「とりあえず腕立て千回」
「千――できるかぁっ!」
「アホかお前。 最終的には1時間以内に1万回こなせるようにはならんと」
「いや――段階ってもんが」
「修行終わらねーけど。 ……いいのか?」
「くっ……」
タケトの修行は、ビリヤード場があった建物から近くにある森で行われていた。
『ゼルテニアの森だ』――ルシファーはタケトにそう伝えた。
名称を伝えただけである。
ルシファーは全てを伝えないし、またタケトも聞かない。
タケトにとって、今いる場所がどうだとかは、修行を終えた後でよい話である。
「それじゃだめだ。 オーラを集中させるのが遅い」
「はぁ……はぁ……分かってる――」
当然と言えば、当然なのだが。
2人が良く話したのは、戦いの事に関することばかりであった。
特に【能力】に関する説明は、今後にかなりの影響与えるものである。
「オーラを使って何かを行う――それが【能力】。 その案内人の説明は確かに的を射ている。 『何でもできるし、何にもできない』か」
「……だけどさ、1度覚えたらきっとやり直しは難しいんだろ?」
「その能力を使うと決めた瞬間から使えるものではないからな。 能力選びは慎重に――と言いたいところなんだが」
ふふ、とルシファーは少し笑った。
「俺の知り合いでな、『オーラ研究の第一人者』と、のたまうやつがいるんだが」
「ほう」
「そいつが言うには、『直感的にふっと頭に思い浮かんだものがもっとも適している、場合が多い』だとさ」
「……なんかはっきりしない言い方だね」
「それだけ単純ではないということさ」
タケトはルシファーと話しながら、何となく将来自分が誰かと戦うような姿を思い浮かべる。
そして――「えぇ?」と声を漏らした。
「何が思い浮かんだ?」
ニヤニヤとルシファーは笑みを浮かべる。
『直感的に思い浮かんだものがもっとも適している』――そんな話をした直後に戸惑いの声を漏らしたタケト。
興味ありげに、ルシファーは笑みを浮かべた。
「……ビリヤード玉」
「あん?」
「いや、だからビリヤード――あ、わからんか……」
タケトは地面に木の棒で絵を描く。
と言っても円を描き、中に数字を描いただけだった。
「なんだそりゃ?」
「……『世界融合』の直前に、コイツで遊んでたんだよ。 これ自体はただの球」
ふーん、とルシファーは上を見上げた。
呆れたり、落胆するわけではなく、何かを考えている様子だった。
「……その数字は?」
「……? それぞれ番号が振ってあるんだ。 ゲームによって違うけど、さっき俺が使っていたのは1から9まで」
「――悪くはないんじゃないか?」
「えぇ? こんなの作り出してもさぁ」
こんなもの作って遊べというのか。
まさか、そんな――と思うタケトに、ルシファーは楽しそうな笑みを浮かべる。
「ただ球を創るんじゃない。 『それぞれの球に、能力を付与』させればいい」
「……1の球は攻撃、2の球は防御、みたいな?」
「その通り。 察しがいい――」
『察しがいいな』――その言葉が言い終わる前に、タケトはもうルシファーの言葉が聞こえていなかった。
どの数字を、何の能力にするか――顎に手を当て、背中を丸めて考える。
ぶつぶつと、うわ言のように何かを呟きながら。
2つ3つの能力の所持は、珍しいことではない。
しかしあまりに多く能力を所持すると、『効果が薄くなりがち』『いざというときに迷いやすくなる』という問題がある。
例えばタケトが1~9までの球のそれぞれの能力を付与したとして。
言い換えれば、9つの能力を所持したとする。
――タケトなら、使いこなせるのでは?
そう思わせる判断力と思考力、そして把握能力。
コイツには、それがある。
それを使いこなせるようになるまで――俺が見てやろうじゃないか。
【2か月後】
「ルシファーさん、これ旨いね。 これなに?」
「アンチュワンタワーボリッシュラビット」
「……それ、何? ちゃんと食べもの?」
「お前の世界でいう、ウサギだ」
「最初からそう言ってよ」
骨についた肉を根こそぎむさぼりついてタケトは言った。
ルシファーは、そんなタケトは目を細めて見つめる。
――まさか、たった2カ月で修行を終えるとは
能力を発現させてからの成長は、目覚ましいものがあった。
基礎体力は、及第点。
オーラ量は、まぁまぁある方だろう。
オーラの使い方は、俺に比べればまだまだだが、さすがにそれは高望みというものだ。
何より――『相手を分析する能力』、『心理戦』においてはずば抜けている。
「……最後に一つ、言っておかなきゃならんことがある」
「……なんだい?」
「この世界ではな、お前が最初に戦った魔獣の類よりも――」
「――人と戦うことが多い、でしょ?」
「……気付いていたか」
「そりゃね。 修行の中身が対人を想定しているものが多すぎだったから」
対象の言動から、その意味を理解する。
タケトに見つめられれば、丸裸にされるんじゃないかと思えるほどに。
「……そこまで分かってるなら話は早い。 あとは――」
「――対峙した人間を殺せるか……だね。 俺のいた世界はそういうの、罪になるから」
こちらの言いたいことは、全て理解している。
……全く、末恐ろしい男だ。
しかしタケトの出来の良さに、ルシファーは笑みしかこぼれない。
「……もうお前にゃいう事がねぇよ。 後は自分の能力を少しずつ磨くといいさ」
「……ありがとね、ルシファーさん」
お互いに、名残惜しさを感じる。
師弟の関係性ではあったが、こんなにも話がかみ合い、互いを理解できる関係なんてそうそうないのだ。
だが、お互いの事情や、立場がある。
ルシファーは天使族の長であり、そちらの仕事がある。
タケトは、妹を探さねばならない。
「妹が見つかったら、天界に遊びに来いよ。 歓迎するぜ」
「……シズクはやらんよ」
「アホか。 俺には嫁がいるんだ」
その言葉に、タケトは一瞬戸惑う。
「……2カ月もほったらかしって――大丈夫?」
「……あー」
ルシファーは気まずそうに、頭を掻いた。
――これは、赤羽タケトの物語。
――妹を探す、一人の男の物語。
だが、それだけでは終わらない。
やがてタケトは、【ナインボール】と呼ばれるようになる。
そして、さらに――
【英雄】と呼ばれるようになる。
タケトが何を成し、
なぜそう呼ばれるに至ったのか。
――これから、語らせてもらおう。
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