イヒカは森の中にぽつんと建っていた、古い洋館を拠点としている。
かつて誰かが住んでいたのだろうが、今は誰も住んでいなかったので、勝手に住んでいた。
自身の能力――【ネクロマンス】には、好都合だった。
『自分が関わる形で死んだ者を、ゾンビ化して使役できる』
単純に死んでいれば誰でも、というわけではない。
イヒカ自身が直接、あるいは自分が使役する『ゾンビ』を使って殺さなければならない。
「ククク……『あいつら』、来るかなぁ?」
【ネクロマンス】の使役数には、上限を設けていない。
やろうと思えば百体でも千体でも可能である。
だから、周りに誰もおらず広い住処を求めていた。
しかしながら、根本的な問題として『劣化』が挙げられる。
既に生命体として機能していない肉体は、朽ちていくのも早い。
肉は腐り、骨はぼろぼろに。
十日もすれば、立ち上がることもできなくなる。
そのため、イヒカは『保護』を覚えた。
お気に入りの死体にオーラを使い、肉体の劣化を防ぐのだ。
同時に保護できるのは、三体まで。
「来るよなぁ……あれだけ煽れば。 ……来てもらわなきゃ、困るぜ」
イヒカ自身の戦闘能力は低い。
それは自分でもわかっている。
だが、問題はないと思っていた。
戦いなんて、すべてゾンビに任せればよい。
そう思っていた。
イヒカはカシム達の故郷『サイカ村』を襲った。
しかし、イヒカの目的はまだ途中である。
「早く……『あいつら』を『ゾンビ』にしてやりたいぜ」
醜悪に、イヒカは笑う。
サイカ村の守り人――カシム、ニール、マライア。
イヒカは彼らの、死体を求めていた。
イヒカの元に向かう途上、カシムはタケトにナイフを差し出した。
「……ん」
「……? え……なんだ?」
「……お前に、やる」
少し照れくさそうに顔を背けながら。
「全く……『引き受けてくれた感謝だ』くらい言いなさいよ」
「いや、『お前が気に入った』だろう」
「……うるさいな、お前ら」
マライアとニールの冷やかしに、カシムはさらに顔を赤らめる。
だがカシムの口から出たのは、否定の言葉ではない。
図星だったからである。
その様子が面白く、笑みを浮かべながらタケトはナイフを受け取った。
「ありがとな。 大事に使わせてもらうぜ」
タケトにとって、武器を手に入れられるのはありがたく、素直に喜んでいた。
だが、マライアは少しため息交じりに言う。
「……ごめんなさいね。 この二人、ちょっと口下手というか――」
「おいおい、一緒にするなよ」
「ニールはいつも説明が足りないでしょ」
「……そうかなぁ」
「はは、大丈夫さ。 そうだとしても言いたいことは大体わかるから」
言いながら、タケトはもらったナイフを眺める。
シンプルなナイフだが、まるで新品のようにピカピカであった。
だが目を凝らすとうっすらと傷のようなものも見える。
きちんと手入れされているのだろう。
タケトはカシムに視線を向ける。
――まぁこれだけ武器を持っていればなぁ
剣は四本、腰には複数のナイフと円月輪。
と、タケトは少し首をかしげながらカシムに尋ねる。
「ナイフや円月輪は投げる目的でまだわかるとして……剣は二本でよくないか?」
予備と考えることもできる。
万が一、使っている剣がダメになったら。
しかしナイフをここまで丁寧に手入れする人物が、そんな荒々しい戦いをするだろうか?
そんなタケトの疑問に対する答えは、まだタケトの知らないこの世界の理であった。
「カシムはハーフなんだ」
「ハーフ?」
「あぁ」
答えたニールは、すっきりしたような表情。
タケトは戸惑い、マライアはため息をついた。
「……今ので分かるわけないでしょ。 ほんっとニールは説明が下手なんだから」
「そうかなぁ」
そこまで言われてもニールは、不満そうに首を傾げた。
一方タケトは口元に手を当て、ニールの言葉から推測を始めた。
「『ハーフ』――『亜人』と『人』の子、ってことか?」
「亜人を知っているの?」
「あぁ。 戦いを教えてくれた人が亜人でな」
「なるほど」
「……だが答えまではたどり着けん。 ハーフなら腕が増えたりでもすんのかよ」
タケトの言葉に、カシム達は顔を見合わせる。
そして、少し笑った。
「……増えるのさ。 俺はな」
「はぁ?」
カシムもまた説明が足りず、マライアは諦めたように少し笑う。
「……順を追って説明するわ」
「まず、カシムの母親は『人間』だけど、父親は【ハシュラス族】――腕が四本ある種族よ」
「……それで、カシムは自由に腕を生やせるのか? にょきッと」
「そこについては、【ハーフ】を理解する必要があるわ」
ハーフは、オーラという観点から見るとかなり特殊な影響を受ける。
『まったくオーラを発することができない』か、『膨大な量のオーラを携えるか』の二択。
「それがなぜかというのは、私は知らないんだけど」
「……例えば父親と母親の種族に関係するのかもな」
「というと?」
「亜人全てを知っているわけじゃないから何とも言えないが、亜人は普通の人間よりも優秀なことが多いんじゃないか?」
マライアは上を向いて少し考える。
「……そうね。 欠点を持つ種族もいるけど、『腕が多い』、『翼をもっている』、『肉体が強靭』――そんな感じね」
「つまり人間より、『子供を作った時――母体の中で必要なエネルギーは多い』と言えるよな」
タケトの表情は自信がにじみ出ていた。
どこか楽しそうでもある。
――ホント、変な奴
「オーラってのは条件や制約、あるいはリスクを背負うことで強力になる。
それと一緒でさ、人間より肉体的に優れた亜人との子供なら、普通の人間同士よりも母体への負担が大きくなるんじゃないか?
あぁ、母体が亜人ならその逆でリスクは低くなるよな?」
「……理屈は通ってそうだけど、さすがにその答えは知らないわよ」
「あー……そうかすまん。 考え始めると、つい止まらなくなっちまって」
タケトは頭を掻いて、照れ隠しのように笑った。
「……話がそれたわね。 カシムはハーフで、オーラは使える。 この意味は、分かるわね?」
「つまりは、膨大なオーラを持っている」
「そ。 そして、カシムが本気を出すと腕が四本になるのよ」
「……へぇ。 そりゃなんでだ?」
クスっと、マライアは笑いカシムを見た。
「……いや、俺も理由は知らないぞ。 そういうものなんだ」
「なーんだ。 結局分からずじまいか」
少し残念そうにタケトは言った。
そこでカシムが歩みを止める。
そして、指をさして言った。
「あれが、イヒカの住処だ」
古ぼけた洋館。
どんよりとした空気に包まれ、まるで負のオーラを放っているかのようだった。
――イヒカの『城』が、そこにあった。
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