国王執務室で私は目の前の報告書に目を通し、頬に伝う雫を止めることが出来ない。ヴァルグラン王国四代目国王シーラの印を押し、滲む視界で報告書をもう一度読み返す。
ヴァルグラン歴百二十九年 鎌研月本来であれば穀物の収穫を控え国民が希望を持つ時期に起きた痛ましい事件。
王都から遠く離れた北東の国境を守るリヴァール砦を中心に起こった今回の動乱。
発端はアサト村から北方に二日程の距離にある狩猟小屋が大量の獣人ウォルグに強襲され六名の狩人が逃げ遅れた。
逃げ延びた二名の狩人がアサト村に到着後、ヴァルグラン王国駐在兵の迅速な判断により、即座に避難が始まる。
同時にリヴァール砦より先行の魔導鎧三体がアサト村に到着し周囲の警戒を開始。
同時進行にて周囲二つの村に各二体ずつの魔導鎧が砦への避難を促すため派遣された。
最北の村に向かった二体の魔導鎧の視界一面に群がるウォルグ発見の通信を受け、全集落の砦への避難と同時に北門の防衛戦準備が開始された。
推定で三千体のウォルグの群れである。
防衛戦が開始されウォルグの主力が北より侵攻。別働隊が北西、北東の村を襲撃しつつ侵攻してきた。
砦の防衛に副長含む五体。北東の村の避難誘導および防衛に三体、北西の村の避難誘導に隊長を含む二体の魔導鎧。三番隊全ての魔導鎧が動員され、一般兵三百名、冒険者による義勇兵三十名での防衛戦となった。
ヴァルグラン軍本隊は多方面の襲撃に備え、各砦増援を決定した。
北からの主力のウォルグ達の襲撃により村人の避難は困難を極めた。しかし、迅速な現場の判断により負傷者は多いものの死傷者は最小限に抑えられた。
避難と防衛が成功し本国からの援軍を待つリヴァール砦にさらなる悲劇が襲った。
大型魔獣『エルフォング』の群れが北西より侵攻。同時に北からも五頭現れた。
北門の主戦場では、三頭討伐するも義勇兵含む一般兵四十名以上の死者と魔導鎧二体、装着者一名の損耗が出た。現場の士気が乱れ一時門間際まで追い込まれるが、義勇兵の働きにより拮抗するまでに回復する。
だが、打破には及ばずリヴァール砦は追い込まれた。
西のエルフォングの群れと遭遇した二体の魔導鎧は隊長機が切り込み、一体は避難民の護衛と誘導を行った。
その後、隊長機からの通信により現場の士気が向上し砦北門のウォルグ及びエルフォングの撃退に成功する。
北西では、魔導鎧の魔力炉の爆発とおぼしき光が観測され、爆心地からは真っ二つに折れた魔導装備が発見された。
被害は
避難民十二名死傷 行方不明無し
義勇兵十三名死傷 行方不明一名(目撃者の証言では空間跳躍の魔法を行使。魔法陣の刻まれたマントが残されていた。)
一般兵八十八名死傷 行方不明無し
魔導鎧三体大破
魔導鎧装着者一名死傷 行方不明一名(三番隊総員の申し出により隊長の捜索は継続)
淡々とした報告書から状況をもう一度読み取り玉座から立ち上がる。
そして私の横に控える大賢者を睨む。
この国を建国から見守り、常に王と共に歩んできた伝説の大賢者。対外的には名前を受け継ぎ、実力のあるものが代替わりしているとされている。
その実は百二十九年、正確には百三十二年前より同じ姿で居続ける桃色髪の少女。
大賢者マリア。
今、目の前にいるのは恐らくマリアの作ったホムンクルスのロンちゃん。
私が気がつけなかったということは認識障害の魔術を多数使っているのだろう。疑いもしなかったし、分かった今もマリアにしか見えない。
「あんのキノコがーーーーーーー!」
と怒鳴ると、ロンちゃんが困った顔をして吹けもしないない口笛を吹いている……
毎日キノコ料理を作ってくれた。私と姉さんの養母。
キノコの魔女マリアの軽率な行動、王国の危機に感情に流され単独行動をする愚かさに腹が立った。
しかし、彼女の本質を思い出し怒りを収め、遠くを見つめながら彼女を思う。
感情的で、守るべきものをほおってはおけない。他人を救うなんて理解出来ないとよく言うけれど自分が一番ヴァルグランの教え、人は城を体現する存在。
「マリアが本気で動いたならあの子は無事かな?」
私は養母と、部下の安否を案じながら涙を拭った。
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