天文部に最初の新入部員が来たのは、五月の終わりだった。
その日の放課後、あかりは部室の掃除をしていた。ハルが持ってきた望遠鏡のレンズを布で拭き、棚の埃を払い、古い星座表を一枚ずつ丁寧に張り直す。窓を開けると、初夏の風が教室の匂いを運んできた。グラウンドからは、金属バットの乾いた音が聞こえてくる。
扉を叩く音がした。あかりが振り向くと、大きな体を縮めるようにして、一人の男子生徒が立っていた。日焼けした肌に、まだ少し伸びきっていない坊主頭。ユニフォームの上着を脱いで、腰に巻いている。
「あの、ここ、天文部ですよね。佐伯ユウマです。野球部です」
名前を言うと、彼は一度深く頭を下げた。その勢いのよさに、あかりは思わず笑ってしまった。
「佐伯くん、だよね。ケンから聞いてるよ。ありがとう、来てくれて」
「いえ、高橋先輩に言われて来ました。あの、正直、星とか全然わかんないんですけど、大丈夫ですか」
「大丈夫。わからなくても、一緒に見ればいいから」
ユウマは、ほっとしたように息を吐いた。それから、部室の中を物珍しそうに見回して、ハルの望遠鏡に目を留めた。
「うわ、かっこいい。これ、高いやつですよね」
「前の学校の子が、使わなくなったからくれたの」
あかりがそう説明すると、ユウマは急に真剣な顔になった。
「なら、大事にしないとですね。俺、めっちゃ雑なんで、気をつけます」
そう言って、彼は望遠鏡のケースの前に正座した。その姿勢のまま、ハルが組み立てている鏡筒を、目を輝かせて見つめていた。
ハルは、その様子を見て小さく笑った。
「組み立て、やってみますか」
「やります!」
ユウマは勢いよく立ち上がり、ハルの指示に従って三脚を広げた。ところが、脚の一本をうまく固定できず、三脚はぐらりと傾いた。慌てたユウマが手を伸ばすと、そのまま鏡筒にぶつかり、がつんという鈍い音が部室に響いた。
一瞬、時が止まったような沈黙が流れた。
「……ごめんなさい」
ユウマの声は、消え入りそうだった。あかりは、急いで鏡筒を確認した。幸い、レンズにもチューブにも傷はついていなかった。ほっとして、思わず大きなため息が出た。
「大丈夫。壊れてない。ちょっとびっくりしたけど」
「本当に、すみません。俺、こういうのやったことなくて」
「最初は誰でもそう。次からは、ゆっくりやろう」
ハルは、三脚の脚をゆっくり広げながら、ユウマに手順を教えた。脚の長さを揃えること、ネジを締める方向、固定の順番。ユウマは何度も頷きながら、慎重に手を動かした。やがて三脚がしっかりと立つと、ユウマは「おお」と小さく声を上げた。
「俺、ちょっと感動しました。ちゃんと立つんですね」
「そうですね。立ってくれると、嬉しいですよね」
ハルの言葉に、ユウマは子どものように何度もうなずいた。その顔を見て、あかりの胸に、ふと温かいものが広がった。
部室の中には、少しずつ、人の気配が増えていく。それが、なんだか不思議で、嬉しかった。
その日の帰り道、ユウマはあかりとハルに、野球部の話を少しだけしてくれた。
「俺、ピッチャーに憧れてたんですけど、今はキャッチャーなんです。高橋先輩の球、受けるとめちゃくちゃ痛くて。でも、あの人の球を受けるの、好きなんですよね」
「ケン、いつもそうなの? 練習の話、あんまりしないから」
あかりが聞くと、ユウマは少し照れくさそうに笑った。
「高橋先輩は、家では喋らないタイプなんですか。グラウンドでは、めっちゃ声出してますよ。『もっといけるぞ!』とか」
あかりは、ケンの大声を想像して、思わず笑った。小学生のときの、ドッジボールでの大声が、ふいに蘇った。
「それ、昔からなんだよね。本当に、変わってないや」
「え、三浦先輩、高橋先輩と幼なじみなんですか」
「うん。近所で、ずっと一緒だったの」
ユウマは、ぽかんと口を開けてあかりを見た。それから、にやりと笑った。
「へえ、そうなんですか。じゃあ、あとで高橋先輩に言っとこ。三浦先輩が天文部の部長だって」
「ちょっと、やめてよ」
あかりが慌てると、ユウマは楽しそうに笑った。その横で、ハルは黙って聞いていた。表情は穏やかだったけれど、その目はどこか遠くを見ているようだった。
二人目の新入部員は、思いがけない場所から現れた。
美術部の小林サキだ。同じ学年の女子で、いつも教室の隅で絵を描いている。あかりも名前だけは知っていた。大人しそうな子で、話したことはほとんどない。
サキが部室に来たのは、ユウマが入部した翌週の水曜日だった。扉の前でおどおどしながら、なかなか中に入ってこない。あかりが声をかけると、サキは顔を真っ赤にして、一枚のスケッチブックを差し出した。
「あの、これ、見てほしくて」
スケッチブックを開くと、そこには夜空の絵が描かれていた。黒い画用紙に、白や黄色の絵の具で、無数の星が散りばめられている。一つひとつの星が、驚くほど丁寧に描き込まれていた。中心には、大きな渦を巻く星雲があった。
あかりは、息を呑んだ。
「小林さん、これ、すごく綺麗」
「本当ですか」
「本当に。どこで見たの、この星雲」
サキは、少しうつむいた。
「図鑑の写真を、そのまま真似して描いたんです。でも、実際に見たことはなくて。美術部では、静物画ばっかりで、星の絵なんて描いたら怒られるんです。だから、ここで描けたらなって」
サキの声は、どんどん小さくなっていった。あかりは、スケッチブックの端を指でなぞりながら、言葉を選んだ。
「描いていいよ。ここで。星は、どんなふうに描いてもいいんだと思う」
サキは、ぱっと顔を上げた。その目に、わずかに涙がにじんでいた。
「本当に、いいんですか」
「うん。むしろ、来てくれて嬉しい」
サキは、スケッチブックをぎゅっと抱きしめた。そして、小さな声で言った。
「私、入部します。それで、いつか、本物の星を描きたいです」
その言葉を聞いた瞬間、あかりの中で何かが、きらりと光った。
部員は、あと一人。
その夜、あかりは生徒会に向けて、部員の報告書を書いた。三人の名前を並べたとき、ペンを持つ手が少しだけ震えた。
「三浦、三人だな」
翌日、廊下で生徒会副会長の水瀬レイに呼び止められた。黒髪をきちんとまとめた、落ち着いた雰囲気の女子だ。手には、あかりが提出した報告書を持っていた。
「三人入部したのは、認めます。ただ、規定は五人。残りは二人だ」
「わかっています。あと二人、必ず集めます」
レイは、報告書の字をじっと見つめた。それから、ふっと小さく息を吐いた。
「正直に言うと、廃部の件は私も反対なの。生徒会の中でも、あなたたちを支持している人は、少しずつ増えてる。でも、規定は規定なのよ」
「はい、わかっています」
「それと、顧問の件はどうなってるの。木村先生は、もう顧問を降りたでしょう」
あかりは、言葉に詰まった。その通りだった。木村先生は、観測会の許可は取ってくれたけれど、名前を貸すことは断っていた。
「まだ、探しています」
レイは、少しだけ表情を和らげた。
「そう。見つからなかったら、正直に言って。生徒会で、顧問になってくれそうな先生を、一緒に探すから」
その言葉は、思いがけないほど優しかった。あかりは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
部室に戻ると、ユウマとサキが、窓際で何か話し込んでいた。ユウマは、サキのスケッチブックを覗き込んで、「これ、マジで星なんすか」と目を丸くしている。サキは、耳まで赤くして、小さくうなずいていた。
その光景を見て、あかりはふと、胸が温かくなるのを感じた。
放課後、あかりとハルは、二人きりで部室に残った。ユウマとサキは、野球部の練習と美術部の活動があって、先に帰っていた。窓の外では、夕焼けが校庭を赤く染めている。
「三浦さん、今日は、少し疲れた顔してますね」
「そうかな。でも、いいことがあったから」
「いいことって、部員が増えたことですか」
「それもだけど、みんなが楽しそうにしてるのが、嬉しくて」
ハルは、窓の外に目をやった。その横顔は、少しだけ寂しそうに見えた。
「僕、ずっと一人で星を見てたんです。だから、誰かと一緒に見るって、どういうことか、正直よくわからなくて」
「今は、わかってる?」
ハルは、少しだけ考えてから、答えた。
「はい、なんとなく。三浦さんと見ると、星がちょっと、綺麗に見える気がします」
あかりは、なにも言えずに、ハルの横顔を見つめた。ハルは、照れくさそうに頭をかいた。
「すみません、変なこと言いました」
「ううん、変じゃないよ」
二人の間を、初夏の風が静かに通り抜けた。
その日の夜、ハルから一通のメールが届いた。
『来週の土曜日、もしよければ、学校の近くの丘で観測しませんか。今、流星群が来てるみたいです。二人だけでも、やりたいです』
あかりは、そのメールを何度も読み返した。二人だけ。その言葉が、胸の中で不思議な響きを持って、いつまでも残った。
土曜日の夜、あかりは、丘の上で待っていた。小さな懐中電灯を手に、空を見上げる。星は、いつもより少しだけ多く見えた。丘の上は、町の灯りから離れていて、空が広がっているのがよくわかった。
やがて、足音が聞こえた。ハルが、望遠鏡の入ったリュックを背負って、坂を上がってくる。
「すみません、遅くなりました」
「ううん、まだ大丈夫。来てくれて、ありがとう」
二人は、草の上に毛布を敷いて、並んで座った。ハルが望遠鏡を組み立てる間、あかりは空を見上げていた。
「今夜は、何座の流星群?」
「ペルセウス座です。毎年この時期に、結構見えるんですよ」
ハルは、三脚を立てながら、ゆっくりと説明してくれた。ペルセウス座の流星群は、彗星が残した塵の帯に、地球が突っ込むことで起こること。流れ星の一つひとつは、砂粒ほどの小さなかけらが、大気との摩擦で光っていること。
「砂粒、なんですか」
「はい。ほとんど砂粒です。それが、あんなに明るく光るなんて、不思議ですよね」
あかりは、もう一度空を見上げた。その瞬間、一筋の光が、夜空を横切った。
「あっ」
二人は、同時に声を上げた。続けて、もう一本、もう一本。流れ星が、次々と空を走っていく。昨日の夜の屋上よりも、ずっと多く、ずっと長く流れていく。
「すごい」
あかりは、思わず毛布から手を出して、空に向かって伸ばした。まるで、流れ星を掴もうとするように。
ハルは、そんなあかりの横顔を、そっと見ていた。その視線に気づいて、あかりは慌てて手を引っ込めた。
「ごめん、子どもみたいだね」
「そんなことないです。僕も、同じことしたくなりましたから」
ハルは、小さく笑った。その笑顔は、夜の暗さの中でも、はっきりと見えた。
流れ星が途切れたあと、二人はしばらく何も話さなかった。ただ、並んで空を見上げていた。その沈黙は、不思議と心地よかった。
「藤原くん」
「はい」
「さっきの、ありがとう。一緒に見てくれて」
ハルは、少しだけ驚いたように、あかりを見た。それから、ゆっくりと頷いた。
「こちらこそ。三浦さんがいなかったら、僕、この町で星を見ることも、なかったかもしれません」
あかりは、その言葉に、何も返せなかった。ただ、胸の奥が、静かに、でも確かに熱くなった。
流れ星の余韻が消えたあと、あかりは毛布の上で、ふと昔のことを思い出した。
小学五年生の夏、ケンと二人で、この丘に来たことがあった。その頃は、まだ丘の上に街灯もなくて、本当に真っ暗だった。ケンは懐中電灯を持ってきて、「夜の探検だ」と言い張った。あかりは最初、怖くて泣きそうだったけれど、空を見上げた瞬間、涙が引っ込んでしまった。
星が、降ってくるようだった。
「すごいだろ」
そう言って胸を張るケンの顔が、懐中電灯の明かりに照らされていた。あの夜の記憶は、今でもあかりの中で、いちばん鮮やかな夏の思い出として残っている。
「三浦さん、なに考えてるんですか」
ハルの声で、あかりは我に返った。
「ごめん、昔のこと、思い出してた」
「楽しい思い出ですか」
「うん。すごく」
ハルは、それ以上聞かなかった。ただ、少しだけ笑って、空を見上げた。
翌週の月曜日、あかりは美術室の前で、一人の先生を待っていた。美術教師の篠原先生だ。サキの話によると、篠原先生は美術部の顧問で、普段は厳しいけれど、絵に対しては誰よりも真剣なのだという。
「あの、天文部の三浦です。お願いがあって来ました」
篠原先生は、筆洗いの水を流しながら振り向いた。背は高く、白いシャツの袖を肘までまくっている。その目は、驚くほど鋭かった。
「天文部? 星の部か。今どき珍しいな」
「部員が五人必要なんです。あと二人足りなくて、それで、顧問も探しています」
篠原先生は、無言で手を拭いた。そして、あかりの顔をじっと見た。
「小林から聞いてるよ。あいつ、星の絵を描いてるんだって?」
「はい。すごく綺麗な絵なんです」
「ふうん。で、なんで俺のところに来た」
「先生なら、絵のことをわかってくれると思って」
篠原先生は、少しだけ口元を緩めた。そして、椅子を引いて、あかりに座るように促した。
「条件がある」
「なんですか」
「文化祭で、天文部の展示を、美術室の隣の廊下でやること。星の絵と写真と、観測記録を並べろ。それができるなら、顧問を引き受けてやる」
あかりは、息を呑んだ。文化祭。そんな大きな舞台で、天文部が何かを見せるなんて、考えてもいなかった。
「やります。やらせてください」
「即答か。いいな、そういうの」
篠原先生は、笑った。その笑顔は、思っていたよりずっと柔らかかった。
「ただし、顧問になるのは、正式には来年からだ。今年は、名義だけ貸してやる。それでいいか」
「はい、十分です」
あかりは、もう一度深く頭を下げた。顔を上げると、篠原先生はすでに、絵の具の入った箱を抱えて、準備室へと歩き出していた。
その日の放課後、あかりは生徒会室に報告に行った。レイは、顧問の名前が書かれた紙を見て、ほっとしたように息を吐いた。
「篠原先生なら、安心ね。文化祭の展示も、生徒会の方で場所を確保しておく」
「ありがとうございます」
「お礼はいいわ。ただし、あなたたち、本当に最後まで頑張りなさい。途中で投げ出したら、許さないから」
その言葉は、きついようでいて、どこか温かかった。あかりは、はっきりと頷いた。
それから数日、天文部の部室は、いつもより少しにぎやかになった。ユウマは、観測の準備をしながら、ハルに星の名前を教えてもらっていた。最初はまったく覚えられなかったのに、一週間もすると、ユウマは「カシオペアはWの形ですね」と得意げに言うようになった。
「それ、夏の星座じゃないですか」
ハルが指摘すると、ユウマは大げさに頭を抱えた。
「ああ、また間違えた! 俺、ほんとダメだなあ」
「いや、今の時期はまだ見えますよ。北の空に、ちゃんと出てます」
「まじっすか。ほら、俺だって、ちょっとずつ覚えてるんすよ」
サキは、そんな二人を、スケッチブックを抱えて微笑みながら見ていた。時々、鉛筆を走らせる音が、部室に静かに響いた。
その日の帰り道、あかりは坂道で、ケンと偶然に出会った。ケンは、片手で左肩を押さえていた。顔色が、いつもより少し悪い。
「どうしたの、ケン。肩、痛いの?」
「ああ、ちょっとな。たいしたことない」
「たいしたことないなら、そんな顔しないよ」
ケンは、少し黙ってから、ため息をついた。そして、肩を回してみせた。ぎこちない動きだった。
「最近、投げすぎてるんだよ。監督にも言われてるけど、夏の大会が近いから、休めなくてさ」
あかりは、何か言おうとして、言葉が見つからなかった。ケンは、野球のことになると、いつも必死だった。その必死さが、今は少しだけ痛々しく見えた。
「ケン、無理しないでね」
「お前に言われたくないよ。夜遅くまで、星ばっか見てるくせに」
ケンは、笑って肩をぽんと叩いた。その手は、以前よりずっと大きくなっていた。あかりは、その感触に、少しだけ戸惑った。
「じゃあな。また明日」
「うん、また明日」
ケンの背中が、夕日の中に小さくなっていく。あかりは、その背中を見送りながら、胸の奥に、小さな不安が広がっていくのを感じた。
夏が、近づいている。そして、いろいろなものが、少しずつ変わり始めている。
その予感は、夜の空に浮かぶ星のように、静かで、でも確かだった。
夜空には、まだいくつもの流れ星が、音もなく光っていた。
部員は、あと二人。廃部までの時間は、あと三か月。
翌朝、あかりは少し寝不足の顔で教室に入った。
窓側の席では、ハルが静かに本を読んでいた。あかりに気づくと、顔を上げて、小さく「おはようございます」と言った。その声が、いつもより柔らかく聞こえた。
「昨日、眠れた?」
「ほとんど寝てないです。星を見ると、眠れなくなっちゃって」
「私も」
二人は、顔を見合わせて、小さく笑った。教室のざわめきが、遠くに聞こえるような気がした。
昼休み、あかりは中庭のベンチで、ユウマとサキと一緒にお弁当を食べていた。ユウマは、購買のパンを三つも抱えていて、一つずつ大事そうに食べている。
「佐伯くん、そんなに食べて大丈夫?」
「大丈夫っす。俺、食べないと頭が働かないんで」
「それ、勉強のときも言ってたね」
サキが小さく笑うと、ユウマは「うっ」と言って、パンを喉に詰まらせそうになった。その様子に、あかりとサキが声を上げて笑った。
「あの、三浦先輩」
サキが、少し緊張した声で言った。
「私、昨日の夜、星の絵を描いてたんです。前に見た流星の、あの白い線を」
「見せてくれる?」
サキは、スケッチブックをそっと開いた。そこには、夜空を横切る、一本の白い線が描かれていた。線の端は、ぼんやりと滲んでいて、まるで本物の光が、紙の上を走っているように見えた。
「すごい。本当に流れてるみたい」
あかりは、思わず、指でその線をなぞった。サキは、耳まで赤くなった。
「ありがとうございます。でも、まだ、全然うまくないんです」
「ううん、本当に綺麗だよ。小林さん、絶対、才能あるよ」
サキは、俯いて、スケッチブックをぎゅっと抱えた。その肩が、小さく震えていた。
放課後、部室に行くと、ハルが望遠鏡のレンズを磨いていた。その横顔は、夕方の光を受けて、穏やかに輝いていた。
「藤原くん、昨日はありがとう。すごく楽しかった」
「僕もです。三浦さんと見る流れ星は、やっぱり特別でした」
ハルの言葉は、淡々としていた。けれど、その声の奥に、確かな温かさがあった。あかりは、その温かさに包まれて、少し照れくさくなった。
「今度は、もっと大きな望遠鏡で見たいね」
「それ、いいですね。夏休みに、天文台に行けるかもしれないんです。知り合いの先生が、見学を許可してくれるかもって」
「本当?」
「はい。もし行けたら、三浦さんも、一緒に来てください」
あかりは、胸が高鳴るのを感じた。天文台。小学生の頃に読んだ図鑑の中で、一番憧れていた場所だった。
「行く。絶対行く」
「よかった。じゃあ、詳しいことが決まったら、また連絡しますね」
ハルは、そう言って、少しだけ嬉しそうに笑った。その笑顔を見て、あかりは、ふと、今の時間が、ずっと続けばいいのに、と思った。
けれど、その時間が、いつまでも同じ形で続くわけではないことを、あかりは、まだ知らなかった。
部室の窓から、夏の気配を含んだ風が吹き込んでくる。星座表が、ふわりと揺れた。
それでも、今夜の星は、あかりにとって、どんな言葉よりも確かな希望に見えた。
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