南の四天王・リゼルカの玉座の間。
リゼルカは獣のように前傾姿勢になり、口から白い息を吐き出していた。
その正面には、ファイティングポーズのセポネ。
そして、箒を構えるカヅチ。三人が睨み合う。
静寂が部屋を包む。だが、その静寂を破ったのはカヅチだった。
「……っ」カヅチが、ほんの少しだけ足を動かす。
その瞬間!
「うわぁぁぁぁっ!!【懸氷千条(けんぴょうせんじょう)】!!」
リゼルカが両手を広げた。バキバキバキバキッ!!
天井から無数の氷柱が生まれる。
「うおっ!?」
ズドドドドドドドドッ!!
鋭い氷柱が、雨のようにカヅチへ降り注ぐ。
カヅチが箒で捌くが捌き切れない。
「させるかぁぁぁッ!!」
ル・セポネが地面を蹴った。
ドンッ!!一瞬で宙へ飛び上がる。
「ふんっ!!」
拳を振るう。ガキィンッ!!氷柱が砕ける。
「おりゃっ!!」回し蹴り。ガギィンッ!!
「そぉい!!」膝蹴り。バキィンッ!!
降り注ぐ氷柱を、一つ残らず体術で叩き落としていく。砕けた氷の破片が、光を反射しながら床へ降り注ぐ中、その中心でセポネだけが涼しい顔をしていた。あれだけの氷柱を相手にして、息一つ乱れていない。
カヅチは暴れ狂うセポネを呆然と見上げる。
「……拳と蹴りで全部砕いてる……」
やがて最後の氷柱を砕いたル・セポネが、地面へ華麗に着地する。
「リゼルカよ……」
ゆっくりと顔を上げ、ニヤリ。
「妾はもう準備運動を終えておるぞ……気が済むまで、本気で来い!!受け止めてやるわっ!!」
ドンッ!!ル・セポネが踏み込む。
「は、速っ!」一瞬でリゼルカの懐へ。
「もらったぁぁぁ!!」拳を振り抜く。
だが……!バキバキバキッ!!
二人の間に分厚い氷の壁が出現した。
「ぬっ!?生意気じゃな!」
ドゴォォォン!!セポネの拳が氷壁を砕く。
しかし、その向こうにリゼルカの姿はない。
「……逃げたか」
「今度は俺が!」
その瞬間、カヅチが駆け出す。
シュンッ!!高速でリゼルカへ接近する。
「………っ!」リゼルカが手を振る。
バキッ!床から氷の壁。カヅチは横へ飛ぶ。
さらに氷。右へ。また氷。左へ。
「くっ……!全然近づけない…」
何度も距離を詰めようとするが、ことごとく氷に阻まれる。
「これじゃ……触れられない……!」
カヅチは箒を握り直す。
「……触れなきゃ【一日千秋喜】を使えない。前回は……仲間が、みんながいたから……今回は近づくことすらできない…」小さく呟いた。
その時だった。
「カヅチ」
「……え?」
いつの間にか、セポネが隣に立っていた。
「大丈夫じゃ。妾がいる」
カヅチが顔をセポネに向ける。
「……はい?」
「動きを止めれば良いのか?」
カヅチは一瞬、目を丸くする。そして……
「はい。……お願いします」小さく頷いた。
「あはは!妾に任せろ!造作もない!!」
ル・セポネの口元がニヤリと歪む。
ドゴォォォン!!セポネが地面を踏み砕いた。
「うおっ!?」
地面が大きく揺れ、陥没する。
そのまま猛烈な勢いでリゼルカへ突っ込んでいく。
「はぁぁぁぁぁッ!!」
カヅチも続く。そのセポネ背中を見ながら……
(うあっ……また壊した)
カヅチは少しだけ苦笑する。
(でも……この光景、なんか昔を思い出すなぁ)
◇◇◇
まだカヅチが勇者だった頃➖➖
凍りついたこの城。その中央で、勇者パーティーとリゼルカが激突していた。
「【炎獄連弾】!!」賢者が炎の魔法を放つ。
「【爆裂火球】!!」魔法使いも続く。
ドゴォォォン!!爆炎が氷を溶かす。
「今だ!!俺に任せろ!!」
戦士がリゼルカへ突っ込む。
「くっ……!鬱陶しい!!」
リゼルカが氷の魔法を放つ。バキバキバキッ!!
リゼルカを掴む戦士の両腕が凍りついていく。
「ぐぅぅぅぅっ!!」
「絶対……離さんッ!!」
凍りついた腕が悲鳴を上げる。それでも戦士は一歩も退かなかった。自分がここで食い止めなければ、仲間が作った好機を失う。その覚悟だけが、彼の身体を支えていた。
「カヅチ!!いけぇぇぇぇぇぇッ!!」
戦士が叫ぶ。その声に応えるようにカヅチが走る。
仲間たちが作った道を、一直線に。
「【一日千秋】」リゼルカへ手を伸ばす。
「………っ…うぁぁぁぁああぁぁっっ!」
そして……戦いは終わった。
「やったな!!」
「ああ!」
「カヅチ、やったじゃん!」
仲間たちが笑っている。カヅチも笑う。
「あはははっ!あとは魔王だけだなっ!!」
みんなで笑い合う。あの時は…あの瞬間は……
それが永遠に続くと思っていた。
◇◇◇
「、、おいっ!!」
「……え?」
セポネの声で現実に引き戻される。
「お主!何ボケっと気持ち良くしておる!!早く能力を使えっ!」
カヅチは我に返り目を瞬かせた。
そして目の前を見る。
「……何でそうなるの?」
そこには……リゼルカの首へ腕を回し、完全にチョークスリーパーを決めているセポネ。
「……っ、かっはっ!……」
リゼルカは白目を剥き、口からは透明な涎を垂らし、全身をブルブルと痙攣させている。
「……あの…ギブアップも言わせないって……」
「何を言っておる!早くせいっ!」
ル・セポネはさらに腕へ力を込める。
「こやつにギブアップと言う余裕すら妾は与えないぞ!」
「いや、それダメでしょ!!」
玉座の間に、カヅチのツッコミが響いた。
そしてカヅチは、リゼルカの前へゆっくりと歩み寄る。
「リゼルカさん……」
リゼルカはセポネに拘束されたまま、カヅチを見つめていた。その瞳には、まだ恐怖が残っている。
「大丈夫です。今度は……怖くないものを見せますから」
カヅチは静かに手を伸ばす。そして……そっと、リゼルカへ触れた。
「【一日千秋喜】」その瞬間……。
「……あ」リゼルカの身体から力が抜けた。
瞳が大きく開く。そして、その表情が少しずつ変わっていく。
「………あぁ……」
まるで、長い長い眠りから目覚めたように。
口元が、ゆっくりと緩んでいく。
「……嬉しい……」その瞳から、一筋の涙が零れた。
「こんなに……嬉しいこと……」
リゼルカは恍惚とした表情で、空を見つめる。
そこには、かつて失ったもの。仲間たちと笑った時間。何気ない会話。くだらないことで笑い合った日々。もう二度と戻らないと思っていた……幸せな記憶。
失った時間が戻ってきたわけではない。それでも、確かに自分が笑っていたこと。誰かと一緒に幸せを感じていたこと。その記憶だけは、消えていなかった。
その様子を見たセポネの顔が、パァッと明るくなる。
「おおっ……!昔のリゼルカの様じゃ!」
思わず嬉しくなった。そして……ギュウッ!!
「ぐぇっ……!」
「リゼルカァァァァ!!よかったのぉぉぉぉ!!」
嬉しさによりル・セポネがさらに腕へ力を込めた。
「ちょっ……魔王様……!力…」
リゼルカの身体がビクビクと震える。
それでも、その顔には笑みが浮かんでいた。
「あ、ダメ、もう無理…。死ぬ………ありがとう……」
小さくそっと呟く。
そして……ふっ。静かに目を閉じた。
「……リゼルカァァァァァァッ!!」
その様子を見たセポネの絶叫が玉座の間に響き渡る。
「リゼルカ!おい!しっかりせい!!何でじゃ!目を開けい!!」
慌てて身体を揺する。セポネは動かないリゼルカを見て
「うわぁぁぁぁ!リゼルカがまた死んでしまったぁぁぁぁ!!」
カヅチは呆れた顔で、その光景を眺めていた。
そして、ぽつりと呟く。
「……トドメ刺したの、あんただよ……」
「「…………」」
玉座の間に、しばしの沈黙が落ちた。
セポネは、ゆっくりとカヅチを見る。
「……いや、違う」
「何がですか?」
「妾は悪くないと思う」
「いや、どう考えても今のは…」
「妾は悪くない!!」
「おいっ!子供かよ!!早く生き返らせてやれよ!」
「なにっ!妾に命令するなっ!言われなくてもやるつもりでしたぁ!はいっ!お主バカァァァ!」
氷に覆われた玉座の間に、二人の声が響いた。
だが、倒れたリゼルカの顔には、今までになかった穏やかな笑顔が浮かんでいた。
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