クロスは懐から、小さな黒いケースを取り出す。
——コト——
ゆっくりとテーブルへ置く。
——パチッ——
ケースの蓋が開く。
見覚えのある刻印。
中には一枚のトークンが収められていた。
「…………」
レートの瞳が僅かに揺れる。
クランツも何も言わず、トークンを見つめていた。
ノアは二人を交互に見ている。
「このトークンを」
クロスは穏やかな笑みを崩さない。
「私に買い取らせていただけませんか?」
「どこで、こいつを知った」
レートが口を開く。
「それは商人としての秘密です」
クロスは少しだけ笑みを深めた。
「一つだけ」
レートがクロスの顔を見る。
「価値のないものを必要とされる方々もいるのです」
物流の生業。
価値の創生。
「商売は需要の上に成り立っていますから」
クランツが腕を組む。
「SOUL CHARTに載らないものに、価値があるとは思えないが」
「ええ」
クロスは素直に頷いた。
「物好きがいると?」
「ふふっ。私どものクライアントに、このトークンを収集されている方がおりまして」
——カチャ——
クロスはティーカップを手に取る。
「見かけたら、言い値で買い取るよう依頼を」
「言い値だと?」
クランツの視線が僅かに鋭くなる。
「はい」
未登録のトークン。
それが持つ得体の知れない価値。
「市場価格というものは存在しませんが、参考までに申し上げるのであれば」
紅茶へ一口だけ口を付けた。
「三千万コストほどでしょうか」
「さ、三千万!?」
ノアの目が丸くなる。
レートも思わずノアを見る。
「ポテチパーティー出来るじゃん!!」
静まり返るレストランに、ノアの声が響く。
「言い値と言ったな?」
「はい」
クランツは一度だけ目を閉じる。
「五千万コスト」
「問題ございません」
クロスは一瞬も間を置かなかった。
「……どうする?」
レートがクランツを見る。
「交渉成立だ」
クランツは即答した。
「ただし。ゼロに確認する」
「もちろんです」
クロスは頭を下げる。
「正式なお返事をいただければ、それで結構です」
クロスは席を立つ。
「それでは、本日はこれで」
トレイルも一礼する。
「良いお取引になることを」
——カツカツ——
クロスの姿が遠ざかる。
——バタン——
扉が閉まる。
「クランツ」
「何だ」
「随分吹っ掛けたな」
レートの言葉にクランツは首を横へ振る。
「俺の独断だが。あれは手元に無い方がいい気がしてな」
「値段の問題か?」
「いや、値段の問題じゃない」
「存在そのものか」
「ああ。早く切り離したかった」
「そうか」
その言葉に、レートも頷いた。
「お前がそう判断したなら、それでいい」
「五千万……」
トークンの値段をまだ引きずったまま。
ノアはまだボーッとしていた。
「でもさぁ?何で五千万?三千万でも十分すごかったのに」
クランツはノアを見る。
「向こうが本気だった」
「……あ」
「三千万が限界なら断る。だが、言い値と提示してきた」
ノアもようやく理解した。
「つまり、最初からそれ以上払う気だった?」
「そういうことだ」
レートは紅茶を飲み干す。
「あれも含めて、俺たちの値踏みだったんだろうな」
「そうだろうな」
クランツが頷く。
「厄介なもの見つけたもんだ」
レートは苦笑する。
「ノアのやつも」
「え?あたし?」
「お前だ」
ノアは納得がいかない顔をする。
「……OBLIVIONには」
クランツが窓の外を見ながら呟く。
「もう落ちていないだろうな」
「何で言い切れる?」
レートが視線を向ける。
「俺たちがここにいる。それが理由だ」
クランツは夜景を眺めたまま答えた。
レートは考えを巡らす。
「……なるほどな。今頃は洗われてるってことか」
「ああ」
夜のSERAPHは、束の間の穏やかな光を灯していた。
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