その男には翼が生えていた。
白く、大きく、見惚れるほど美しい翼であった。
持ち主の男は長い金髪を風になびかせ、悠然と空を飛ぶ。
黒を基調とした法衣のような服には、金色の装飾が施されていた。
「おいおい……地形まで変わってるところもあんじゃねーかよ」
神々しい見た目をしておきながら、男の口調はやや粗暴である。
「一体――何が起こったってんだ」
『世界融合』――男はそれを調べるために、再び風を切った。
「あぁ……くそったれ」
タケトは一人毒づく。
世界融合以前と建物内部の構造は変わっていないので、出口までは簡単にたどり着けた。
だが、そこに至るまで2体の餓鬼と遭遇した。
当然勝利したが、出口である玄関にたどり着いたタケトは、外に出るのをためらった。
少し考え、一旦建物内部を探索することにする。
出来れば飲み物や、食べ物なんかが見つかればいい。
『本当の理由』から目をそらし、自分にそう言い聞かせていた。
結果は、見事に空振り。
そもそも、どの扉も開かなくなっている。
五個目のドアノブに手をかけたところで、その理由に何となく気付く。
――あぁ、もし中に人がいたら、勝手に『こちら側の世界』に引き入れることになっちまうからか
最初の部屋にいた案内人は言った。
『君たちは今、『選択肢』を与えられている、と思ってほしい』
逆に言えば、こちらの世界に来るには自分で選ばなければならないってことか。
道理で開かないわけだ。
この間、三体の餓鬼に出会った。
有用なアイテムはおろか、回復アイテムも落としてはくれなかった。
タケトは深くため息をつきながら玄関へ戻る。
「……結局、あれを何とかしないとダメか」
出口の扉は、ガラス製だった。
そのため、外の様子がよく見える。
タケトが外に出ることをためらう理由が、そこにはあった。
「キィエエエェェェ!」
扉は閉められているが、それでも劈くようなその大絶叫にタケトは思わず耳をふさぐ。
最初の部屋で見た時の外の光景は、まだ多くの餓鬼や鳥人間のような化け物が多くいた。
いまは、ただ一体だけになっていた。
そいつは、二足歩行で歩く、顔が鳥になっており、腕が翼に成り代わっている化け物。
そいつが殺したであろう、他の化け物の死体を、嘴で引きちぎるように食い散らかしていた。
そのグロテスクで吐き気を催すような光景も理由の一つではあったが、何よりその体の大きさがタケトが外に出たがらない理由である。
餓鬼は一メートルほどであったが、鳥人間はその三倍ほどはあるだろう。
加えて翼があるということは、空を飛ぶ可能性も高い。
……コイツに勝つには、ちょっと厳しくないか?
探索でもしている間に、どっかにいなくなっててくれないかなとタケトは期待したのだ。
そしてその目論見は外れ、鳥人間は悠々と食事を始めていたのである。
またもやタケトは選択肢を迫られる。
しかも今度の選択は、明確に生死に直結しそうだ。
1.アイツがいなくなるまで、建物内部で籠城する。
2.そんなもん、待っていられるか
タケトはこうして悩んだ時、まず自分の目的を見つめなおす。
――俺の目的は……シズクを助けること
「……やるか。 しょうがねぇな」
自然とタケトの足は前に進んだ。
迷っている場合じゃない。
日和っている場合じゃない。
もし、シズクの前にあんな化け物が現れたら――
どうせ泣きもわめきもしないが、勝てることはまずないだろう。
ちょっと塩対応気味の(俺にも)、普通の女の子なのだ。
早く、助けに行かなきゃな。
タケトは、ガラスの扉を開く。
鳥人間は、夢中で死体の肉をついばんでいる。
タケトはゆっくりと、できるだけ音を立てぬように開いた。
ギ……
げ、と思ったときにはもう遅い。
僅かに鳴った扉のきしむ音で鳥人間はタケトの方に振り返った。
――ちくしょう、耳がいいな
可能であれば、そのままこっそりと抜け出そうと思ったのだが。
間近にいるタケトですら微かにしか聞こえなかったその音を聞き取ったのであれば、どの道気付かれているだろうとタケトは推測する。
思考に耽っていたタケトは、扉の前で固まっていた。
鳥人間は立ち上がり、きょろきょろとあたりを見渡す。
そして――叫んだ。
「キィエエエェェェ!」
数瞬後、鳥人間はタケトの方を向く。
その様子を見ていたタケトに、一つの仮説が生まれる。
――こいつ、まさか……
考えをまとめようとするタケトだが、鳥人間は黙って待っていてはくれない。
右腕にあたる翼を振るい、タケトに黒い羽根を飛ばす。
――攻撃!?
慌ててタケトはその場を離れる。
黒い羽根は、さっきまでタケトがいた場所に刺さった。
何が起こるかわからないので、できるだけタケトはその場から距離を取る。
逃げることに集中したために、鳥人間への目線を切ってしまう。
「――っ!? どこ行った!?」
さっきまで鳥人間がいた場所に、その姿はない。
視界の中には見つけられない――上か!
鳥人間は空高く舞い上がっている。
そして――嘴を突き出し、ドリルのように回転しながら急降下した。
ドンッ!――という鈍い衝撃音。
嘴は、地面を深くえぐり、半分以上突き刺さる貫通力を見せた。
鳥人間が狙ったのは黒い羽根が突き刺さった場所である。
それに気づいたタケトは、勝利への最後のピースが埋まったと、笑みを浮かべた。
タケトは小石を拾う。
そして数メートル先に軽く投げた。
カツ コン……
そんな小さな音で、再び鳥人間はその音の方へ振り向く。
――こいつは、目が見えない。代わりに耳がとんでもなくいい
「キィエエエェェェ!」
再び、大絶叫。
――これは音の反響で位置を確認している
それが来るのを知っていたタケトは、特に耳をふさごうとはしなかった。
――次は、羽根
予想通り、黒い羽根が小石の落ちたところへ突き刺さる。
――そして、飛ぶ
鳥人間が垂直に舞い上がった。
「やはりな……」
――黒い羽根は『急降下攻撃の目印』。だから……
タケトは鳥人間が飛んだのを見てから、少し歩く。
黒い羽根の、一メートル手前で待ち構えた。
右手には、オーラをできるだけ込めて。
餓鬼よりも数段身体のでかい鳥人間にも効くように、今度のパンチはしっかり体重を乗せんとする。
鳥人間は急降下。
そして――黒い羽根の場所に突き刺さった。
「うおおおおお!」
タケトは思い切り右拳を突き出した。
武道の経験もなければ、喧嘩だってしたことが無かった。
とにかく、がむしゃらに拳を振りぬいた。
鳥人間は吹き飛んだ。
数十メートル先の大木にぶつかり、なぎ倒してようやく止まった。
「……はは、勝った……よな?」
タケトはその場にへたり込んだ。
ようやく安全を確保したという安堵感。
そして度重なる、慣れないオーラを使用したことによる疲労感。
「……やば、めちゃくちゃ疲れてる」
いま襲われたら、シャレにならんな……。
そんなことを思いながら、仰向けになって空を見上げた。
何ともなしに空を見ていたタケトは、何かが飛んでいることに気付く。
「……―い」
「……は?」
いま、あれから声がしなかったか?
……この世界の鳥って喋るのか?
「おーい。 誰かいるかー?」
「……ホントに喋ってるよ」
ぼそりとタケトは呟いたのだったが、それは聞かれていたようだった。
それは、一気に急降下してタケトのもとにやってくる。
鳥、ではなかった。
かといってさっきまで戦っていた鳥人間でもない。
人――ともまた少し違っていた。
背中に、大きく白い翼が生えている。
タケトに思い浮かんだのは、『天使』であった。
「よ。 無事か?」
「……あぁ、アンタは一体――」
長い金髪を風になびかせ、その男は言った。
「こういう時はまず自己紹介からだよな」
はは、と軽く笑って男は続けた。
「俺はルシファー。 天使族の長をやっている」
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