―――桃奈が眠りについてから百七十日目。
この日もあたしは病室にいた。
運動不足による身体的な衰えこそあれどその他に異常は見当たらない。先程先生と少し話をしてきたがそう言っていた。それとこれは可能性の話らしいけど、起きないのは眠っている本人の潜在的な意識によるものかもしれないとも。
桃奈は自分の意志で眠り続けているのか? あたしがそう尋ねると、何の根拠もないただの可能性の話だと念を押すように返された。
でももし本当にそうなのだとしたら――。
「もう起きたくない程に嫌なことでもあったの?」
返事は返ってこないと知っていながらそう呟き桃奈の柔らかな頬に触れた。
実は最近、といっても一ヶ月ほど前からだけどベッドで眠る彼女に変化があった気がする。確証はない。でもどこか少し笑みを浮かべているように見える。少し口角を上げたその表情は嬉しそうだ。
桃奈は何を思い、どんな夢を見ているのだろうか? それは理想が詰まった楽園のような世界なんだろうか……。
「そういえばあの日、桃奈とも本当に久しぶりに会って遊んだよね。あたし達三人共、大人になってめっきり会えなくなった。昔はあんなに一緒にいたのに……。何だか……寂しいよね。ずっと昔みたいに一緒に居られたらいいのに……」
人間は誰しも現実とは違う理想を持っているのかもしれない。そんな世界に一度でも身を置いてしまえば戻りたくないと思うのも、もしかしたら自然のことなのかも。例えそれが夢だったとしても。
「折角、幸せ一杯なのに。そんな世界からあたしが会いたいって理由だけでこんな現実へ連れ戻そうとするのは、我が儘なのかな?」
その答えは分からない。だけどまた話したり一緒に遊んだりしたいって気持ちは確か。
あたしは少し複雑になった気持ちのまま立ち上がった。そして桃奈の顔を覗き込む。
すると突然、本当に何の前触れもなく。桃奈の瞼がそっと上がり、瞳は光を受け入れた。眠たそうな双眸をキョロキョロとさせ周りを見て――あたしと目が合うと少し首を傾げる。
「蓮……姉?」
「桃奈!」
あたしは突然のことで驚愕と喜悦が混沌としながらも気が付けば桃奈を抱き締めていた。彼女に回した腕で想いを込めるように力強く抱き締める。
そして遅れてやって来た泪を大人げなくぼろぼろと流しながら咽び泣いた。
「どうしたの?」
そんなあたしに戸惑いを隠せない様子の桃奈。あたしは彼女から離れると泪を拭き落ち着きを取り戻しながら説明をした。事故で長い間眠っていたこと。
話を聞いた桃奈の表情からは「冗談でしょ?」という言葉が聞こえてくる。だけどあたしの顔を見るとそんな表情も消えた。
だけどまだ信じ切れてはいないようだ。それも当然だろう。目を覚ましたら「実は君は事故で百七十日間眠っていました」なんて言われても「はいそうですか」と受け入れられるはずがない。今の桃奈には時間が必要だ。
あたしはとりあえず先生を呼んだ。
そして先生が説明をしている間に陽南へ連絡。その間もずっと嬉しさのあまり笑みを浮かべてたことは言われなくても分かる。
さっきの反応でも見て取れたがどうやら桃奈は事故とその直前の事を覚えていないらしい。でもあたしと遊びに行こうとしてた事とかそれ以前のことは覚えているらしいからそこに関してはホッとしてる。
それと今後だが、とりあえず念の為に検査をして問題が無ければ退院。という形になった。見た感じは元気そうだったが問題がないとは言い切れない。あたしはただただ何もないことを願った。
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