退院当日。
荷物を積め終わったあたしはベッドのテーブルに小さなコマが置いてあるのに気が付いた。誰のだろう? そう思いながらそれを手に取ると指を鳴らすように回した。クルクルと安定したコマは永遠に回り続けそうだった。
「明日さ。花見でもしない?」
すると後ろで外を眺めていた陽南がそう提案した。
「花見したい。いいね。あっ! 僕、陽南姉のお弁当食べたい」
「いいよぉ。じゃあちゃんと手伝ってね」
「はーい」
二人のやり取りを聞きながらあたしの中に一つ疑問が浮かぶ。
「今ってそんな季節だっけ?」
「蓮はずっと眠ってたからね。季節感覚がちょっとズレてるんじゃない?」
振り返った陽南はそう思うのも無理はないと言うように微笑む。
あぁ、そうか。あたしは百七十日も寝てたんだ。季節ぐらい変わるか。
「そういえば陽南はどれぐらいこっちにいるの?」
だがあたしの言葉に陽南の顔は心配そうな表情へと変わった。
「どういう意味?」
「だって陽南は海外から……」
陽南の顔を見ていると自信がどんどんなくなっていき言葉は最後まで出なかった。
「海外なんて行ってないわよ? ちょっと前から三人で一緒に暮らしてるじゃない」
「蓮姉ぇ大丈夫?」
「あれ?」
じゃあアレは夢だけの話? どこからが夢でどこまでが現実? 分からない。頭がこんがらがってきた。
「まだちょっと整理がついてないみたいね」
「うん。そうかも」
そんなあたしの背に手を回した陽南は反対側の腕を掴み体を引き寄せた。
そしてそのまま窓際まで導くように歩く。ガラスの向こうでは桜が風に揺られ花弁を美しく舞い散らしていた。
「慌てないでゆっくり戻していこう。一緒にね。時間は沢山あるんだから」
「うん」
「僕も手伝うよ」
あたしの隣に来た桃奈は陽南のように背に手を回した。
「ありがとう」
目覚めるまで見ていた夢も今と何にも変わらないほどに現実味があった。正直言うと夢って言われないと分からない程に。その所為でまだ少し記憶に区別が付けきれてない。だけどあの夢よりは今がいいかな。だって事故にあったのがあたしだったから。何より桃奈を助けられたから。
すると病室のドアが開き先生が入って来た。その音にあたし達三人は一緒に振り返る。
「菊田さん。調子の方はどうですか?」
「はい。おかげさまで大丈夫です」
「それは良かった。それでは退院おめでとうございます」
「ありがとうございます。お世話になりました」
そしてあたしは荷物を手に取った。先に歩き出した陽南と桃奈はドアを開いてくれている先生に一言お礼を言って病室を後にしていく。
二人の後に続こうとしたあたしはふとテーブルの上へ視線を向けた。そこにはまだ勢いそのまま回り続けるコマ。
「蓮? 行くよー」
「あっ、うん」
陽南の声にあたしは歩き出した。
実は目が覚めてからずっと心の端に疑問が一つ、影からこちらを覗いているような感覚があった。それは多分、現実だと思い込んでいた夢を見ていたせいだと思う。その疑問の所為で少し不安はあるけどあんまり気にするべきじゃない。
今はそう思う。解決というかこの疑問が消えるのも時間の問題だと思うから。だって考えたって仕方ないじゃん。
―――今が現実か夢かだなんて。
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