南の四天王➖➖リゼルカの城。
崩れた城門を抜け、カヅチとル・セポネは城の中へ入っていく。
そこでは、氷の羊の魔獣や、氷の鱗を持つ爬虫類の魔獣たちが、崩れた壁や柱を少しずつ修復していた。
皆、黙々と作業を続けていた。ここに残された傷跡は、まだ修復の途中だった。
「あっ、魔王様!お疲れ様です!」
一匹の魔獣がセポネに気づき、慌てて気をつけをして頭を下げる。
「よい。なおれ」セポネが手を振る。
「それで報告通り…あれからリゼルカは相変わらずか?」
「…………はい。ずっと玉座の間におられます。近寄れば我々でも氷漬けに…」
魔獣の表情が曇る。
「うむ……分かった。ありがとうな」
その時だった。
「……ん?ま、魔王様…後ろにいるのは…」
魔獣の一匹が、セポネの後ろにいるカヅチへ視線を向ける。数秒の沈黙。
「……あぁぁぁぁぁっ!!」
突然、魔獣が叫んだ。
「魔王様っ!!こいつ……こいつ転生勇者ですよっ!!こことリゼルカ様をめちゃくちゃにした!!おいっ!みんな構えろっ!!」
周囲の魔獣たちが一斉にカヅチを見る。
槍を構える者。剣を抜く者。魔法を発動させる者。
「勇者だ!!」
「こいつが……あの勇者か!!」
「いやぁ……まあ……そうなんだけど……俺めっちゃ嫌われてる…?」
カヅチは苦笑いを浮かべる。
「やめい!!こやつは“元”勇者じゃ!」
セポネが片手を上げる。
その一言で、魔獣たちの動きが止まった。
「も……元?ですか?」
「そうじゃ!妾にボコボコにされて、今は魔王城の清掃員兼…… 妾の“玩具”として生きておる」
ル・セポネはカヅチを見る。
カヅチの顔が引きつった。
「……あはは、そうです…」小さく呟く。
(……俺って“玩具”だったんだ……)
セポネは何事もなかったように続ける。
「昔のことは水に流してやってくれ」
魔獣たちは互いに顔を見合わせる。
「……魔王様がそうおっしゃるなら……」
やがて、一匹、また一匹と武器を下ろしていく。
「みんな、ご、ごめんね……。痛かったよね…」
カヅチも申し訳なさそうに頭を下げた。
その言葉に、魔獣たちは何も答えなかった。
セポネはそんなカヅチを横目で見る。
「よし。行くぞ」
「え?城、直さないんですか?」
セポネはその場で着ていた体操着を脱ぎ、いつもの魔王の服へと着替える。
そしてカヅチに渡し、体操着を畳ませる。
(くぅぅぅ!汗が目に染みる…。何でこの匂い嗅ぐとドキドキするんだ…。くそっ!癖になる)
カヅチは無意識に体操着に顔を埋める。
セポネはそんなカヅチを無言で見つめる。
カヅチに小さく呟くセポネ。
「……おいっ…それお主にやるから…部屋でゆっくりやれ!人前でやるな…」
「はっ……失礼しました…」小さく呟くカヅチ。
セポネはマントを翻し、表情を引き締める。
「城の修理と掃除は後回しじゃ。まずはリゼルカの様子を見る。行くぞ!」
「えっ、あ、はい」
二人は城の奥へと進んでいく。
◇◇◇
やがて、玉座の間の前へ辿り着く。
「「…………」」扉は完全に氷に覆われていた。
分厚い氷が扉を固定し、取っ手すら凍りついている。
セポネがドアノブを握りガチャガチャと回すが回らない。
「回らんな…鍵をかけておるのか?」
もう一度。ガチャガチャ。
「…………開かんな」
「いや、そりゃバキバキに凍ってますから……」
セポネは無言で扉を掴む。
「生意気じゃなっ!腹立つ!!」
その瞬間、バキバキバキッ!!扉が丸ごと外れた。
「よし。開いたぞ!」
「うん……“開けた”……ね」
「うるさい!行くぞ!」
「はい。」
セポネは外した扉をその場に立てかけ、ズカズカと玉座の間へ入っていく。カヅチも後に続く。
「「…………」」
中は言葉も失うほど一面の氷だった。
床も、壁も、柱も。天井から伸びた氷柱が、鋭い牙のように並んでいる。
その中央。氷に覆われた玉座に、一人の女性が座っていた。
南の四天王……リゼルカ。氷の魔族。
透き通る様な肌に、ショートカットの青い髪。目はどこか虚だった。
リゼルカは手のひらを見つめている。
そして……。ふわり。その手のひらから小さな氷の花が生まれた。リゼルカはそれをじっと眺める。
そして、空へ投げる。氷の花が、キラキラと舞い落ちる。ひとひらの花弁が、床に触れる前に砕けて消えた。
凍てついた玉座の間で、リゼルカはそれを何度も繰り返す。まるで、目の前の光景だけが彼女にとって唯一の慰めであるかのようだった。
その光景を、カヅチとセポネは黙って見つめていた。
そして……リゼルカが、気付きこちらを振り向いた。カヅチと目が合う。その瞬間。
「…………っ」リゼルカの顔が恐怖に歪んだ。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
頭を抱え、玉座から転げ落ちる。
「勇者!!勇者!勇者!!いやぁぁぁぁ!!」
身体を震わせながら、必死に後ずさる。
その目に映っているのは、今ここに立つカヅチだけではないのだろう。リゼルカの意識は、あの日の恐怖へと引き戻されている。目の前の相手が何を言おうと、逃げること以外、考えられなくなっていた。
「もういやっ!!何で!?何でここにいるの!?あっち行ってよぉぉぉ!!」
カヅチの呼吸が一瞬止まった。
セポネも、静かにリゼルカを見つめる。
そしてカヅチをゆっくりと見る。
「……カヅチ」
「……はい」
「生き返らせることは、妾にはできる。だが……壊された心までは治せん。……お主、リゼルカに何をした?」
ル・セポネは拳を握る。カヅチは少しだけ視線を逸らす。
「……何を、って……」苦笑い浮かべる。
「千日分の悲しみを……見せた、かな?」
ル・セポネの顔が引きつる。
「お主……おっそろしいことするのぉ」
「…………すみません」
「これを治せるか?」
カヅチはリゼルカを見る。
ガタガタと震えて怯えている。
自分を見るだけで、あの日の恐怖へ引き戻されてしまう。
「……治したことは、ないです」
「ない?」
「はい。……みんな、死んじゃうから」
一瞬だけ、カヅチの表情から笑みが消える。
「でも……」カヅチは自分の手を見る。
「俺の能力って、喜怒哀楽を好きなだけ見せられるんですよ。だったら……喜と楽を、同時に見せれば……もしかしたら、何か変わるかもしれない」
確かな方法などない。自分が与えた恐怖を、別の感情で塗り替えられるのかも分からない。
それでも、何もしないまま立ち尽くすことだけはできなかった。
セポネはリゼルカを見る。
「可能性があるなら…………やってみろ」
「はい」
カヅチは頷き、ゆっくりとリゼルカへ近づいていく。
「リゼルカさん……」
「…………っ!」
カヅチの声でリゼルカの身体が震える。
「大丈夫です。俺はもう……」
一歩、一歩と近づく。その瞬間。
「いやっ!………来ないで!近づかないで!!」
リゼルカの瞳が赤く光った。
「……え?やばっ!!」
その瞬間、手のひらへ猛烈な冷気が集まっていく。
バキバキバキバキッ!!床が凍り、周囲の氷が刃に変わり一気に広がりカヅチに集まる。
「来ないでぇぇぇぇぇっ!!」
「カヅチ!!」セポネが瞬時に動いた。
カヅチの身体を抱きかかえ、その場から飛び退く。
ズドォォォォォン!!
次の瞬間。カヅチが立っていた場所が、一瞬で氷に覆われた。
カヅチは目を見開く。
「…………今の……やばかったぁ…」
「【絶対零度】じゃ」
セポネはカヅチを下ろしながら、鋭い目でリゼルカを見る。
「気を引き締めろ……死ぬところだったぞ」
「……ありがとうございます」
カヅチは箒を握り直す。
リゼルカの瞳は、未だ赤く輝き、口から白い息を吐き出す。
「私に………近付くな……」
セポネが、ニヤリと笑った。
「くっくっく!リゼルカめ!どうやら……妾のことも忘れてるようじゃの…カヅチ、リゼルカとの話し合いは、後のようじゃな」
「……はい」
セポネが一歩前へ出る。
カヅチも箒を構える。
そのセポネの背中から、先ほどまでの軽口は消えていた。目の前にいるのは心を壊され暴走する四天王。そして、その心を壊すきっかけを作った元勇者。簡単に済む話ではない。
それでも、ここで引くつもりはなかった。
「さぁ……戦闘開始じゃ!!」
氷の玉座を睨みつける。そして体中の筋肉を盛り上がらせる。
南の四天王・リゼルカ。かつて勇者カヅチに心を壊された氷の魔族との戦いが、今、始まる。
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