蒼達がそれぞれ椅子に着くと、葵は冷蔵庫からペットボトルを取り出して、コップにお茶を注ぐ。そして、全員の前に出してから自分も椅子に座った。
それを確認すると蒼は、迷わずに手を上げる。
「アイさんが、ここから動けないのはなんで?」
「……あいつから一宮さんの世話をするように言われている。あの人は地下から出られないから俺が外と地下を行き来するしかない」
「確かに、最近葵さんを見ていないと思っていましたが、そんな理由があったのですね」
昴がどこか納得したように呟くのを聞きながら、蒼はチラリと台所を見る。地下の簡易キッチンよりも生活感のある様子から、葵が長く駿河家を離れていたことは分かる。
唯華の使いで時々、本島に行っている様子もあったため、あまり気にしていなかったが、一体いつから唯華はこの件を把握して動いていたのか気になった。
肇と接触したのが半年前となると、4月のシージャックの時点では既に動いていた。なんならこの話はシージャック事件よりも前から動いていた。一体いつからだ? 蒼は、禍月組の内通者はいつから"サーカス"に所属していたのか。
その情報を果たして唯華は葵と共有しているのかという点も気になる。
「俺も正直、ほとんど分かってはいない。いつも通りに呼び出されたと思ったら、一宮さんの世話を頼まれたからな。……ただ、一宮さんが禍月組の手に落ちることが危険なことは分かっている」
「……そんなに一宮は危険な立ち位置にいるの? 本人を見ているとそんな感じはしなかったんだけど」
琉架が口を挟む。葵はなんとも言えない表情をした。
「……実は、一宮さんには伏せているんだが、あいつ曰く禍月組は相手を洗脳する技術が既にある。科学を能力と同レベルに押し上げられる、来宮とは違ったベクトルの天才らしい」
「……もしかして、"サーカス"に侵入しているのはその科学者か、その科学者が発明した何かを持った者が能力者のフリをして侵入している可能性が……?」
「否定は出来ないと思う」
目を見開き、震える声で尋ねる昴に葵は言葉を飾らずに可能性を伝える。
昴は青白い顔で葵を見つめていた。
ここ3日ほど毎日顔色の悪い昴を見ているなと思いながら、蒼も情報の整理をする。
まず、"サーカス"過激派の島脱出のためのノアズ計画。現在は脱出のためにペーパークラフトで船を製作中。7月中には完成の見込み。
しかし、その中には禍月組の内通者がいる。その内通者は能力者かどうかわからない。
また別件で禍月組は限りなく人に近い兵器を作ろうとしている。その兵器には人格と能力を移植することが可能。
そして、さらに人に近付けるために肇の人形使いの能力が狙われている。
情報はそこそこ揃ったと言ってもいいだろう。しかし、このうちノアズ計画を潰すのに関係するのがどれなのかを蒼は判断しかねていた。
やはり、宮端商店街にある怪しい店の店員が人形であるかの確認が必要かと悩む。
肇の能力が必要ということは人間と違い、柔らかさも体温もないはずだ。髪で瞳が見えなかったのも、顔を隠すというよりも、偽物だとバレないようにするのが目的だった可能性も高い。
「ねぇ、すーさんはこの後どうする? 俺と琉架さんは商店街の方に行くけどさ」
「……」
「俺は、気になるなら行くべきだと思うよ。君の立ち位置がよく分かってないんだけどさ」
悩む昴に琉架は優しく声をかける。昴は少し俯いて考えてから顔を上げた。
何度か見た覚悟した表情に自然と蒼の口角はあがる。
「……私は、"サーカス"については、知らないといけません。だから、一緒に行っていいですか?」
「もちろん」
琉架は優しく微笑んだ。葵も答えがわかっていたのか昴を見る瞳は優しい。
「そうか。なら、美月に連絡を入れておく」
「ありがとう、ございます」
「俺はあんたの自由を奪ってる側の人間だ。お礼はいらない」
淡々と葵が携帯を取り出してメッセージを打っていた。
「動きが決まったなら、まずはすーさんの変装だな」
「確かに、日向君の白髪は目立つもんね。車に変装道具あったかな?」
「それなら、ここに用意がある。持ってくるが、昴はサングラスは問題ないか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか」
昴に確認すると、葵は入ってきたのとは別の扉から他の部屋へと移動していった。
「すーさんが、俺らと一緒に動くのは吹雪の予測通りって感じだな。……これで行く場所まで予測されてたら初めから情報寄越せって思うけど、まあ無償ならこれが妥当か?」
「吹雪の無償の情報提供って怖いですね」
「そうか? ……でもそうかも。金の代わりに労働力で対価とってるからな」
蒼はそういえばそうだったなと納得する。唯華の相手をする際は、タダより怖いものはないと理人や月陽が言っていたことを思い出した。蒼は比較的自由に動いているから、あまり実感は湧かないことに変わりはないのだが。
「……話に聞いてると吹雪はすごい合理的な人なんだね」
「それと、金の亡者な! 俺が知ってるやばい案件は対立する2組織どっちもに金銭に見合った情報を売って、泥沼にまでもつれ込ませて金をむしり取っていたやつかな!」
「……たしかに、吹雪ならやりそうですね」
「……えっと、そんな性格の人が立てた作戦の手の内に入って大丈夫なの?」
琉架が少しだけ戸惑った様子で蒼と昴を見る。
「私には、それしか出来ませんから」
「大丈夫! 俺が関わるから多分自由度はでかい」
「えっ、そうなの?」
「おう! 本人に作戦クラッシャーだって、何度か言われて、本当に関わって欲しくないのに関しては、俺に一切情報入れないか、他の問題をぶつけてくるからさ! 多分、今回のは後者だと思うんだよな」
蒼は笑いながら琉架に説明する。琉架の戸惑いが強くなったように感じたが気にしない。
「何を盛り上がってるんだ」
葵がボストンバッグを持って戻ってきた。
「え? ゆ……吹雪のイカレ具合を琉架さんにプレゼンしていた」
「……今回の件は、あいつは関わる気がないと言っていたぞ?」
「あっ、やっぱり?」
鞄からウィッグやサングラスを取り出しながら葵が淡々と答える。
予想通りの回答に蒼は、「ふーん」と適当に相槌を打つ。
「とりあえず、昴。これでいいか?」
「ありがとうございます」
そして、昴は黒髪のウィッグを被り、サングラスをかける。前回のカラコンと違い、サングラスの似合ってなさに蒼は笑いを必死に堪えた。
「じゃ、行こうか」
準備が出来たのを確認すると琉架が席を立つ。そして、葵に玄関まで見送られ、3人は車に乗り込んだ。
蒼は車に乗り込む前に、とりあえず商店街に付いてくるようにカラスを空へと放った。
そして、宮端商店街までの短い距離を車で移動する。
蒼は、チラリと携帯を確認し、件の店員が出勤していることを確認すると、携帯をポケットにしまい、窓から流れゆく外の景色をなんとなく眺めていた。
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