名梧屋駅から少し離れた商業地区。このあたりは現在、新しい路線の開発にともない、再開発が進められている。その一角で、防塵防音用の白いシートと、さらにそれを覆う色とりどりの花に囲まれ、巨大なクレーンやコンクリートミキサー車などが忙しく動き回っていた。新しい商業ビルの建設が進められているのだ。土埃が舞い上がり、作業員たちがヘルメットをかぶって忙しく作業する現場に、場違いなほど上質なスーツを着た男性が立っている。
平瀬慎吾だった。
「スケジュールの見直しが必要か。現状を確認したい」
現場監督と共に、いくつかの書類を見ながら言う慎吾。その声は、重機が立てる騒音の中にあっても、ふしぎとよく通る威圧感を持っている。白いヘルメットをかぶった現場監督が、汗を拭いながら頭を下げる。
「申し訳ございません。先月の豊朱の事故により、資材の供給が遅れておりまして……」
「なるほど、各所の調整が必要か……」
その様子を、現場の入り口近くから眺めているマキとアケル。二人とも昨日と同じように黒い服に黒い陣羽織を身につけ、腰には刀を佩いている。その姿は建設現場という環境では、より一層異質な存在に見えた。
「あのタヌキ、なんでわざわざこんなところまで来るんだ」
マキが不機嫌そうに呟く。
「平瀬財閥のビルだからな。進捗確認だろ」
アケルが小声で答えながら、周囲に目を配る。正直なところ建設現場は、護衛任務がしやすい場所ではない。足場の悪い地面、動き回る重機、高い場所に吊られた資材。万が一蟲が出現した場合、それらが全て危険因子になる。
「それにしても……」
アケルは、慎吾の周りで作業する作業員たちの表情を見て、小さくため息をついた。慎吾と声を交わす者はみな最初は明らかに緊張しているものの、話し終わる頃には、どこか熱のこもった目になっている。自分たちにはイヤミしか言わない慎吾だが、やはり上に立つ者としての素質は強いらしい。
その時だった。
建設現場の奥の方。防塵防音シートを覆う花の、その葉の上に小さなナメクジが数匹、ふいに現れ、ポトリポトリと地面に落ちた。やわらかな表面が一つ波打ったと思うと、見る間にその体が大きくなっていく。
「!!」
誰よりも早く異変を察知したのはマキとアケルだった。二人の表情に緊張が走る。
「まずい……」
呟くアケル。
「蟲だ! 避難しろ!」
マキが叫んで、そちらの方へと駆け出した。走りながら刀を抜き、水平に構える。
「……花刃」
花をまとい、薄紫に光る刃を振りかざして向かう先に、異形が姿を現す。それは巨大なナメクジのような形をした蟲だった。体長は約五メートル、小型車くらいの大きさがある。
「ぅわあああああ!」
現場にいた作業員たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。重機のエンジン音に混じって、恐怖の声が響き渡る。
マキたちよりもやや遅れて、慎吾もその騒ぎに気づいた。
「なんなんだ、一体」
「蟲が出ました、あなたは早く避難を」
アケルが木札で護華庁に連絡を入れつつ答える。しかし慎吾は言った。
「作業員たちはどうなる」
アケルは即答した。
「俺が避難誘導します」
逃げて、ここから出てと声を掛けつつアケルはマキの方へと走る。一番手前にいる蟲にすでに斬り掛かっているマキに向かって叫んだ。
「作業員の避難が先だ」
しかしマキは答えた。
「たった三体だ、倒したほうが早い」
その答えにアケルの眉がキリリとつり上がる。
「人の命がかかってるんだぞ!」
マキの口元が不愉快そうに歪んだ。
「だからこそだ!」
刀を振りかぶるマキ。マキの鋭い太刀筋が、紫色の衝撃波を伴って蟲の頭部を浅く切り裂く。しかしナメクジと同じように弾力がある身体は、マキの攻撃をうねるように吸収し、思ったようには深いダメージにはならない。
「ちっ……」
舌打ちをするマキ。
「ぐぎゃぁぁぁ!」
蟲が激しい悲鳴を上げて暴れ回る。その巨体が、近くに停まっていたコンクリートミキサー車に激突した。車体が大きく揺れ、ミキサー部分から湿ったコンクリートがあふれ出す。さらに蟲の身体が、小型クレーンの脚部を叩く。バランスを崩したクレーンが、重い金属音を立てながらゆっくりと傾き始める。
「危ない!」
アケルは叫びながら、クレーンの真下で立ちすくんでいる作業員たちの元へ走った。
「こっちです! 急いで!」
アケルは必死に声をかけながら、年配の作業員二人の手を引いて誘導しようとした。しかし、そのうちの一人がミキサー車からこぼれたコンクリートで足を滑らせて転倒する。
「っ……!」
間に合わない。作業員たちの悲鳴が上がった。
「……花鎧」
花吹雪がアケルの身を包みこむ。花の力をわが身にまとわせて肉体強化する能力。
アケルは作業員たちをかばうように立ち、落ちてくるクレーンのアームを、刀で力任せに横になぎ払った。
弾き飛ばされるアーム。ズゥゥン……と重い音を立てて、アケルたちから少し離れたところにひしゃげたアームが落下する。土埃が舞い上がり、飛び散った小石がアケルたちに降り注ぐ。
「……っぅ」
いくら花鎧を利用していても、さすがに負担は大きかった。キツすぎる筋トレをした直後のようなしびれを手足に感じ、アケルは思わず膝をつく。
「……」
マキの視線が一瞬アケルに注がれた。が、アケルが無事であるのを確認すると、マキは再び戦闘に戻っていく。
「だ、大丈夫ですか?」
作業員が焦ったように声をかけてくる。アケルはニコリと笑って立ち上がった。
「いやー、さすがにクレーンは重かったです」
そうしてアケルは転倒したままの作業員に向かって手を差し伸べる。
「さあ、早く逃げましょう。立てますか?」
アケルは作業員を立ち上がらせ、現場の外へと促した。しかし、マキが戦う蟲が暴れ、周囲への被害がさらに拡大していく。足場が崩れ、資材が散乱し、逃げ道がどんどん狭くなっていく。アケルはそれらをかいくぐりながら、必死に作業員たちを誘導していた。
その途中、半ば苛立ちを込めてマキの方を見たとき、アケルは気づいた。
マキが戦う蟲の向こうに、逃げ遅れた作業員がいる。
―望めども 力不足の 青二才 落ち込むことも 人生修行―
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