爽やかな果実の香りがこぼれる。
トレーからテーブルにカップを置く。たったそれだけのことで、こんなに指先が震える。陶器が触れ合う音が静かな室内に響いて耳障りだ。先に席についていたきれいな顔の男は、ミラの緊張を見て淡く笑う。
「いい香りだね。これは……レモンかな」
「えと、はい。レモンバームのハーブティーでしゅ。……です」
「ガッチガチじゃねえの。受付がこれじゃ不安だね」
「失礼ですよ、口を慎みなさい」
窓際にいる男の悪態を、本棚のそばに立つ女がたしなめる。窓の男は不満そうに目をすがめた。
椅子に座らない二人に対して、カップをテーブルに置いておくと伝える。男は興味なさそうに一瞥するだけで、女は嬉しそうに表情を緩めて「ありがとうございます」と軽く頭を下げた。
ドアベルがいまだに揺れている。来客を告げる大役を果たしたせいか、こころなしかベルが誇らしそうだ。
ハーブティーを淹れ終えたミラは、緊張で震えながら着席する。その足元にノノンが寄り添う。どうやらボディガードを気取っているらしい。
「ところで」きれいな顔の男が、不思議そうに首をかしげる。「店主は今、不在なのかな」
「店主は私です。半年ほど前に、先代から相談所を引き継ぎました」
「そうなんだ。それじゃあリンダさんは、今なにをしているの?」
突然出てきた祖母の名前に、ミラは少し動揺した。付き合いが深い人にはきちんと訃報を届けたはずだ。
「……半年ほど前に、永眠いたしました」
「それは、……すまない。知らなかったとはいえ、不躾なことを聞いた」
視線を伏せて憂う彼は、ミラの視線に気づいてか、なにかをごまかすようにやわらかく笑った。
星の光を集めた、やわらかな金の髪。きつく結ばれた口元。抜けるように白い肌。それらが合わさって、作り物めいた美が彼に宿っている。歳はおそらく、ミラより上。けど、片手以上離れているようには見えない。白いシャツにスラックス。簡素な格好だからこそか、彼の美が際立っているようだ。
そしてなにより目を惹くのは、大きく輝く碧の瞳。澄み切った湖畔の水を思わせる、たおやかで爽やかな色だ。
ミラと彼の視線は、合わさったまま。きれいな色だ。思わず見入ってしまうほどに。相手はうれしそうに「そんなに熱を入れて見つめられると、勘違いしそうだ」と甘く見つめ返してきた。
「す、すみませんっ! 全然、まったく、これっぽっちも他意はなくて!」
「うん。分かってるよ。からかってごめんね」
たしん、と、ノノンのしっぽがミラの足をはたいた。「んな」と普通の猫のように鳴く。窓際の男はおかしそうに声をあげて笑っている。
気分を切り替えるために、小さく咳払いをする。……彼はまだ、甘い笑みのまま。
「改めまして、相談所店主のミラ・カーティスです。ご用件は」
「その前に、こちらも自己紹介させてもらおうかな。カイ、レナ」
彼はそれぞれ、窓際の男と本棚の女に声をかける。女はすぐに一礼したが、男は興味がないのか外の景色を眺めていた。
「先程から失礼にもほどがありますよ、カイ」
「レナがきっちりしてるから、バランス取れてるんじゃねえの」
「関係ないでしょう。はじめくらい挨拶なさい」
「へいへい、はじめくらいはきちんとしまーぁす」
不承不承の態度を隠しもせず、カイと呼ばれた男は、座るミラを見下ろすように視線を投げる。上から押さえつけるような圧があった。思わずたじろげば、ふっ、とバカにしたように笑われた。
「カイ・ロペス」テーブルについてる彼を示しながら「そいつの、あー……友達みたいなもんだ」
「よ、よろしくおねがいします」
「はは、やぁだ」
朝焼けの空を詰め込んだような紫の瞳をにやっと細めて、カイが笑う。硬そうな黒い髪が光を吸い込み、黒い皮手袋をした手をひらりと揺らして、ミラを追い払うような仕草をする。
流石にミラが浮かべた笑みにピシッとヒビが入る。許されるのなら、今すぐにでも水をひっかけて追い出したい気分だ。
「妖精とか相談所とか嫌いなんだよね、詐欺師とよろしくするつもりはないんだわ」
「詐欺師!?」
流石にノノンもカチンときたのか、足元で毛を逆立て威嚇している。
無意識に、ミラの手がティーカップに伸びた。――そのときだ。
「いい加減になさい」
「あだッ」
レナと呼ばれた女が、カイに勢いよく拳を落とした。頭を押さえてもだえるカイを「そのまましばらく黙っていなさい」と切り捨てた彼女は、ミラにむき直り頭を下げた。
「失礼な態度をお詫びします、申し訳ありません」
「そんな! 驚いたしムカついたけど、あなたが謝ることじゃないです!」
投げつけようと握ったはずのカップに口をつけて、ハーブティーを含む。優しくて甘い、爽やかな香りがふわりと踊る。
「レナ・ライナと申します。カイと同じく従者としてここに参りました。重ね重ね、カイが申し訳ありません」
「大丈夫、大丈夫ですからっ。顔をあげてください」
そろりと、レナが姿勢を正す。イチゴの甘さをまとった長い金の髪は高い位置でまとめられており、砂糖を焦がした瞳は凛々しい。カマーベストがよく似合っている。
痛みにもだえていたカイはテーブルの下にいたノノンを見つけたようだ。彼を撫でようとしているようだが、強い威嚇に手が出せずにいるらしい。
「最後に、僕がテトだ。よろしくね」
「よ、よろしくおねがいします」
「紅茶の髪にペリドットの瞳。絵本に描かれる妖精がそのまま現れたみたいだ。きれいだね」
「はあ。ありがとうございます……?」
座っている彼はやさしく告げて、甘く笑った。……なんだかよく出来過ぎていて、ときめきを通り越し胡散臭い。依頼人を警戒するというのもおかしな話だが、この人が、一番、なにを考えているのか分からない。
「自己紹介も終わりましたし、今度こそご用件をお聞きしてもいいですか?」
「……まあ、そうだよね。今はそっちが大事だ。レナ」
「はい、すぐに」
すっとレナがなにかをテーブルに置いた。
古い地図と、小さな一枚のメモ用紙だ。
「探してほしいものがあるんだ。“クエレブレの盾”と呼ばれているもので、我が家に伝わる家宝なんだ。それを妖精が隠してしまったらしい。僕らはその家宝は見たことがない。手がかりは名前と、その二枚だけ。……ぜひ、知恵をお借りしたい」
――これだけで見つけるなんて無理だよ!
とっさに上げそうになった弱音を飲み込む。代わりにため息がこぼれた。
はじめての依頼は、どうやらかなり困難らしい。
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