ニールの表情には、不安の色が浮かんでいた。
「カシム……大丈夫かな」
「それは、どっちの心配?」
「やりすぎないかな、の方」
「……まぁ、そうね――」
タケトとカシムの間で勝手に決まってしまったが、二人は少し否定的でもあった。
この戦いでタケトが実力を示せば、カシムは彼を仲間に誘うつもりなのだろう。
だが――タケトは完全な部外者だ。
自分たちの復讐に巻き込んでいいものなのか。
「……どうする?」
「……さっきから、一言足りないわよニール。 何の話?」
「もしカシムがアイツを認めたとして、だ」
マライアはその先の言葉を待ったが、どうやらニール的には終わりらしい。
『認めたとして、俺たちはどうする?』――までちゃんと言いなさいよ。
はぁ、と深いため息をついてマライアは答える。
「……その前に、タケトがその話を引き受けるかどうか、じゃないかしら」
「引き受けるだろ」
「え……どうして?」
マライアは尋ねたが、ニールは既に向かい合う二人に見入っている。
――話、終わってないってば。もう……
ニールの悪い癖に、再びため息をついた。
二人は少し距離を取る。
足場を軽く均すカシムに、タケトが尋ねた。
「……あれ、武器は使わんのか?」
カシムは多数の武器を所持している。
剣と、ナイフ、そして円月輪。
武器をメインとした戦いをしているのは明白である。
しかしカシムは、武器を手にしていない。
「……実力を測るためだからな。 怪我をさせるつもりはない」
「ふーん……ま、いいんだけどよ」
タケトはまっすぐカシムを見ていた。
目線は、一度も切らない。
横で見学するニールやマライアの方は見ようともしなかった。
カシムは軽く拳を握り、前傾の姿勢を取る。
対してタケトは、両手をポケットに入れてへらへらと笑う。
「……おい、始めたいんだが」
「ん? 始まってなかったのか?」
――なんだと?
この俺を前にして、その状態で戦うというのか。
いくら何でも、なめすぎだろ。
――いや、これはタケト流の挑発か?
タケトの考えが深く、鋭いものだと理解していたカシムは、冷静であろうと努める。
しかしタケトの次の言葉に、カシムは少し動揺を見せてしまう。
「だってよ、いつも『構えを取って、はいスタート』なんて戦いばかりじゃないだろう? だから俺はこれでいいよ」
へらへらと笑みを浮かべながら、タケトは言い張った。
『戦い慣れていない』と自分で言っておいて。
『実力を測りたい』というこちらの意図を理解しておきながら。
あえて不利になるようなことを、普通考えるか?
タケトのいうことは、確かに正しくはあった。
いつでも万全の状態で戦える、とは限らない。
不意打ちを受ける・怪我をしている・人質を取られる――実際の戦いでは様々な要因が影響する。
だとしても。
……それを今やるか?
――わけの分からないやつだな
そう思うカシムの口元は、わずかに緩んだ。
「……後悔、するなよ」
「しねーよ。 俺が決めたことだ」
カシムは、強く大地を蹴る。
小細工をするつもりはなかった。
まっすぐ突っ込み、一撃を見舞う。
それにどう対応するのか。
そもそも、反応できるのか。
『助っ人』として頼むのであれば、当然必要なのは強さである。
基準を満たさないのであれば、それはどうあがいても『足手まとい』にしかならない。
一瞬だけ、カシムは変化を起こした。
と言っても、『右足で大地を蹴るときに、深く、強くした』だけである。
右側に少し重心が傾くような姿勢になる。
それを行いながら、タケトの視線を追っていた。
その瞬間、確かにタケトの視線は揺らめく。
反応はできている。この速度でも、相手を見失うことはない
――見事だ。
二人の距離が狭まる。
カシムの間合いまで、あと五歩のところまで縮まっていた。
しかし、タケトはまだポケットに手を突っ込んだままだった。
――まだ動かないつもりか!?
表情すら変わっていない。
へらへらと、笑みを浮かべたままである。
あと、一歩。
そして――カシムが間合いに入る。
カシムはその勢いのまま、右の拳をタケトに向かって放った。
一瞬だけ、タケトの手を見た。
――まだ、ポケットの中
まさか――直前で寸止めするとでも思っているのか?
だとしたら――戦いなめすぎだ!
当然カシムには拳を止めるつもりなんてない。
戦いは、そんな甘いもんじゃない。
むしろそれをタケトに教えなければならないとさえ思えた。
タケトのことを少し気に入っているからこそ。
『戦いはそんな甘いものではない』――それは教えなければならない、とカシムは思う。
そこで気づく。
タケトのへらへらとした笑みが、真剣な表情に切り替わったのを。
タケトが、初めて動く。
タケトはまずポケットから左手を真上に振り上げた。
同時に少し姿勢を低くする。
カシムの右拳へ、タケトの左手が真下からぶつかる。
拳そのものを受け止めるのではなく、下から押し上げることで軌道を逸らした。
軌道をずらされたカシムの拳は、タケトの右のこめかみを掠る。
そしてその動作から一瞬遅らせてタケトは右足を踏み込み ――右手をポケットから抜く。
そのままカシムの腹部へ――掌打を見舞った。
――バチンッ!
と、破裂音があたりに響く。
カシムは、二メートルほど後方に押し出された。
「……あれをガードすんのかよ」
マジかよ、とタケトは呟く。
カシムは、掌打を受けて後退したものの、左手でしっかりガードしていた。
「……お前のさっきの魔獣の戦いを、一瞬思い出してな」
先ほどの、タケトとマンティコアの戦い。
『攻撃が当たると思った瞬間、反撃する』
今まさにそれを実践で見せてきたのだ。
マンティコアなんかより、はるかに強い自分を相手に、だ。
タケトは頭を掻きながら、悔しそうに言う。
「あー……さすがにカシムは強いな。 殺気に速度にオーラ……魔獣とは全然違う。 ビビって待ちきれなかった。 もう少し引き付けなきゃならんかったんだが」
一瞬カシムはポカンとしてしまった。
そして――声をあげて笑った。
「……なんなんだ、お前は」
「褒め言葉として受け取っておく」
「……あぁ、その通りさ」
二人の顔には、笑みが浮かぶ。
そして、再び構えた。
「今度は、俺から行こうか」
「あぁ。 見せてもら――いてっ」
「いい加減にしなさい」
カシムの頭に、マライアからチョップが飛んでくる。
「何を――」
「目的、忘れてるんじゃないかしら」
「……いや」
カシムは目をそらす。
「もう十分でしょ。 タケトはかなり強い」
横で見るニールも、頷いている。
ふぅ、とカシムは息を吐いた。
そして、構えを解く。
「あぁ、そうだな……実力は十二分にある」
もう少し力を見たかったな――そうカシムは思ったのであった。
この作品が気に入ったら

コメント
まだコメントはありません。
会員登録(無料)かログインをすると、コメントを書けます。