『天使』というのは、前の世界でも存在――神話の中ではあるが――しているものである。
『ルシファー』という名も、さすがに聞いたことがある。
「……ホントにいるんだな、『天使』って」
「あ?」
「いや……物語の中の話だとばかり」
ルシファーは少し逡巡するような目線を向け、タケトに答えた。
「……もしかして、『亜人』を見たことが無いのか?」
「『亜人』?」
「……OK。 今の反応でなんとなく理解した。 お前はこの世界の住人ではないな」
だとしたら、相当に察しの良い人物だ。
――と、同時にタケトは思う。
――この人……いや、この『天使』は、とんでもなく強い、と
「……俺は、タケトだ」
出会った印象から、襲われることは無いと思われる。
だが――もし、受け答えの結果、敵対することになれば……
タケトの『命がけ』は、まだ終わっていない。
ルシファーは、少し笑みを浮かべてタケトに告げた。
「タケトか。 いい名だな。 ……すまないが、そちらの状況を教えてくれないか?」
タケトはルシファーにこれまでの経緯を伝えた。
唯一、『妹を探している』は伏せた。
「なるほどなぁ。 ……こりゃ『世界融合』だ」
「世界――なんだって?」
タケトの素直な疑問に、躊躇うことなくルシファーは答えた。
「……あー、どこまで知りたい? 経緯や原因まで知りたい派か? それとも起こったことだけ知りたい派か?」
「……起こったことについてはどうにもならないだろ? なら何が起こったか、だけでいい」
相当に頭が良く、かつ相手を見て会話ができるタイプだ。
察しが良くて、気遣いもできて――そして、会話は最小限で済む場合が多い。
今のタケトにとっては、ありがたいタイプである。
「『世界融合』――要するにこの世界と、別世界が融合した。 ……恐らくは、お前が住んでいた世界と」
――お前はこの世界の住人ではないな
ルシファーの言葉を思い返す。
要はパラレルワールド的なものが存在して、俺たちの世界とこっちの世界がくっついた、ということだろう。
「『亜人』、とは?」
「そうだな……知能生命体は人間だけではない。 人間に近しい、別の種族が存在する。 俺のような、な」
ルシファーは少し笑って続けた。
「……『天使』は、こちらの世界でも神話の物語さ。 『ルシファー』だの『ミカエル』だの『メタトロン』だの――アホくさいだろ?」
「……少なくとも、神々しくは見えたさ」
「はは。 忖度が過ぎるな」
そんなつもりはない。
少なくとも、タケトは目の前のルシファーを評価しつつある。
――話しやすいな、この人。
こちらの意図を察し、必要以上の説明をしない。
それでいて、こちらが必要としている情報はきちんと返してくる。
相手を気遣いつつも、最低限で済むようなやり取りは初めてだ、と。
「この惨状は、お前が?」
周囲には、散らばった化け物の肉片や、最後の鳥人間が食い散らかしたものが散乱していた。
「まさか」
「まぁそうだろうなぁ」
「犯人はあそこだ」
「……おぉ、やるなぁ、お前」
最後の鳥人間を倒した、なんて言っていない。
だが否定しない俺を見て、『あのでかい鳥人間を倒したのはこいつだ』と分かったのだろう。
「ギリギリさ。 一歩間違えば俺がああなった」
「この世界の戦いは、大体そんなもんさ。 実力差があっても、ひっくり返ることがままある」
「……とはいえ、選択肢は少ないぜ。 今の段階じゃな」
その発言は賭けだった。
『俺はこの世界に来たばかりで、まだオーラに慣れていない』
そんな意味で発言した。
これまでの発言でうすうす気づいているだろうが、それを明確にしたものである。
それは、ルシファーをある程度信頼できたからこそできた発言であった。
――こちらが弱者だと知った途端、野盗のように襲うような人物ではないと
そもそもルシファーはとてつもない実力を持っていると思えた。
こちらの実力がどれほどあろうとも、ねじ伏せられるだろう。
今の段階で何もしてこないのは、本当に敵対するつもりがないと判断できる。
「なら、教えてやろうか?」
「……は?」
ルシファーの発言は、想定外のものだった。
いうなれば、想定以上のものだった。
『そうか。 なら頑張って修行しろよ』
そのくらいを想像していた。
どうやら、想像以上に気に入られたらしい。
「あ――いや」
「悪くない話だと思うが。 というかもう、そのつもりなんだが」
そりゃ悪くない。
むしろ、ありがたいとすら思うほどに。
「……言ってないことがある」
「……言ってみな」
タケトは妹――シズクのことを正直に話す。
嘘をついてもしょうがないと思えたし、ルシファーに対して『嘘や隠し事をしたくない』と思ってしまった。
「……状況は分かった」
ルシファーは少し顔を伏せ――そしてタケトをまっすぐに見た。
「それでもお前は修行するべきだと思う」
「……それだけ、危険かな」
「分かっているなら話は早いだろ?」
餓鬼と戦った時も。
鳥人間と戦った時も。
恐らく、一歩間違えれば『死』が俺を迎え入れていただろう。
「多分、お前が思っている以上にここでは簡単に人が死ぬ」
それは重々理解しているつもりだ。
だが――
「――だから急がないと、と思っているんだが」
「だって守れないだろ。 そのままじゃな」
それも分かっていた。
戦う方法は、少しずつ分かってきた。
だが、『あの鳥人間以上の敵』が出てきたら――と思うと身震いする思いでもある。
「……どれくらい、かかるかな?」
「そんなもん、お前次第さ。 半年で終わるやつもいれば、10年かかってもダメな奴はいる」
その答えは想定の中だ。
そりゃそうだろう。
誰もが同じ、なんてことはないはずなんだから。
「……厳しめで、頼むぜ」
「はは、死なない程度にやってやるよ」
ルシファーは、高らかに笑った。
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