動物園から歩いて数分の場所にあるファミリーレストラン。昼も過ぎて、普段であれば動物園帰りの家族連れで賑わう時間帯だが、さっきの蟲騒動の影響か、今日は客足がまばらだった。
「腹へった」
マキが椅子に座りながらボヤく。
「疲れたねー」
ヒナが両手を頭の上で組み、大きく背伸びをした。
店のタブレットを操作し、マキはハンバーグセット、アケルは味噌カツ定食を注文する。ヒナはクリームパスタ、シノブはサラダうどんとから揚げを選んだ。注文が済むと、誰からともなくスマートフォンを取り出す。
そうしてしばらく、四人とも黙々と画面を見つめた。
アケルが先ほどの喫茶店で撮ったデニッシュパンの写真を投稿している。
それを横目で見たマキが笑う。
「今食ってます。みたいな顔で投稿しやがって」
「身バレ防止。基本だろ」
二人の遠慮無いやり取りが気になったのか、ヒナが顔を上げてマキとアケルを見た。
「マッキーとアケルっちって同期? 今、何歳?」
うなずくアケル。
「同期ですよ。俺が二十歳で……」
アケルの視線を受けてマキが続ける。
「俺は十九」
首を傾げるヒナ。
「あれ? マッキーって早生まれ?」
マキは少し黙った。アケルがマキに代わって説明する。
「学年は一個違います」
「まさかアケルっち、留年し《ダブっ》た?」
ヒナの目が丸くなる。アケルは慌てて首を振り、ちらりとマキを見た。その仕草でヒナは察したらしい。
「え? マッキー、飛び級した《とんだ》の? マッキー優秀だったんだ……」
ヒナもシノブも少し驚いた表情を見せる。マキが不機嫌そうに眉をひそめた。
「うるさい……」
シノブがたずねる。
「大変じゃなかったですか? 高三から通信高校に移って、華守衆と兼務するんですよね?」
マキは少し首を振った。
「高卒資格はそれほどでもなかった……。むしろ運転免許がヤバかった」
その言葉にヒナが笑う。
「高卒と四輪、二輪は私らの義務だもんねー」
マキは、ストローでドリンクの氷をつつく。
「講習の時間合わすのが難しかったし……本試験の直前にはケガで車校どころじゃなくなるし」
「へー……」
うなずくヒナとシノブ。アケルが二人に向かってたずねた。
「ヒナさんとシノブさんは、おいくつなんですか?」
「私は二十三歳」
とヒナ。
「私は十八です」
シノブの答えに、アケルは少し驚いた。
「一年目?」
「はい」
マキもまた軽く目を瞠る。一年目、しかも兼務であれだけ動くとなると、シノブも相当優秀なのだろう。
そのとき、独特の電子音楽と共に、ネコ型のロボットに乗せられて彼らの料理が運ばれてきた。四人はそれぞれの料理をテーブルに移し、箸やフォークを手に取る。
「二人はどこの里出身?」
ヒナの質問。味噌カツに箸を伸ばしながらアケルは答える。
「二人とも木槽です」
「いいなー木槽。ってことは羽織授与式が蘇芳のお屋敷だったり、高校の卒業式に報道入ったりするんだよね?」
少しうらやましそうなヒナの声。マキが箸を止めて、あいまいな表情を浮かべた。
「あー……」
まさかこの流れで、つい一昨日、蘇芳の屋敷に行っていたとは言いにくい。代わりにアケルが口を開く。
「卒業式で泣いたり、友達と抱き合ってたりするとカメラに狙われるから、特に女子たちは嫌がっていましたよ」
「たしかにそれはイヤね」
ヒナはパスタをフォークに巻き付けながら顔をしかめる。その横でシノブもまたうんうんとうなずく。
「お二人の里は?」
アケルが話題を逸らすようにたずねると、ヒナが言った。
「私たちは伊枷。あ、言葉づかいふつうでいいし、呼び捨てでいいよ」
アケルは、うなずいてシノブの顔を見た。
「なら君もふつうでいいよ」
「いえ、私はこのままのが落ち着くので」
シノブが静かに首を振った。よくしゃべるヒナに比べると物静かなシノブ。本人がそう言うのならば強制する理由はない。
ヒナが食事を続けながら、ふと思い出したように言った。
「そういえばめずらしいよね、その歳で同期の相棒って」
うなずくアケル。華守衆になって三年くらいは、ヒナとシノブのように先輩と組まされるケースが多いのだ。
「去年はお互い、慣例どおり年上の人と組んでいたんだけどね。俺の相棒だった先輩に異動があって」
アケルの説明にマキが口をはさむ。
「俺らは二ヶ月前からだよ」
「あ、じゃあ本当に最近なんだ」
「同じ里だから、お互い顔と名前くらいは知ってたけどね」
頷きながらアケルが言うと、マキが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「なんで、よりによってコイツなんだか……」
そのそっけない言い草に、ヒナとシノブが少し笑う。
やがて、一番最初に食べ終わったマキは、会話に参加しつつスマートフォンを見始めた。
「そういえば昔は相棒制はなかったんですよね?」
シノブがヒナに向かってたずねる。ヒナは視線を虚空に投げながら記憶を辿った。
「そうそう。いつ頃だったかなー、ちょうど私が短刀をもらう頃だったから……今から十二年くらい前だね。そのときに導入されたって学校の先生が言ってた」
アケルもまた、学校での授業を思い出しながら言う。
「確か、華守衆が連絡もなく急死する事故が、何件か続いたんだよね?」
「うんうん、そうだったー」
その言葉にヒナがうなずいた。
おおむね全員が食べ終わると、食器が下げられていく。各々がドリンクバーにおかわりを取りに行ったりしながら、他愛もない話が続いていた。
「アケルっちも通信で勉強してるの? 私も美容学校受講してるんだけどさー……」
ヒナがテーブルに突っ伏した。その背中に漂う哀愁。
「ふつうは三年で卒業なのに、私、今年四年目なんだよねー」
あー……と、同情の声を上げるアケル。
「華守衆なら時間がかかっても除籍はされないけど、その分学費はかかるからなあ……」
華守衆の給与は他の職業に比べれば、いくらかいいが、とんでもなく高いというわけでもない。まだ若い彼らにとって学費を自腹で賄うのは、それなりの負担になる。
「ねー……アケルっちもがんばってね」
「肝に銘じるよ」
そのとき、スマートフォンを見ていたマキが不意に顔をしかめた。
「どうした?」
アケルが声をかけると、マキが画面から目を逸らしながら答える。
「なんでもない。くだらない話だ」
その不機嫌そうな態度に、思うところがあったらしい。シノブが静かにたずねる。
「アンチとかですか?」
マキの眉間にしわが寄った。
「あー、たまにいるよね。『華守衆の闇を暴く!』とか『実は蟲は華守衆が発生させてる』とかさ」
ヒナが言う。図星だったらしく、マキは眉間のしわをさらに深めながらスマートフォンをテーブルに放り出した。
「くだらねえ」
ため息をつくヒナ。
「くだらないけど、地味ーに事実も含んでたりするからイヤなんだよね。子どもを半強制的に親元から引き離してるとかさ……」
ヒナも樟田だ。つまり親元を離れ、一人で里に来た子どもということだ。マキがそっぽを向きながら吐き捨てるように言う。
「でもその分、養家ではきちんと養育されるよう管理されてる」
うなずくアケル。
「そういう側面もあるという話なだけに、真実味を持って拡散されちゃうんだよね。……これは俺たちに関する話だけじゃないけどさ」
その言葉に、誰からともなくため息がもれた。
マキは相変わらず不機嫌そうな顔でテーブルの上のスマートフォンのSNS画面をスクロールしていたが、不意に身体をこわばらせて手を止めた。
マキの態度を不審に思った三人の目がスマートフォンに向く。
そこに映っているのは花吹雪だった。
かなり遠くから撮っているのか、画像は粗い。小さな画面の中で、一人の男が花吹雪になって消えていく。添えられている文字は「衝撃映像! 華守衆殉職の瞬間」。
「こんなん見るもんじゃねえ。どうせすぐに削除される」
マキがすぐさまスマートフォンを取って画面を閉じようとしたが、その手をアケルが止めた。
「待って……」
アケルが食い入るように画面を見つめる。マキもつられるようにして画面を見た。透明な羽根と長い胴体の蟲。男の姿が完全に消えきる頃、画面がぶれて動画が終わる。
マキからスマートフォンを奪い、何度か繰り返し動画を見るアケル。その顔がみるみるうちに青ざめていく。
「おい、よせよ」
マキがアケルに噛みつく。
ヒナもまた叱りつけるような調子で言った。
「そうやって再生回数伸ばすから、調子に乗るんだよ」
しかしアケルは答えずに、黙って画面を操作し、画面のスクリーンショットと動画を保存した。
「てめえ、人のスマホで何すんだよ」
マキが怒ってスマートフォンを奪い返そうとする。しかしマキは、アケルの真っ青な顔を見て、つづく言葉を飲み込んだ。
アケルがマキの手にスマートフォンを戻し、ヒナたちに向かってぎこちなくほほ笑む。
「ごめん、ちょっと急用ができた。会計は済ませておくから、二人はゆっくりしていって」
アケルはそのまま立ち上がると、マキの手を引いてファミリーレストランを飛び出した。
「何だってんだ?」
店の外で、マキがアケルの肩をつかんで問い詰める。
「あれを見て、何か気づかなかったか?」
アケルの声が震えている。
マキが不愉快そうに答える。
「さっきアケルが撮ってた虫に似てるな……とだけ」
「そうだよ。……それともう一つある」
首を傾げるマキ。そんなマキの腕をやや乱暴に引き、アケルは歩き出す。
「詳しくは向こうに行ってから話す」
「行くって、どこに?」
「藍知庁舎」
「はぁ?」
地下鉄の駅に向かって早足に歩きながら、アケルがスマートフォンでどこかに電話をかけた。
「一条アケルです……はい、例の件で少しお話したいことが……」
アケルは何かを考えているのか、地下鉄の中では一言も口をきかなかった。
地下鉄の中で、見知らぬ若者グループがマキとアケルの姿を見て、ヒソヒソと何かを話していた。そのうちの一人が、スマートフォンをこっそりとマキたちに向ける。マキが遠慮無くにらみつけると、その若者はあわてたようにスマートフォンをしまった。
ふだんならばマキをたしなめるはずのアケルが、今は何も言わずに、窓の向こうの暗闇を見つめていた。
―俺たちが 生きる姿を 切り取って 娯楽に変える カメラのレンズ―

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