お姉さんと出会ってから半年が経った。あの日から僕の毎日は少しだけ変わった。
朝、目が覚めるとまず手の平を見る。目を閉じて身体の奥を探る。今までなかった量の魔力を感じる。それを確かめるだけで、なんだか一日が上手くいく気がした。
その日も僕は朝から大樹の下にいた。
「……できた」
頭上を見上げて思わず声が漏れた。
水の塊が浮かんでいる。拳より一回り大きな、透き通った水の塊が一つ。
形はひどく不格好だった。ふるふると震えて、こちらが膨らめばあちらが縮み、木漏れ日を受けるたびに歪んだ光を地面へ落とす。
「おお……」
隣で、リディアの声がした。
「前より大きいね」
「でしょ?」
つい得意になって顎を上げる。
その拍子だった。水の塊がぐらりと傾いた。
「あっ」
少し崩れるとあとは早かった。絶妙なバランスで成り立ってたかのように、水の塊が落ちてくる。
ばしゃん。冷たい塊が顔のど真ん中に降ってきた。
息が止まる。前髪から、顎から、ぽたぽたと雫が落ちた。足元の草に大きな水溜りが広がっていく。
「…………」
「…………」
僕とリディアは、黙って水溜りを見つめた。
「あーあ、失敗しちゃったね」
「分かってるなら言わなくていいじゃん」
リディアがくすっと笑う。顔を拭いながら、僕もつられて笑ってしまった。
お姉さんに会う前の僕は、小さな一つを出せるだけだった。火だって指先ほどが精一杯で、それを魔法と呼んでいいのかも分からなかった。
でも、今は違う。水を飛ばせる。火を放てる。土を盛り上がらせることも。風を起こして、リディアの髪を揺らすこともできる。
もちろん、上手くはない。魔法陣を描くには時間がかかるし、集中がひとつ途切れれば全部が台無しになる。狙った方へ飛ばないことだって多い。今みたいに、自分の顔に降ってくることも。
「でも、前よりは上手くなったよ。私たち」
リディアが言った。
「……リディアも?」
「うん」
リディアは、腰に差していた木剣を抜いた。
構えて、一歩、踏み込む。ひゅっ、と空気が鳴った。
半年前の剣は、僕の目でも軌道を追えた。今は違う。振りかぶりが小さくなって、無駄がなくなって、足運びは草の上を滑るように静かだった。二度、三度と振るうたびに風が起きて濡れた前髪を揺らす。
「私も少しは強くなったと思う」
「じゃあ僕たち、ちゃんと成長してるんだね」
「少しだけね」
「少しだけかぁ」
「だって、まだまだだもん」
リディアは木剣を腰へ収めて空を見上げた。
「お父さんには全然かなわないし」
「僕も……魔法、もっと上手くなりたい」
「じゃあ、頑張らないとね」
「うん」
僕は頷いた。
あの日お姉さんがくれた力。それを少しずつ自分のものにしていけることが、嬉しかった。もっと練習すれば、もっと大きな魔法が使える。もっと上手くなれば、いつかリディアを守れるくらいになれるかもしれない。
そんなことを考えながら、僕は濡れた草の上にごろりと寝転がった。
頭の上で大樹の葉が風に揺れている。木漏れ日が瞼の上を渡って、水溜りに落ちてきらりと光った。リディアが隣に腰を下ろす。何も言わなくても、そこにいるのが当たり前だった。
明日も、明後日も、こうして笑っているのだと。
僕は、疑いもしなかった。
*
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