木剣がぶつかる乾いた音が、村の空き地に響いた。
腕の骨まで痺れが走る。指先が、自分のものじゃないみたいにじんじんした。それでも僕は、木剣を離さなかった。
目の前で、リディアが静かに構えている。
僕と同じくらいの歳のはずなのに、ただ立っているだけで絵になった。背筋はすっと伸びていて、木剣を握る手には少しの迷いもない。
「来ないの?」
「……行くよ」
言われなくても分かってる。
息を吸う。乾いた空気が、喉の奥をひやりと通っていった。
地面を蹴る。正面から、思いきり振り下ろした。
けれど、手応えはなかった。リディアが身体を半歩、ほんの少し横へずらしただけで、僕の木剣は空を切る。勢い余って、前へのめった。
その懐へ、リディアが滑り込んでくる。
まずい――そう思ったときには、もう遅かった。
ごつ、と鈍い音がした。脇腹に木剣がめり込む。衝撃が肋骨の内側を叩いて、息が勝手に口から押し出された。
「ぐっ……!」
視界の端が白く弾ける。膝から力が抜けて、身体がよろめいた。足がもつれる。それでも歯を食いしばって、どうにか踏みとどまった。
じわり、と脇腹が熱を持つ。息を吸おうとすると、痛みが引っかかる。
顔を上げるが、リディアは追撃してこなかった。木剣を下げて、こちらを見ている。
「今の、惜しかったね」
「……そうかな?」
脇腹を押さえたまま聞き返すと、リディアは片足を一歩前に出した。
「前より踏み込みが速かった」
「でも当たらなかったよ?」
「うん」
「そこは、当たってくれてもいいじゃん」
「嘘はつきたくないから」
悪びれもせずに、リディアは言った。
こういうところは、昔から変わらない。僕が勝っているときは勝っていると言うし、負けているときは負けていると言う。手加減も、お世辞もない。
だからこそ、僕も本気になれるのだ。
「もう一回」
「いいよ」
木剣を構え直す。今度は、さっきよりずっと慎重に。
リディアの足を見る。肩を見る。どこから来る。考えろ。右。いや、違う。
左――。そう思った瞬間には、リディアがもう動いていた。
木剣で受ける。がん、と衝撃が腕の芯まで響いた。
一撃。二撃。三撃。
受けるたびに、痺れが肩まで駆け上がる。足が重い。脇腹の痛みが、呼吸のたびにうずく。息が浅くなって、視界が狭くなって、それでもリディアの木剣だけは見失わないように、必死に食らいついた。
昨日より、長く続いている。それだけは、自分でも分かった。
けれど。四撃目を、受け損ねた。
下から跳ね上げられた木剣が、手の中から抜けていく。乾いた音を立てて、少し離れた地面に転がった。
空っぽになった手のひらを、ぼんやり見つめる。そのまま、僕はその場に座り込んだ。
「……また負けた」
「まただね」
「そこは否定してよ」
「でも負けたでしょ」
「そうだけど」
リディアが笑った。つられて、僕も笑ってしまう。
悔しい。すごく悔しい。なのに、不思議と嫌じゃなかった。
「せめて慰めるとかしてよ」
「んー」
リディアは少し考え込むと、近づいて、しゃがんで、僕の頭へそっと手を伸ばした。
「よく頑張りました。前よりも良くなってるし、次はもっと良くなるよ」
その言葉より目の前の笑顔の方が、僕にはずっと温かかった。
「ありがとう」
「まぁでも私も良くなるから、結果は変わらないけどね」
「分かんないじゃん!」
ムキになった僕を見て、リディアは楽しそうに声を上げて笑った。
リディアは僕より強い。今は、それでいいと思っている。
いつか勝てれば、それでいい。
「ほら」
目の前に、手が差し出された。
「立てる?」
「立てるよ」
「じゃあ早く」
その手を掴む。ぐっと引っ張られて、足の裏に地面が戻ってきた。立ち上がった拍子に、脇腹がずきりと鳴る。顔に出ないように、こっそり奥歯を噛んだ。
落ちていた木剣を拾い上げる。握り直すと、指がまだ少し震えていた。
「……いつか勝つから」
「うん」
「本当に勝つから」
「楽しみにしてる」
リディアはそう言って、また笑った。
*
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