タケトは廊下を歩く。
廊下の景色そのものは、世界融合以前と何ら変わらない。
ただし――窓の外だけは別だった。
ビリヤード場で見たものと同じ、化け物が闊歩し、喰らい合っている。
――やはり、現実か
ほとんどあきらめてはいたが、『夢だったら』という想いは打ち砕かれる。
だがそれほど悲観はしていなかった。
先ほど案内人から説明を受け、潜在能力を引き出してもらった、『オーラ』なるものがある。
タケトは右手を見た。
正確には、『右手に纏うオーラ』を見た。
「――これがどれほどの力になるか、ってところなんだが……」
不安しかない。
内容は理解し、その力はなんとなく感じてはいた。
だからと言って、外にいる化け物が『雑魚』に見えるわけでもない。
このオーラがどれだけ通用するのか。
自分にどれだけ使いこなせるのか。
修業だって必要かもしれない。
だけど妹は既にこの世界に来ているから、急がないと――
「――あぁ、もう。 考えることが多すぎる」
タケトは自分を落ち着けるために、いったん歩みを止めた。
リュックから飲み物を取り出し、一口喉へ流し込む。
ふぅ、と大きく息をついたところで、気付いた。
……ひた ひた ひた
それは、裸足で歩くような足音。
降ろしたリュックを背負うのをやめ、タケトはその足音のもとへ視線を向けた。
10メートルくらい先に、曲がり角がある。
その曲がり角の先から、足音は聞こえていた。
――まじかよ……
まだ、心の準備ができていない。
前の世界でも、喧嘩だとか、そんなバイオレンスな場面は直面することなく生きてきた。
今タケトがいる場所は、隠れることが不可能なただの通路だ。
曲がり角の向こうから現れでもしたら、戦闘は不可避だ。
……ひた ひた ひた
音が、大きくなる。
距離が近いということだ。
同時に、自分の心臓も高鳴る。
――覚悟を決めろ
――やるしかない
そう自分に言い聞かせながら、タケトは自身のオーラをできうる限り解放する。
ひたひたひたひた!
足音が、早くなる。
合わせるように、自分の心臓の音も早くなる。
タケトは冷静さを欠かぬように、深呼吸の如く大きく息を吐いた。
「ギギャァ!」
それは、全身灰色がかった人型の化け物だった。
全体的に細身だが、腹だけが妙にでっぷりと膨れている。
【餓鬼】という、魔獣である。
現れた餓鬼はタケトに視線を注ぐ。
「……くそ」
戦わないで済むのなら、それに越したことはない。
だが、隠れるような場所も逃げる場所もない。
――やるしかない
タケトの判断は速かった。
それしか選択肢がなかった、と言えばそうなのだがそれでも。
タケトは、餓鬼と真正面から戦うことを決めたのだった。
餓鬼の身体は、おおよそ1メートルくらい。
子供くらいのサイズだが、だからと言ってタケトは油断しなかった。
目についたのは、餓鬼の爪である。
子供のような小さく細い指ではあるものの、そこから生えている爪は長く伸び、銀色のナイフのように見えた。
そして何よりその爪から、血が滴り落ちている。
――あれがあの化け物の武器、だな
心臓は高鳴りつつも、タケトは餓鬼をよく観察した。
じわり、じわりと。
ひた……、ひた……と餓鬼はタケトに近づく。
よだれを垂らし――まるで、獲物を見るような笑みを浮かべて。
――知能は低そうだ
その見た目と様子から、タケトは努めて冷静でいられるように分析をしていた。
オーラを得て、少しだけ高揚感はあった。
だが、使い方も理解していない今の段階では、まるで意味がないと思っていた。
ゲームで言うならば、チュートリアルのような場面だ。
ありがたいことに、目の前の化け物はそこまで強そうには見えない。
しかし、だ。
ゲームなら、回復魔法や回復アイテムがある。
だが、ここは現実だ。
食べ物を口にすれば傷が治る――なんて都合のいい話があるはずもない。
オーラで治療できる可能性はある。
だが、今のタケトにはそんな使い方はできなかった。
ならば、やるべきことは一つ。
――怪我をしないこと、だ
餓鬼の爪は、非常に鋭利に見える。
触れれば簡単に切れてしまいそうなほどに。
「ギギャァッ!」
餓鬼が、甲高い叫び声をあげる。
――来る!
ドクンと、タケトの心臓が脈打った。
冷や汗が頬を伝う。
タケトは――本人の気持ちとは裏腹に、自然と笑みが漏れていた。
餓鬼はタケトに向かって走る。
ひたひたひた……!
――まずは、回避だ
タケトまで約3メートルというところで、餓鬼が飛びかかる。
右手を前に出し、切りつけるように大きく振るった。
大きな動きであり、見極めるのは容易かった。
しかし、場所は狭い廊下である。
タケトは左の壁際によって、絶対に当たらぬように餓鬼の攻撃を避けた。
餓鬼が空中でタケトの横を通り過ぎる。
タケトは右手を出した。
当たるかどうか自信はなかったし、回避に専念していたので体勢は崩れている。
『体重を乗せた渾身の一撃』とはかけ離れた、ただ腕を出しただけの裏拳のようなもの。
――ただ、オーラは込めていた。
タケトの裏拳が、餓鬼に当たる。
「……嘘、だろ」
その結果を見て、タケトは少し呆然としていた。
タケトの攻撃を受けた餓鬼は――首が不自然な方向へ曲がり、そのまま壁へ叩きつけられていた。
ピクリとも動かない。
どうやら絶命したらしい。
「思ったよりも……凄いなこれ」
自分でやったこととは思えぬ結果に、正直まだ信じられない気持ちがあった。
そして――希望が見えてきた。
少なくとも、攻撃に関してはかなりの効果がある。
飲み物を再び一口飲み、タケトは出口を目指して進み始めた。
「待ってろよ、シズク」
愛する、妹の名を呟きながら。
この作品が気に入ったら

コメント
まだコメントはありません。
会員登録(無料)かログインをすると、コメントを書けます。