隊長執務室で副長のヘルガから渡されたリヴァール砦防衛戦の報告書を読む。
血の気が引く、と同時にルヴェリーに通信回路をつなぐ。
応答なし。
一般兵は、ヘルメットに通信回路が組み込まれている為、戦闘時以外は応答無しの場合が多い。
しかし、魔導鎧装着者は基本的に下着代わりに耐熱スーツをインナーとして着用しており、脱いでいなければ通信はほぼ繋がる。
通信回路が繋がらないのは、インナーを脱いでいる、通信回路もしくはスーツ自体が破損している、応答できる状態ではないの3つの理由しかない。
最悪の可能性が頭によぎる。
居ても立ってもいられない、今すぐ行動!
「動くこと雷霆の如!」
ヴァルグラン戦訓6か条の1つを口にして立ち上がる。
私の隣にいた副長のヘルガが、そっと私の魔導鎧の制御宝珠を隠そうとしている。
「ヘルガさーん、なにしてるの?」
ビクリと手を止め、こちらをゆーっくりと向きながら
「そこのグライシアとかいう猪突猛進丸が、今にも魔導鎧を装着して飛び出しそうっスから、阻止しようかと……」
可愛い顔してさらりと毒を吐いてくる。猪突猛進丸ってなんなのよ。
「しょうがないでしょうが、私の中のモコモコしていてフワごろっとした何かが、魔導鎧を来て今すぐ飛び立つんだ〜と叫んでいるのよ!」
私の心の内から湧き上がる気持ちを吐き出す。
「へいへい、モコッチが言ってるんですから多分正しいと思いますっス。ただ一応無駄な抵抗しとかんと陛下に叱ら………ゲフンゲフン」
止めようとはしていないってことか、んじゃ行っていいのね。
ヘルガから制御宝珠を受け取り、一緒に幾つかの書類も受け取る。
これは何?
「休暇届けとかですよ~、どうせ脳筋隊長は用意してねーっスよね」
見ると全て記入済みの1ヶ月間休暇申請書と魔導鎧使用許可申請書、諸々の通行許可申請及び有事の際の現地指揮権の掌握権限申請書だった。どれだけ準備いいんだよ、この自動罵詈雑言製造娘は。
「ありがと、助かるよ」
私には過ぎた右腕にお礼を言うと、そそくさと執務室をでて事務局に向かう。
「ミス大雑把がいない間に、細々とした事を処理しときますね〜。あぁ~楽チン楽チンっス」
背後から失礼な声が聞こえた気がした。
あれからスムーズに申請処理が済む。事前申請もされていたようで、ほぼノータイムで書類がそろっていく。
ヘルガ恐ろしい子。
ヴァンじいさんの工房に整備を頼んでいた私の魔導鎧「クリスメッサー」を受け取りに行く。
いつも通りの暑苦しくも活気あふれる工房を、ヴァン爺さんを探して歩く。
「姫さん、頭領なら奥の魔導鎧ハンガーにいたぜ」
キョロキョロしていると職人のゴンさんが、がなり声で教えてくれる。
「ありがとう、言ってみる」
ひらひらと手を振り、言われた方に向かうとゴンさんはハンマーを振って見送ってくれる。あの爺さんも凄腕で、国中から弟子志願者が集まってくるほどらしい。
お目当てのハンガーにつくと、ヴァン爺さんが渋い顔で私のクリスメッサーを見つめていた。
「なんか問題でもあった?」
爺さんに声を掛ける。
「ん? あぁ姫さんか。いや、こいつにゃ何も問題ねーよ。いつも通りツインドライブも完全同期している」
ニカッと笑ってこちらに向かって歩いてくる。
「ただよー、ルヴェリーの嬢ちゃんのことが心配でな。」
笑顔から一転して困り顔で話しかけてくる。
「そうね。でも何故か平気な気がするの。」
心配もしているが、私の心の中のモコモコしていてフワごろっとした何かが大丈夫だから魔導鎧を装着して北へ飛び出せと叫んでいるので従おうと思っている。
今までも、いつもこの叫びに助けられているから、今回もきっと大丈夫………と信じたい。
「そっか、姫さんがいうならその通りかもしんねーな。まぁいいわ、言われた通り隅々までメンテしてあるぜ」
そう言って、クリスメッサーの方に連れて行ってくれる。
クリスメッサーの巨大な勇姿を見あげる。
私の倍以上の巨体、両肩にほぼむき出しに近い形で取り付けられた二基の魔力炉、そこから放射状に伸びる冷却装置。
武骨な肩に反して洗練された巨体は丸みを持ち、他の大型魔導鎧と比べるとどことなく女性のような印象を受ける。
現在、胸部装甲が跳ね上がり、腰部が開いた状態である。中は空洞がありそこに私が入って装着する形になる。
他の量産型は各パーツを体に装着していく方法をとるが、クリスメッサーは大型な為、五大魔導鎧と同じく搭乗する形態となっている。
「ヴァン爺、このまま乗って行ってもいいかしら?」
そういいながら、水晶を生み出す魔剣シルフィーフランベルを腰の鞘から抜き、クリスメッサーの背部の鞘に納める。
「そうだと思ってたぜ。後部キャリアにヘルガの姉ちゃんから預かった旅支度と食料が積んであるから、そのまま行けるぞ」
えっ、そこまで据え膳! 私が何にも用意していないことを見越しての用意…………私が持っていくべきは、ヘルガだったりする?
「生活能力がキリギリスよりよりの娘っ子のお世話は御免こうむるッス」
明確な幻聴が聞こえた気がする、周りを見渡すが気配は無し。
まぁ気を取り直して、腰部から伸びるハシゴを登り腰部の2つの穴に足を差し入れ、下半身の魔力回路に魔力を通す。
「シュー」
音を立て腰部がスライド、はしごが格納され私の下半身に耐熱、耐爆の皮膜が張り付き固定される。
次に上半身に魔力を通す。
「ガゴッ バシューン」
音を立て胸部装甲が閉まり私はクリスメッサーの中に完全に収納され、上半身にも皮膜が張り付き締め付けられて固定される。
クリスメッサーと私を繋ぐ神経接続の魔力回路に魔力を流し、いつもの何とも表現できない感覚に身を任せる。視界がぼやけ、再び明瞭になる。
クリスメッサーの目からの視覚情報を受け継ぐ、体が一回り以上大きくなる何とも不思議な感覚。
「ヴァン爺行ってきます!」
私はそう声を掛け、ハンガーを出て北を目指す。
背後では、工房の皆が手を振ってくれていた。
「簡単に食べれるものだけ入れてあるッスからちゃんと食べんのよ。たーいちょっ!」
幻聴に見送られ、私はクリスメッサーと共に友の待つ北を目指す。
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