木剣を片付けて、僕たちは村の外れにある大樹へと向かった。
草原の丘に、ぽつんと一本だけ立っている木だ。
『この木、何の木だろう』
『気になるね』
初めて見た時にリディアとそんな会話をしたのを覚えてる。
なんせ幹は太くて、僕が両腕を回しても半分も届かない。空を覆うように広がった枝が風に揺れるたび、葉の隙間からこぼれた光が、地面でちらちらと踊った。根もとには柔らかな草が生えていて、風が渡ると、一面が海みたいにゆっくり波打つ。
小さい頃から、僕たちはここが好きだった。何をするわけでもない。ただ寝転がったり、木漏れ日を浴びる。それだけでよかった。
僕は草の上に仰向けになった。土と草の匂い。背中から、じんわりと熱が抜けていく。
「疲れた……」
「私はまだ平気」
「それ、わざわざ言う?」
「だって本当だもの」
リディアは僕の隣に腰を下ろした。僕は少しだけ、身体を横に向ける。
「リディアって、本当に強いよね」
「そうかな」
「そうだよ」
「父さんにはまだまだって言われちゃうけど」
「おじさんと比べたら、僕たちなんてみんな弱いよ」
「じゃあ、もっと強くならないと」
迷いのない声だった。
リディアは空を見上げている。
「私、父さんみたいな騎士になりたい」
「じゃあ王都とか行っちゃうの?」
「いつかはね」
その横顔は、もうずっと遠くを見ていた。僕にはまだ見えない、道の先を。
そのせいなんだろうか、ほんの少しだけ、胸のあたりがすうすうした。
「イルヴァは?」
「僕?」
「うん。何になりたい?」
聞かれて、僕は空を見た。
青い。雲がひとつ、ゆっくり流れていく。
「……分からない」
「そっか」
「でも、強くなりたい」
「剣?」
「それもだけど……」
少し考えてから、言った。
「魔法も」
「魔法、好きだもんね」
「うん」
僕は自分の手を空にかざした。指の隙間から、光がこぼれてくる。
魔法には、ずっと憧れていた。火を灯したり、水を操ったり。村の大人たちが使うのを見るたびに、いつか自分もあんなふうにできたらと思っていた。
「強くなったら、何するの?」
「それは……」
言葉が止まる。考えてみる。けれど、やっぱり具体的なことは何も浮かばない。
ただ、ひとつだけ。
「リディアを守れるくらい、強くなりたい」
口にしたあとで、頬が熱くなった。
リディアは僕より強い。剣でも、今の僕なんて相手にもならない。なのに、守るなんて。笑われるかもしれない。
けれど、リディアは笑わなかった。
「じゃあ、頑張らないとね」
「うん」
「私も強くなるから」
「……そこは、ほどほどにしてよ」
「嫌」
「やっぱり?」
「うん」
二人で吹き出した。
しばらくして、僕は身体を起こした。
「魔法の練習する」
「今?」
「今」
右手を前へ出す。目を閉じて、魔力を集める。
身体の奥、おへその少し上あたりに、小さな熱の溜まりがある。目を閉じると、それがどこにあるのか、何となく分かるのだ。けれど、その熱はいつも少ない。両手ですくった水みたいに、指の間からすぐこぼれてしまう。
それをかき集める。手のひらへ、手のひらへ。
――ぽっ。
「……できた」
指先ほどの炎だった。風が吹いたら消えてしまいそうなほど、頼りない。
けれど、昨日より、ほんの少し大きい。
「昨日より大きいね」
隣から声がした。
「分かる?」
「分かるよ」
「本当に?」
「うん」
リディアは炎を覗き込んだ。小さな橙色が、彼女の瞳の中で揺れている。
「ちゃんと、大きくなってる」
その一言が、胸にすとんと落ちた。
僕は暫く炎を眺めていた。小さな火。ただそれだけの、ちっぽけなものだ。でも、昨日より大きい。それだけで、明日もやってみようと思えた。
やがて魔力が減ってくると、炎はふっとほどけるように消えた。
「いつかもっと凄い魔法を使いたいな」
「じゃあ頑張らないとね」
「リディアも稽古、頑張ってるからね」
「私はまだまだ」
「僕からしたら十分すごいよ」
「イルヴァも、いつか追いつくでしょ」
「追いつく」
即答だった。
「絶対?」
「絶対」
「じゃあ、楽しみにしてる」
リディアが笑った。
この作品が気に入ったら

コメント
まだコメントはありません。
会員登録(無料)かログインをすると、コメントを書けます。