん、必要な水やりをきちんと行うことが前提だけどな」
「四時間で収穫できるのか……。それなら、確かに現実的だな」
フリオの表情に、ようやく希望の色が浮かんだ。
「それだけじゃない。なかでも、ホウレンソウは序盤において非常に優秀な作物なんだ。太陽が出ているうちに種を植えて、水やりをしてやれば、なんと約四十五分で収穫できる! 」
「四十五分!? そんなに早いんですか! 」
スミレも自分で持ち出した種の価値を改めて認識したのか、驚いたように声を上げた。
「ああ。タイ米やトウモロコシは後々の食料源として育てておく価値があるけど、今すぐ食料を確保したいならホウレンソウが最適だ。育てる場所と水さえ用意できれば、序盤の食料事情を一気に改善できる可能性がある」
「なるほど……。だったら、急いで畑を作ろう。太陽が出ているうちに植える必要があるんだろう? 」
「そういうことだ。善は急げ、だな! 」
三人はすぐさま行動を開始した。
早朝。拠点の周囲を見回った彼らは、川の水を汲みやすく、なおかつ建物からも近い場所に目をつけた。水やりのたびに長い距離を移動していては、それだけで時間も体力も消費してしまう。食料ゲージと水分ゲージが減っていくこの世界では、移動の手間を減らすことも重要な工夫の一つだった。
「ここなら、川も近いし、拠点からもすぐ戻れる。畑にするなら悪くない場所だな」
キャットが地面を確かめながら頷く。フリオは周囲の草を取り除き、スミレは種の入った袋を大事そうに抱えて待機していた。
問題は、土を耕すための道具だった。
「クワが必要なんだよな……。となると、また木材か」
「さっきの話だと、道具を作るにも木材が必要なんですよね? 」
「そうだ。だから、今ある分を使うしかない。畑は一度作ってしまえば、何度も利用できるからな。ここは惜しまず投資するところだ」
キャットは残っていた木材を取り出し、必要な素材と組み合わせてクワを作成した。手持ちの木材が減ることには少なからず抵抗があったが、食料の安定供給を実現するためには、ここで出し惜しみをするわけにもいかなかった。
完成したクワを使い、三人は地面を耕していく。もっとも、もともとの土地は農業に適した土壌というわけではない。石や草の根が混じり、土の状態も決して良好とは言えなかった。それでも、何もしないよりはずっといい。時間をかけて土をほぐし、どうにか種を植えられるだけの耕地を確保した。
「よし、こんなもんか。あとは種を植えて、水をやるだけだ」
「ホウレンソウだけでいいんですか? 」
「いや、せっかくだからタイ米とトウモロコシも植えておこう。今すぐ収穫できるのはホウレンソウだけど、ほかの作物も育てておけば、あとで役に立つ。長期的な食料供給も考えておかないとな」
キャットの指示に従い、スミレがホウレンソウの種を植え、フリオがタイ米とトウモロコシの種を植えていく。最後に、三人で川の水を汲み、耕地全体に丁寧に水を撒いた。
畑と呼ぶには、まだあまりにも小さな土地だった。土も不揃いで、整然と並ぶ畝ができているわけでもない。それでも、自分たちの手で作った農地には、確かな手応えがあった。
「これで、うまく育ってくれればいいんですけど……」
スミレが不安げに呟く。
「大丈夫大丈夫。必要な条件は満たしているはずだし、あとは成長を待つだけ。もちろん、放置するんじゃなくて、こまめに水やりをする必要はあるけど」
キャットはそう答えながら、畑を一通り眺めた。これで食料問題が完全に解決するとは限らない。作物が予定通りに育つ保証もないし、敵に畑を荒らされる可能性だってある。それでも、何もないところから一歩前進したことは確かだった。
そして、ゲーム開始から一日目の夕方。
「……おい、そろそろ収穫できる頃じゃないか? 」
畑の様子を確かめに来たフリオが、ホウレンソウの葉を見て声を上げた。朝には頼りなかった芽が、今ではしっかりと葉を広げ、収穫できるほどに育っていたのである。
「おおっ! 本当に育ってる! 」
スミレが目を輝かせて駆け寄る。キャットも期待に胸を膨らませながら、収穫可能になったホウレンソウをアイテム化していった。
結果は、予想以上だった。
収穫できたホウレンソウは十株。そして、次の栽培に使える種も五個手に入ったのである。
「十株か……。よし、十分だ! 」
キャットは収穫物を確認し、満足そうに頷いた。
「一人のプレイヤーが一日に必要とする食料は、だいたい二株分。それを考えれば、十株あれば三人で食べても、ある程度は余裕ができる。しかも、種が五個残ったなら、次の栽培にもつなげられる。これを繰り返していけば、食料を探し回る時間をかなり減らせるはずだ」
「なるほど……。食料を探すために動き回るのではなく、食料が育つ環境を作るということか」
フリオは収穫したホウレンソウを眺めながら、感心したように呟いた。
「そういうこと。もちろん、これだけで何もかも解決したわけじゃない。まだ木材も足りないし、武器も防具も必要だ。水を運ぶ道具だって作らなきゃならない。だけど、少なくとも食料については、これで大きな一歩を踏み出せた」
「やりましたね、キャットさん! これなら、もう食べ物に困らなくて済みそうです! 」
スミレは嬉しそうに笑った。先ほどまで空腹と渇きに追われていた彼女にとって、目の前の収穫は何よりも心強い成果だったのだろう。
キャットもまた、喜びを隠しきれなかった。ゲーム開始からわずか一日。まだ装備も整っていないし、攻略の道筋も見え始めたばかりだ。それでも、知識を活かし、仲間と協力し、限られた資源の中から確かな成果を生み出せた。
小さな畑に並ぶ緑の葉を見つめながら、キャットは静かに確信した。
この世界で生き残るために必要なのは、強い武器だけではない。知恵と工夫、そして、それを実行できる仲間がいることなのだ。
ウィンドーズは、最初の難題を一つ乗り越えた。
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